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海ゆく空のアルドーレ  作者: 真壁真菜
第一章 
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三つの紋章

「海は初めて、風に匂いがある……草や木の匂いも好きだけど、何だろ……懐かしい」


 甲板で潮風に当たり、エイトが水平線を眺めて呟いた。頬に当たる風が心地よくて、穏やかにココロと体を癒す。


「何か俺、体がベトベトして気持ち悪い」


「俺も。それに何か揺れてさ、吐きそうだよ」


 イワンが気持ち悪そうに顔を擦り、オットーも青い顔をした。


「あっ、あそこに魚がいる。美味しいだろうな、新鮮な魚」


 嬉しそうな顔のマルコは、自分が食べてる所を想像した。内陸部のメディナでは淡水魚は手に入ったが、海の魚は滅多に食べられない。食べられたとしても、干物や缶詰の類だった。


「舷側の装甲は戦艦並みだ、対空機銃の数も半端じゃない。それにしても、こんな短い飛行甲板から離発艦が出来るんだろうか?」


 オルガが明らかに短い飛行甲板に疑問を呟く。


「ほら、カタパルトもあるし、上がれるんだったら降りられるんだろ」


 発艦準備中の機体に、イワンが視線を向けた。


「それにしちゃ、港を出てまだ少しだぜ。何で飛ぶんだ?」


 オットーが不思議そうに首を傾げた。


「索敵さ、この艦の重装備から見ても海には多くの脅威があるんだろう」


「その通りじゃ、一応電探はあるがな、お粗末なシロモノじゃ。先に敵さんを見付ける事が、長生きの秘訣なんじゃよ」


 オルガの言葉に、特徴のある変な声が答える。全員が振り返ると、何故か満面の笑みのドクがいた。


「じいちゃん、誰?」


 マルコが顔をしかめる。エイトは自然と笑顔になった、ゼルダの事が頭に過ったから。


「ワシは医者じゃよ、手が取れても足が取れてもくっつけてやる」


「ふぅん、そうなの」


 マルコがなんだか訝しげに目を細める、イワンが駆け寄って聞いた。


「クジラって大きいのか?」


「ああ、この艦より大きいのが山程いる」


 嬉しそうにドクが答えた。


「マジかよ」


 イワンが青くなるが、ドクは相変わらず変な高笑いをしていた。


「なぁに、今度は貨物船を護衛する訳じゃない。奴等は賢い、単独の戦闘艦なんて襲わないから安心しろ……じゃがな、この広い海の中にはどんな怪物が潜んでいるのか、誰にも分からんのじゃよ」


 ドクの言葉には嘘は感じられなかった。太陽に照らされキラキラ輝いてる海面の下には言い知れない恐怖にも似た感覚が、人を寄せ付けない不可解な色で混ざり合い、眼下に広がっていた。


 イワン達は何か喋ろうとしても、生唾ばかりが出て言葉にならなかった。


「それよりコイツはワシの開発した新型爆弾じゃ――」


「また妙なモンを、皆、こんなジジィの言うことなんて信じるなよ」


 嬉しそうに懐から変わった形の手榴弾みたいなモノを取り出したドクだったが、やって来たアルフが途中で言葉を遮った。


「せっかくワシが……」


 ブツブツ言いながらドクは格納庫へと去って行った。全員が白けたムードになったが、オルガだけは、こっそりその後を追って行った。


「あの人は何処にいるの?」


「あの人?」


 急にエイトがアルフを見詰める、アルフが唖然と聞き返す。


「これと同じ銃を持っている」


 エイトは腰の銃を見せる。


「ああ、ジュウイチか」


「だから、どこにいるの?」


 ニヤリと笑うアルフに、エイトが少し声を荒げる。


「あいつがこのアストレイアに来た時、随分暗い奴だと思ったもんさ。何しろ喋らないし、まぁ言われた事は無難にするが、言われなければ何もしない。パイロットって人種はな、自己主張が飛行服着て歩いてる様なもんだ。だがな、あいつには無かったんだよ、何も」


 ”何も”っていう言葉が、やけにエイトの胸に引っ掛かった。しかし、知りたいのはジュウイチの性格や考え方ではない。


 エイトは、高ぶる気持ちに水を差された様な感じに、少し苛立を感じた。今度は声に棘を含ませて、アルフを睨む。


「聞きたいのは、そんな事じゃないの。居場所よ」


「いや、すまんすまん。ジュウイチはな、不思議な奴なんだよ。なんかこう、自然と人を引き付けるって言うかさ……それに最近は明るくなったんだ、時間は掛ったがな。あっ、こんな事聞いてなかったな、格納庫の一番奥で機体の整備をしているよ」


「そう、ありがと」


 アルフはエイトが腕組みして睨んでいるのに気付き、やっと居場所を伝えた。エイトは不思議な気持ちになった、何故ジュウイチの事を語るのだろうと。


 そして、長年ココロに焼き付いた疑問に近付けるかもしれない緊張に、また少し胸が苦しくなった。


__________________________



「お前ら何してるっ!」


 格納庫に入ると怒号がエイトにぶつかった。レイラがクリムゾン・ナイツに怒鳴っている。


「どうしたんですか?」


「どうもこうもあるか! こいつ等、格納庫で焚き火しようとしやがった」


「彼らは食事をしようとしただけよ」


 急に現れたマーベルが石油コンロを出して、ポカンとしているクリムゾン・ナイツ達に使い方を説明した。


「言葉、通じるのかい?」


 レイラが驚いた顔で聞く。


「ええ、私達の言葉は通じる。でも彼等は喋れないの」


「それなら、交渉なんて出来たんですか?」


 エイトも驚きを隠せない。


「頭の奥に彼らの言葉が聞こえるの、はっきりとじゃないけど……何かこう感覚的にね。それに彼等はお互いに言葉を交わさない。テレパシーとでも言うか、意思の疎通は出来てるのよ」


