クリムゾン・ナイツ
「近くで見るとデカイな、馬ぐらいあるなぁ」
「あなたも銃を構えて!」
他人事みたいに言うジュウイチに、エイトが怒鳴る。
「俺、パイロットなの……地面での撃ち合いはちょっと」
「懐の拳銃は飾りなの!」
「ああ、これ? そんなもんだね」
「まったく……」
妙に落ち着いたジュウイチに溜息を付き、エイトは迫る狼を小銃で撃つ。額に命中した狼は血飛沫を炸裂させるが、突進の勢いは止まらない。エイトは続け様に狼の頭に銃を乱射する、一瞬動きが止まった狼がゆっくりと地面に倒れるが、その屍を越え次々と狼が突進して来る。
「頭よっ! 連射してっ! 一発じゃ倒れない!」
周囲は一斉に銃撃を始めるが、木や建物、車や資材の箱を盾に狼たちはジリジリ距離を詰める。瞬間、左翼で防御を崩され狼がなだれ込む。悲鳴や怒号が銃声と混じる、硝煙が風に乗りレースカーテンみたいに視界を遮る。
狼達の戦法は巧で相手によって戦術を変える。重火器に対しては距離を取り、装填の隙に襲い掛かり、小火器にに対しては集団で攻撃、的を絞らせず数で圧倒する。
人の持つ武器の利点と弱点を熟知した様な戦い方に、今更ながらエイトは背筋を凍らせた。
「着剣! 至近戦よ! 味方を撃たないでよ!」
銃剣を装着したエイトは、腰の拳銃のスライドも同時に引いた。周囲の味方損耗は経過時間と比例して増加し、見渡すとエイト部下を含め数人になったいた。
「このままじゃ全滅よ、私が向こうの装甲車まで走る! 援護してっ!」
言うが早いか、エイトが通りの向こうに走り出す。
「ムチャな奴だなぁ」
銃を抜いたジュウイチが、斜め後方から続いた。
「援護だっ! 隊長に近付けるな!」
イワンの叫びにオルガの重機関銃が火を噴き、マルコもオットーも必死で銃を撃った。前からの狼を銃剣で突き、そのまま頭に銃弾を叩き込む。同時にアゴを蹴り上げるが、一瞬仰け反った狼の牙がエイトに迫る。
刹那! 立て続けの銃声は、風圧で顔の傍を弾丸が通過する事を時間差で知らせた。
「あなた!」
「止まるな!」
振り向くと、ジュウイチが真っすぐ伸ばした腕で拳銃を乱射していた。素早く小銃のマガジンを交換すると、エイトは自分の拳銃をジュウイチに投げた。
「援護するなら、重装備でしてよ!」
「分かった」
受け取ったジュウイチが両手で銃を構えると、走り出そうとしたエイトの脚が止まる。
「囲まれたな、後戻りも出来ない」
また他人事みたいに言うジュウイチに、エイトのココロが押し潰される。流石のエイトも接近戦で狼と対峙した経験は少ない。
獣独特の異臭は嗅覚を刺激し、圧倒的威圧感で見据えるおそろしい目は視覚を追い詰め、恐怖を煽る唸り声は聴覚を支配し、その先には絶的”死”しか想像させない。
圧倒的に抗えないモノに対する畏怖がエイトを包み、闘志が萎える。その瞬間に周囲の狼が一斉に飛びかかった。白い牙がスローモーションみたいに迫る、瞳孔が開く、心臓が停止する感覚、刹那の時間がエイトを包む。
だが視界が捉えたのは、地面に落ちる狼の首だった。まるで違う物質みたいな綺麗な切り口からは、一瞬遅れて血飛沫が弾けた。
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「何っ!」
気付くとエイトの視線の先には、銀色の鎧が立っていた。その手には細くて変わった剣が握られ、肩までのストレートな赤褐色の髪を目元で真っすぐに揃えている前髪が、気品さえ感じさせた。
それと反比例するような純白の仮面は、額に二本の角があり笑った様な細い目と、一文字に結んだ小さな口が何故かエイトの背中に悪寒を走らせた。
美しく輝くルビーの様な髪は太陽を反射して煌めき、短いマントの裏地の赤と妙に調和して見える。
遠くで見たことはあったが、近くで見た印象は不思議な感覚でエイトの視覚を覆った。
「変わった剣だ、片刃で反っている。しかもあの切れ味は何なんだ」
