邂逅
「こんどの仕事、まぁた用心棒だってさ」
呆れ顔のアルフが、甲板に寝転がった。
「ふぅん、この前と一緒だね。それより何だ、後部格納庫のあれ? 上陸用舟艇だろ? それに第一何処から入れたんだ?」
ジュウイチは格納庫にあった、巨大な舟艇に首を捻った。
「知らなかったのか? コイツは強襲揚陸艦だぜ、船尾はウェルドックになってるんだ」
「うえるかむどっく?」
ジュウイチがポカンとすると、溜息混じりのアルフが続けた。
「犬を招いてどうする……船尾のドックは注水して舟艇の出し入れが出来るんだよ。あの舟艇は戦車揚陸用の特殊タイプだとさ、今度の仕事に使うらしいぜ」
「なるほどね。でもさ、本当に西に行くのかねぇ? 相当にヤバイって話だぜ」
「艦長が決めたんだ、俺たちに選択の余地はねぇよ」
「まぁそうだな、嫌だって言っても艦ごと行くから仕方ないしな」
ジュウイチは大きく背伸びする、その背中を怒号が叩き付ける。
「陸の戦闘を甘く見るなよ。上空からの機銃掃射は簡単じゃない、目標は鳥さんみたくデカくないんだ、動きも速い。爆撃だって、素早く散開されたら爆弾のムダになるんだ」
振り向くとアネッサが腰に手を当て、睨んでいた。”出やがったな”と心で呟いたジュウイチは首を項垂れた。
「分かってるよ、そんなに怒ると可愛い顔が台無しだぞ」
「なっ、何、言ってる!」
ふざけた様なジュウイチの言葉に、アネッサは耳まで赤くなる。その様子にアルフも開いた口が塞がらない。外見とは裏腹の沈着冷静で、凛としたイメージが簡単に、しかも変な擬音と共に崩れた。
「隊長! こんなとこに居た。メイルムの街に行くんですって、有名な湾岸型城壁都市ですよ。食べ物も海の幸だけでなくて陸のグルメも満載ですっ。可愛い洋服に靴、あ~楽しみ」
夢見る様なエリーが、目をハート型にしている。
「遊びに行くんじゃない! 向かうのは西だぞ、気を抜くと命取りに――」
「まあ、行く前からそんなんじゃ体が持たないぞ。少しは楽しみだってないと、ココロも枯れるってもんさ。それにさ、飛行服以外のお前も見てみたいし」
剣幕を維持するアネッサに、ジュウイチが平然と間に入る。
「えっ……あっ……」
自分では言い返そうとするが、言葉が出ない。ただ胸のドキドキで、息が苦しくてアネッサは罵声を発しながら赤くなったまま、その場を走って逃げた。
「バァカ! バァカ!」
「隊長~どうしたんですかぁ?」
エリーが首を傾げて後を追う。
「ほんと、どうしたんだろ、あいつ?」
不思議そうにアネッサを見送るジュウイチに、アルフは大きな溜息を付いた。
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メイルムの街は現状の危機とは無縁に思えた。活気と躍動感に溢れ、これが本来の人の街なんだと無言で語り掛ける。今までジュウイチが見て来た街は迫り来る恐怖と絶望に包まれ、空気さえ淀んでいたから。
「ここは別世界だな」
「ああ、今のところはな」
港を遠望し呟いたジュウイチに、タバコを燻らしたアルフがゆっくりと言った。敵襲に備へ港外に停泊すると舟艇で上陸し、アルフを先頭に岸壁にある戦車の積み込みに掛った。
「何だ? 変わった戦車だな……」
改造しまくられた外見に、呆れたジュウイチが呟く。
「獣との戦闘で得られたノウハウの集大成なの」
振り向くと腕組みしたエイトが、作業の様子を見守っていた。その眩しい瞳に一瞬ドキッとしたジュウイチだったが、何故かその透き通る声は穏やかにデジャブを招いた。
「なるほどね、歩兵戦闘車がベースなんだ。獣相手じゃ砲撃力より、人員が各個に戦闘できた方が柔軟に対応出来るしな……戦車タイプの最大の難点、視界は考慮してあるし、火力の無い獣に対しては装甲は十分、それより機動性と小火器の充実を優先。軽量化で航続距離を伸ばし、容積の大きさを生かして快適性も向上、戦闘時間と行動範囲を増大させる方向か」
「あなた……」
ジュウイチの見立ては、まさにエイトが意図したものだった。
