調査隊
コロニーの政策と運営は評議会によって行われていた。地下にある評議会の部屋には、評議員達がエイトを待っていた。
薄暗い部屋の中にはカビの臭いが充満し、空気さえ湿り気を帯びていた。自分では意識しなくても、エイトは自然と顔をしかめた。
「前回のミッション、御苦労であった」
長い髭の長老が、小さな目で微笑む。周囲を見渡してもエイト以外は評議員だけで、不思議な感じに包まれた。
「第十二次調査隊も帰って来ませんでした」
評議員の一人が、眼鏡に手を添え呟く。見た事のない顔だった、確か前は老人のはずだったが、その席には若い女が座っていた。
女は縁の無い眼鏡を掛け、長い黒髪をアップに結び、身体の線を強調する上下の黒いスーツ、開いた胸元がエイトには無い女の艶を醸し出す。
女は一呼吸置くと、手元の資料を見ながら話を続けた。既に誰もが知ってる情報を、淡々と抑揚のない口調で……。
「我々だけでなく、他のコロニーからも多くの調査隊が出ています。ご存知の通り、調査隊の目的は動物達の異常進化の原因を調べ、対処方を模索するものでした。現状では周囲のコロニーも我々のメディナを除き、多くが壊滅しました。原因は動物達だけでなく、異常気象により食料の生産阻害や、命の根源である水の確保が出来なくなった事にも起因しています」
「東のエルタリでは、居住可能地域を探す調査隊を出していたと聞きましたが?」
エイトの質問に、長老が静かに答えた。
「生き残るには今のコロニーを捨て、新たな居場所を見付けるしかない。じゃが、果たしてそんな場所があるのかは疑問じゃ」
多くのコロニーに於いて調査隊は、その意味を変えていた。
「エルタリも間に合わず、住民は先日コロニーを脱出しましたが……」
「どうなりました?」
女が補足し、エイトは身を乗り出した。
「残念ですが」
「……」
エイトは拳を握り締める、絶望と終焉という言葉が脳裏をゆっくりと歩んだ。
「結論は調査隊を続けるしかない。初期の目的だげではなく、新たなコロニーの場所を探すというもう一つの目的も含めて。ここも例外ではない、滅亡へと向かっておる」
長老の言葉がエイトに重く伸し掛かる。分かってはいたが、言葉に出されると重みは数段増した。
「今回の調査は新しいコロニーの捜索ですか?」
「それは別の者に行って貰う。エイト、お前には本来の調査を頼む」
エイトの問いに答える長老の口は重かった、ほんの少しエイトの胸が痛んだ。
「ご挨拶が遅れました、生物学者のマーベル・フューレットです。第十三次調査隊は私一人です、護衛をお願いします」
「あなた一人で行くんですか?」
女はマーベルと名乗り、エイトはクルーの顔を思い浮かべた。調査隊の護衛は、前例が示す通り生き残る道は無いのに等しい。
「このメディナには、調査出来る学者は私だけになりました」
「そう、ですか」
「今は現状の維持でしかありません。いえ、維持さえも出来ない。緩やかだった崩壊は加速しつつあります。先の見えない戦いは永遠に続きます。このまま、誰も何もしないでいると……終焉の時まで。やはり突き止めないといけないんです、場所の移動だけでは未来はありません」
マーベルは低い声でエイトを見詰めた。
「確かに先の無い戦いなんて、無意味ですが……」
長老の言葉が輪唱みたいに木霊する”もう逃げ場は無いのじゃ……滅亡へと向かっておる”背筋の冷たさ、胸の辺りの温度も氷みたいに冷たい。
「動物達は進化ではなく突然変異なのです、そこに何らかの糸口があるように思えます」
マーベルの声が遠くに聞こえた気がした、体の中でほんの少し温度が上がる。
「その根拠は?」
「勘です……」
呆れたエイトは溜息を付く、勘で命を懸けるのかと。