ジュウイチもその凄まじい切れ味に舌を巻いた。中には自分の背丈の倍以上の槍で二頭の狼を串刺しにして振り回したり、短めの反った剣を両手で操り、同時に襲いかかる二頭を真っ二つに切り裂く者もいた。
その速さと力は獣さえ凌駕し、とても人間には見えない。噂では知っていても、実際に目にした戦い様は見る者全てを驚嘆させた。
「クリムゾン……ナイツだ……」
手にした銃を震わせ、イワンがワナワナと呟く。他の皆も、その凄まじい戦闘に言葉を失った。その動きの速さから、十人以上に見えたが狼を殲滅し終えると実際は五人だった。
「噂には聞いていたが、凄まじいな」
ジュウイチは、間近かで見たクリムゾン・ナイツに溜息を付く。全員が同じ位の背格好でその体型は少女にも少年にも見えた。
もう一つ同じなのは深紅の美しい赤色の髪で、絹みたいな輝きに包まれていたが、髪形は微妙に違い仮面の造形も少しずつ違っていた。
そして各自は仮面を外した。その顔立ちにエイトの胸に衝撃が走った。その襲撃を言葉にするにはただ一つ……天使との出会い。
改めた見ると、気品すら超越した容姿の美しさが余計に戦闘の過激さとのギャップになった。
「殺戮の騎士……戦う為だけに生きる……人々」
立ち尽くすエイトが呟く、その背中で聞き覚えのある声がした。
「彼らは人とは少し違います」
「マーベルさん」
驚くエイトに向かい、腕組みしたマーベルが体にピッタリとした黒いスーツで眼鏡を光らせる。
「彼らは、男でも女でもないのよ」
「誰?」
ジュウイチがマーベルの容姿に疑問符を向ける。この手のタイプは苦手てだと、心で呟く。
「今回の依頼主、生物学者のマーベル・フューレット博士」
「あっそ。それで、男でも女でもないってどういう事だよ?」
エイトの紹介に、ジュウイチは少し顔をしかめボソリと言った。
「いわゆる、アンドロジニーじゃないの」
向き直ったマーベルが、眼鏡を左手で触る。
「アン? アンド何だって?」
「いいから、あなたは黙って」
ジュウイチの目が明らかに理解の枠を外れテンになる。呆れ顔のエイトがジュウイチを押しのけた。
「太古の昔、人類は三種いたの……男と女、そしてその両方を備えた第三の種、つまり両性具有、アンドロジニー。でも言うなら彼等は第四の種と言うこと。でも、分かってるのはそれぐらしかしらね」
「それじゃあ――」
「そんなのはどうでもいいよ、どうして彼等がここにいるんだ? クリムゾン・ナイツは人とは関わらないはずだろ」
今度はジュウイチがエイトを押しのけた。
「依頼したのよ、あなた方と同じ様に」
腕組みしたまま、マーベルは平然と言った。
「そんな、まさか」
茫然としたエイトが、改めてクリムゾン・ナイツを見た。その表情は穏やかな笑顔を浮かべ、最初の印象通り天使がいるなら、こんな風に微笑むんだろうなとボンやり思った。
「よくもまぁ、聞いてくれたもんだ」
「ええ、私もそう思う」
呆れるジュウイチに、マーベルは少し笑って肯定した。
「あっ、これ返すよ。あら? どっちだっけ?」
銃を返そうとしたジュウイチが目を丸くした、手にした銃がまるで同じだったからだ。
「あなた、この銃どうしたの?!」
驚いたエイトが詰め寄る。
「何だよ、多分こっちだ。俺の銃は手入れが悪いからな、綺麗な方が君のだね」
慌てたジュウイチが綺麗な方の銃を返す。エイトが何か言おうとした瞬間、大声で走ってきたアネッサがジュウイチの首根っこを引っ張った。
「何してるっ! 速く作業に戻るんだ!」
「待て、引っ張るな!」
急なドタバタに、それ以上のエイトの言葉は失われる。残されたエイトは、胸の高鳴りを抑えるのに苦労していたが、大きく深呼吸すると少しは楽になった。そのまま、ゆっくりと銃の紋章を見たが、はっと気付いた。
クリムゾン・ナイツの鎧の胸元には、同じ紋章が輝いていたのだ……治まっていたはずの胸の高鳴りは、また急に始まった。