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海ゆく空のアルドーレ  作者: 真壁真菜
第一章 
14/48

ラパン

「あの、飛行機、珍しい?」


 機体の下でラダーの調整をするジュウイチを、クリムゾン・ナイツの一人がずっと覗き込んでいた。初めに助けてくれた子だろうか? 腰に下げた仮面には見覚えがあった。


 人形みたいに整った顔、美しく煌めく赤い髪がそっと肩に届き、前髪を揃えた姿にジュウイチは女の子だろヤッパり?否、男の子? だろうかって、かなり混乱した。


 赤い髪と完璧なコントラストをなす深紅の瞳は、長い睫毛が瞬きをする度に周囲の空気を混ぜるみたいに優雅に揺れ、人の美しさを超越した存在ってこんな姿なのかなとジュウイチを不思議な気分に誘う。


(あなたは、それを空に飛ばせるですか?)


 頭の中に声が聞こえた。一瞬、口元を見るが小さな唇は開いてない。中性的な声は、例えるならボーイソプラノの様だった。そして言葉遣いが幼い事が、容姿のギャップとなった。見掛けは十七歳前後だったから。


「えっ、ああ」


(どんな気持ちですか?)


「そうだね、最高に気持ちいいよ。空気の存在に改めて気付き、風の理由が分かるって言うか、風そのものと一体化するって言うか……全てを解き放ち自由にになれる……ちょっと分かりづらいかな?」


(なんとなく分かる気がするです)


 春のそよ風みたいな微笑み。その笑顔は、ジュウイチまでも笑顔にさせた。だが、なんとなく話題が続かず腰の仮面を見る、素顔とは懸け離れた”恐怖”みたいなものがソコにあった。


「ね、そのお面さ、闘う時に付けてたね。あの……何で?」


 質問はグダグダになるが、クリムゾン・ナイツは穏やかに微笑んだ。


(別に意味はないです)


 少し期待してたジュウイチは、前のめりになった。


「無いんかい……あっ、お礼がまだだったね。助けてくれてありがとう、俺はジュウイチ。君の名前は?」


(ジュイチ……ナマエ……?)


「ジュウイチだよ。君の名前を教えてよ」


 舌足らずの言葉に苦笑いしたジュウイチは、再度聞いた。


(例えば誰かにに何か伝えたい時は、その人のこと思うです。それだけで伝わるです。お話は”あなた”と”ワタシ”でいいです。だから、名前は無いです)


「何か、分かった様な分からんような」


(ワタシを呼びたい時は、ワタシのことを思うです)


 零れる微笑み、ジュウイチは眩しくて真っすぐ見詰め直すなんて出来なかった。照れ隠しに作業に戻るが、背中越しにずっと視線を感じてなんだか調子が狂った。


「あら、ボルトが一本長い」


 どれくらい時間が経ったのか、作業の途中でボルトの長さが長過ぎるのに気付いた。


(投げるです、長さはどの位ですか?)


 また頭の中に声が聞こえた。


「えっ、半分ぐらいだけど。どこに?」


(こっちです)


 ジュウイチはボルトを投げた。目にも止まらない抜刀、背中に背負う剣が煌めくとボルトは半分の長さに切れ、地面にポトリと落ちる。勿論、剣はその前には鞘に収まっていた。


「このボルト、特殊合金だぜ。何でも切れるのかい?」


(大抵のモノは切れるです)


「便利だな”何でも切ります屋”で食っていけるぞ。あっ、そうだ名前、付けていい? 何かあなたじゃ、なんとなく呼びにくいし」


 何故か名前が無いことが妙に違和感を感じ、ジュウイチはオズオズと言ってみた。


(ええ、別にいいですけど)


「えっとね……そう、ラパン。なんてどう?」


 名前は作業中からなんとなく浮んでいた。


(ラパン?)


「そう、ウサギのことさ。君の綺麗な赤い髪と、フアフアの雰囲気がピッタリなんだ」


(はい、です)


 ジュウイチの言葉に、ラパンは少しハニカミながら微笑んだ。


「ところでさ、歳は幾つなの?」


(トシ?)


「ああ、何歳?」


(生まれてからは、千八百五十日です)


「えっ、一年が三百六十五日だから……まさか五歳?」


(はい、です)


 あんぐりと口を開けたジュウイチに、ラパンはまたお日様みたいに笑った。

 

________________________ 



 轟音を上げるカタパルト、飛行機が空に放り投げられる。乗ってる人は、どんな気分なんだろうとエイトはボンやり見ていた。


「そんなに海が珍しいかい? それとも飛行機が珍しいのかな」


 甲板の端に座り、海を見ているエイトにアルフが声を掛ける。


「両方かな。でも、今まで海を見たこと無かったから」


「そうか。でも、潮風に当たり過ぎると体が冷えるぞ」


「何日も獣に襲われなかったのも、初めて」


 数日間の何もない日々は、エイトにとって生まれて初めての緊張の無い時間だった。


「陸に比べればな。でもな、人は海の上で生きる様には出来ていない。そこから飛び込んでみなよ、数分であの世だ。ここは見掛けとは違ってな、死とは隣り合わせの場所なんだ」


「陸も同じ、落ち着ける場所なんて無い」


「そうだったな」


 昔の話だった、人にとって安住の地が存在したことは。


「聞いた話だけど、全ての生物の大部分は海に生息してるんですって。陸なら人は何処にでも行ける……でも、人は海の表面にしか行けない。その先は未知の世界、人を寄せ付けない神秘の世界があるの」