 伏せ目がちなマーベルの言葉、エイトの脳裏に第四番目の種という言葉が蘇る。


「それにしても、何の肉だ?」


 香ばしい匂いの肉に、レイラが喉を鳴らす。


「食べないほうがいいわ、あれは狼の肉よ」


 首を振るマーベル。凶暴な牙と爪がエイトの網膜に映る、レイラは背筋を冷たくさせた。


「それより――」


 言おうとしたエイトの視界に、ジュウイチの姿が映る。身体は反射的にジュウイチの元へ吸い寄せられる。しかし、駆け寄るエイトの前にアネッサが立ち塞がった。


「機体の整備中なんだ、部外者は出て行きな」


「あの人に用があるの」


 顔を近付けたエイトが睨み付ける。


「何の用だ?」


「あなたには関係ない」


 飛び散る火花、そんな事はお構いなしにジュウイチは整備を続ける。横目で見た機体の尾翼には紋章が輝く、エイトはアネッサを押しのけようとするが、アネッサも負けじと押し返す。


「モテる男は辛いねぇ、何とかしないと血を見るよ」


 近付いたレイラが嬉しそうに、ジュウイチを突いた。


「何だ? アネッサの奴、また喧嘩してんのか」


「ああ、原因はアンタだよ色男」


「何で俺なの?」


「知るか、さっさと仲裁に入りな」

 

 レイラに急かされ、本当に面倒そうにジュウイチが近付いた。


「あのぉ……」


「あの紋章は何っ?!」「お前は引っ込んでろ!」


 同時の罵声に、ジュウイチはスゴスゴと引き下がる。


「いい加減にしなっ!」


 情けないジュウイチを横目で見ると、仁王立ちになったレイラが野太い声で睨み合う二人に視線を向けさせる。二人はゆっくりと離れるが、睨み合う事は止めない。


「あの銃はどこで手に入れたの?」


 アネッサから視線を切り、押し殺したエイトの言葉がジュウイチに向けられた。


「あれは、オヤジの形見で――」


「父親はどうしたの?!」


 ジュウイチの言葉を遮り、エイトの声が炸裂する。


「俺が赤ん坊の時に死んだって話だ、何も知らないよ」


「母親は?」


「知らない、俺は婆ちゃんに育てられたから」


「そう……」


 エイトは急に肩を落とした。


「どうしてお前が紋章を気にする?」


 溜息混じりにアネッサが聞いた。


「これ」


 エイトが銃を見せると、そこにはジュウイチと同じ紋章があった。


「同じだ」「あっ」


 機体の尾翼に目を移したアネッサとレイラが、顔を見合わせた。


「それで、その銃は?」


「父の形見だと、育ての親から聞いた。それ以外は分からない……でも、クリムゾン・ナイツの鎧にも同じ紋章が」


 アネッサの問いに小さな声でエイトが答えた、微かに身体が震えている。


「確かに同じ紋章ね。彼らにも聞いたけど、由来は分からないらしいわ。ずっと昔からあったものだとしか知らないって」


 様子を見ていたマーベルが補足した。


「アタシが前に住んでいたコロニーじゃ、噂になっていた事もあった。その紋章は、破滅の印だってね……だがな、それはあくまで噂だ。誰も真実なんて知らないのさ」


 ”破滅の印”レイラの言葉は、エイトの胸にストレートに刺さった。


「分からないモノを気にしたって、仕方ない」


「そう言う事だね。こんなご時世さ、そんな暇があったら他にやることは山ほどある」


 ジュウイチは言い放つと作業に戻る、レイラも笑いながら続いた。


「何が分かるの!」


 エイトは叫ぶ。ココロの中にずっと渦巻いていた、自分と言う存在の原点を否定された事に感情が爆発した。振り向いたジュウイチは、穏やかな目でエイトを見る。


「そうだね、人の気持なんて分からない。特に俺は鈍いから」


「答えに……なって、ない」


 不思議な感覚がエイトを包み込み、何故か言葉が途切れる。


「確かに答えになってないね。だけど、答えられないんだ。こんな時、誰もが納得する気の利いた言葉なんて知らないし……ゴメン、役に立てなくて」


 自虐が含まれた穏やかなジュウイチの言葉、肩すかし? それに似た感覚だが少し違う。何故か爆発した感情が、シャボン玉みたいに簡単に弾けた。


「だから――」


 会話に入ろうとするアネッサを、レイラが軽く制す。


「私は、どうしたらいいの……」


 エイトは小さく呟いて背を向ける、様子を見守っていたクリムゾン・ナイツは穏やかな微笑みで食事を続けた。マーベルはゆっくりとエイトの後に続き、アネッサだけは言い足りないのか床の工具箱を蹴飛ばした。


___________________



「学者先生に戦車小隊、おまけにクリムゾン・ナイツまで……今回の仕事、嫌な予感がします」


「まぁ、賑やかでいいさ」


 艦橋のコシンスキーは、何事もなかった様に広がる青空を溜息混じりに見た。ゲイツは何時もの様に。キャプテンシートで入れたてのコーヒーをすする。


「仕事の内容は吟味したんですか? 幾ら海上からと言っても西は危険に変わりない」


「その分の報酬は貰っているさ、それに――」


「それに?」


「やっぱあの先生は美人だし、戦車隊の隊長も中々だ」


 顔を赤らめるゲイツに、コシンスキーは肩を落とした。


「聞いたアタシがバカでした……」


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