「あっ、ごめん。専門家に失礼だよね。えっと、戦車はバックで舟艇に入れてくれ、固定用のフックが無いから履帯を鎖で繋ぐぞ」
「車体には繋がないの?」
ジュウイチの言葉にエイトが疑問を向ける。
「大切にしている車体に傷は付けたくないからな」
手入れされたピカピカの車体に、ジュウイチは笑い掛けた。
「そう、なんだ……私はエイト、あなたは?」
新鮮な驚き。自分の大切なモノを他人が気遣ってくれる、柔らかい毛布で包まれた様に優しい気持ちがエイトをそっと撫ぜた。
「ジュウイチ」
振り向いたジュウイチの笑顔に、少し胸がドキっとしたエイトだった。
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突然サイレンが鳴り響いた。
「何だ? 空襲か?」
空を見上げたジュウイチは、蒼い空に浮かぶ純白の雲に不思議な違和感を感じた。
「よく分からないけど、敵襲には変わりないわ。戦闘準備!」
真剣な顔で答えたエイトは、資材の上に座るイワン達に叫んだ。
「そんなぁ、戦車は海の上ですよぉ」
海上をアストレイアに向かって進む舟艇に、イワンが泣きそうな顔をした。
「分かってる! 周囲の者に武器を配って、いつ襲ってくるか分からないわよ!」
凛としたエイトの指示は、的確で直ぐに臨戦態勢に移行する。周囲の全員に小銃や拳銃が配られ、資材で簡単なバリケードを作るとオットーが叫んだ。
「十時の方向! 狼だっ!」
「どうして? 街の中に狼が現れるなんて……」
港は城壁からもかなり距離がある。城壁を超えた時点で警報が鳴るなら分かるが、突然この場所に現れたとしか考えられずに、エイトは判断に戸惑った。
「あれだな、原因は」
ジュウイチが示した方向に、鳥が集団で飛んでいた。
「そうか……」
鳥が運んで来たなら説明がつく、エイトは獣たちの知恵に今更ながら恐怖した。空挺部隊の様に敵地の真ん中に電撃的に戦闘兵を送り込み、しかも輸送機ではなく戦闘機で……その破壊力は人間の軍戦略を遥かに凌ぐ。
「鳥さんは目測で二十、狼は多分四十はいるな」
「どうして数が分かるのさ?」
マルコが不思議そうにジュウイチに聞いた。
「鳥さんの脚は二本だろ」
「何だ、そうか」
納得したマルコは、腕を頭の後ろ組んで笑った。
「笑ってる場合かよ」
オットーが泣きそうな顔で銃を構え、オルガは手早く重機関銃を資材の上に設置した。
「鳥の攻撃が心配ね、頭の上に気を取られたら狼に集中できない」
不利な形勢をエイトが口走る、その頬を一筋の汗が流れた。
「狼に集中するんだ」
「鳥は?」
落ち着いたジュウイチの言葉にエイトが首を傾げた。
「ウチの姫に任せておけ」
直ぐに爆音が耳に届く、アネッサを先頭に数機が視界に入る。
「たったあれだけで大丈夫なのかぁ?」
「ああ、性格は悪いが腕は確かだ」
泣きそうな声のイワンにジュウイチが笑いながら答え、エイトが直ぐに銃を構えた。
「さあ、狼に集中よ」
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『隊長っ! 下の獣は凄い数です!』
街の上空に差し掛かると、エリーが不安そうな声を上げる。
「下は無視しろ、今は鳥だけに集中するんだ!」
自分で言っておきながら、アネッサは地面にアリみたいにしか見えない狼に唇を噛んだ。戦車や補給物資の積み込みでアストレイアの飛行甲板は混乱していて、これ以上の戦力投入には時間が掛る。
自分達三機だけで二十以上の鳥の迎撃は限界に近い、とてもじゃないが地上の狼にまでは手が回らない。
落ち着けと自分に言い聞かせアネッサは鳥との戦闘に集中し様としたが、何故かジュウイチの顔が頭を過る。直ぐにピシャッと自分の頬を叩くと、頭の中のジュウイチの画像が消える。
アネッサはゴーグルを掛け直すと無線機に怒鳴った。
「鳥達を街から引き離す! 各自散開!」
『了解!』
無線からの各自の応答には気力が溢れ、アネッサはふと笑みを漏らした。