 目を閉じ、物語を語る様にエイトは呟いた。


「ほう、物知りなんだな。そうさ、だから海は人を引き付ける。俺達、海で暮らす奴等は畏怖と畏敬を持って海に接しているんだ」


 柄にも無く、アルフは真剣な眼差しだった。碧く限り無く続く様に見える海に、エイトは改めて畏敬の念を持ち、ちっぽけな自分の存在が人と言う種を巻き込み更に小さく感じた。


「今日は飛行機の動きが多いわね」


 大きく深呼吸すると、素朴な疑問が浮かんだ。離発艦の多さが少し気になり、始まりの予感がエイトを包む。


「オーフェンと言う島に向かってる。周囲はサンゴ礁に囲まれた小島が無数にある、そこは海賊の巣だよ」


「海賊?」


「ああ、全く厄介な奴等さ。目的は、昔みたいに金品じゃない。武器弾薬、日用品や食料が奴等の狙いさ。陸にもいるだろ? 盗賊」


 前に遭遇した盗賊が頭の中を過る。奪う品物は同じで、それは自分達が生きる上での必要物資。人は自らが生き残る為に同胞から食料を奪い、命までも奪う。


 そう考えると動物達と何も変わらないなと、エイトの頭の片隅はなんとなく考えていた。


「どうして、そんな場所に?」


「さあな、依頼者の先生のご要望だそうだ」


「そう」


 視線を落とすエイトに、アルフが笑う。


「そんな顔するな、まだこの辺りは水深が深い。奴等が襲ってくるのは、もっと島に近付き浅瀬に入ってからだ」


 エイトのココロが落ち込む理由なんて分からないアルフは、ニヤりと笑った。


「浅瀬?」


「奴等が一番欲しいのは、このアストレイアみたいな戦闘艦だ。しかし戦闘艦を無傷で捕獲するのは不可能に近い、だから沈めても戦利品をサルベージし易い浅瀬で襲ってくるのさ」


「なるほどね。でも、簡単には沈められないんでしょ」


「当然だろ。海賊は水上機などの航空戦力もあるが、主力は小回りの利く魚雷艇なんかだ。この艦には大きな砲は積んでないが、攻撃隊連中の腕は天下一品だぜ。魚雷の射程範囲なんかには、近付けさせないさ」


 突然警報が鳴る、攻撃機が次々に発艦する。


「さあ、海賊さんの登場だ」


「襲わないってことは無いのね」


 腕組みして見詰めるアルフに、エイトが寂しそうに言った。


「ああ、ここらじゃ天気の挨拶みたいなもんだからな」


 アルフはニコリと笑う、なんだかエイトのココロが少し軽くなった。

 

 遠く艦上から見る戦闘は、魚雷の射程範囲外なので遥か彼方に爆発が見えてるだけで、緊迫感は薄かった。


「あの爆発の向こうで、人が死んでる」


 光の消滅が命の消滅に同義だと、エイトは胸が締め付けられた。


「どうしようもない生き物だよ、自らが滅ぼうとしている時にさえ同胞同士で殺し合うなんざな」


 絞り出すアルフの声の意味が、エイトには欺瞞に聞こえた。そこにエレベーターから、漆黒の機体が現れる。背中合わせの女神の紋章が、海面を反射した眩しい太陽がに照らされた。


「戦闘機も出るの?」


「ああ、あれは万が一の為に待機だ」


 アルフの言葉に、エイトは赤い機体を探しキョロキョロした。


「あいつなら、部屋で毛布に包まってるよ」


 簡単に察したジュウイチが、コクピットの中で嬉しそうに飛行帽のゴーグルを反射させた。


「えっ?」


「浅瀬には出るんだ、舷側を見て見なよ」


 言われた通り覗き込むと、三メートル程もあるトカゲみたいなモノが沢山へばり付いていた。


「何なの?……」


 そのヌメル様な皮膚と、裂けた口から覗く鋭い牙にエイトは背筋を凍らせた。


「シードラゴン。浅瀬では、たまに船に上がってくる」


 平然と言うジュウイチを睨んだエイトは、身を固くした。


「用心しろよ、一飲みにされるからな」


 笑うアルフは、いつの間にか小銃を構えていた。


「アネッサの奴、強気が飛行服を着ている様な奴だけど、爬虫類には弱いんだ」


 余程嬉しいのか、ジュウイチが肩を震わせて大笑いする。


「笑ってる場合!」


「大丈夫、小銃で十分退治出来る。でも甲板に上げるなよ、動きが速いから厄介な事になる」


 青くなるエイトに、笑ったアルフが小銃を投げた。


「隊長! トカゲのお化けが船の周りにウヨウヨいる」


 走って来たイワンが、泣きそうな顔で叫ぶ。


「全搭乗員を招集! 迎撃準備」


「分かりました!」


 また走って格納庫に戻るイワンの背中が、ハッチに消えるの同時に警報が鳴った。スピーカーがガナリ立てる。


「雷跡四! 北東より本艦に接近中。総員、対魚雷戦用意!」


「対魚雷戦って、どうするの!?」


 慌ててアルフを見ると、ニコやかな笑顔が返ってくる。


「勿論退避行動も取るが、戦闘機が迎撃する。撃ち漏らした魚雷は全員で撃つ」


「撃つって、小銃で?」


「他に、何がある?」


 笑いながらのアルフの言葉と同時に、爆音を立てジュウイチが発艦した。エイトは悪寒を感じずにはいられなかったが、更に悪寒を感じ振り返った。


「何、トガゲさんなんぞワシの爆弾でイチコロじゃ、ホォッホッホ」


 いつの間にか傍にいるドクが、手にした爆弾を持って高笑いしていた。


「誰か! ジジィを縛って倉庫に放りこんどけ」


 アルフの声に従い、暴れるドクは数人に担がれ倉庫に放り込まれた。


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