「で、どうしますか?」
「多分、西……」
その言葉はエイトにも予測出来た、他の調査隊と同じだったから。違う言葉を期待していたココロは、温度が曖昧になる。
「西ですか……西は凶暴な動物の総窟です。殆んどのコロニーは壊滅してる、近付くのは不可能に思えますが。それに、同じ事を繰り返すんですか?」
「そうですね……でも、答えは西なのです。だから、行かなくてはなりません」
行くのなら意味と可能性がある場所しかない、可能性の少ない場所に行ってる余裕なんてもう無いのだ。
「まあ、そう言う事ですね。で、何か策はあるんですか? 普通に行けば二の舞ですよ、いくら私が付いていても」
少し笑ったエイトは、マーベルの表情に未来を占おうとした。
「海を行きます。海なら陸とはリスクが少なくて済みます」
自信ありげなマーベルの眼鏡が光る。
「私達が一緒なら戦車は必要です、運ぶなら貨物船がいる。海の脅威は我々には未知数だが多分想像を絶しているでしょう。それに動物以外にも海賊なんて輩もいるんです。護衛の艦船も必要だし、噂では鳥の攻撃も多いらしい」
海の情報は少なかったが、それが容易ではない事はエイトは確信していた。少し笑ったマーベルが、眼鏡を細い指で直す。
「貨物船では無理です。護衛には航空戦力を含めた艦隊規模が必要になりますが、そこまでは予算がありません」
「だったら?」
「単艦でも戦闘能力のある艦艇。空母は無理ですが、それに近い艦艇を考えています」
マーベルが本気なのは態度が示していた、何かをやろうとしている人間には輝きがある。それが自信に裏付けされてるのならば輝きは一層増す。眩しい様な感覚は、エイトに嫉妬に近い思いを抱かせた。
「あなたの力が必要なのです、私達だけではなく、人類の存亡の為に」
「……考えてみます、前向きに」
大きな溜息の後、目を伏せたままエイトは呟いた。
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『降りられるのか?』
「多分な」
『一番最後だ、皆で海に飛び込むとこを見物してやるよ』
「見てろよ」
アネッサの嬉しそうな通信にジュウイチは苦笑いする。全機が着艦し、ジュウイチの番がやって来た。
「かなり低空から進入してきたな」
アルフは逃げる準備をしながら、ジュウイチの機体を見た。普通、着艦の角度は決まってる深ければ甲板に激突するし、浅ければ短い甲板を通り過ぎてしまう。
「失速寸前まで速度を落とす、落ちる高さは低い方がいいんだよ」
「そうだな、アストレイアの飛行甲板は装甲があるから少々の衝撃には耐える」
アネッサの言葉に、アルフが笑いながら続けた。
「隊長もアルフさんも、ジュウイチさんが失敗するって思ってるんですか?」
呆れた様にエリーが頬杖を付いた。
「見てれば分かる」
腕組みしたまま真剣に見ているアネッサの顔に、エリーは何故か微笑みを漏らした。機体は海面スレスレの位置から、ふっと機首を上げ飛行甲板まで軽く上昇、スロットルを急に閉じ、失速した瞬間に簡単に着艦した。
「見事な着艦でしたな」
「ああ、まるで軽業師だ」
艦橋の窓から見ながら感心するコシンスキーに、ゲイツもニヤリと笑った。横で見ていたレイラも頷きながら、微笑んだ。
「しかし、今回の仕事、よく引き受けましたな」
窓から向き直ったコシンスキーが、真顔で聞く。
「ああ、交渉に来た学者先生が若くて美人だったからな」
ニヤけるゲイツに、コシンスキーは大きな溜息を付いた。
「ねぇ、艦長。あの機体どこで見付けたの?」
窓にもたれたレイラが、飛行甲板の漆黒の機体を見る。
「あれはⅩナンバーの機体さ」
ゲイツは曲がったタバコを取り出し、汚れたジッポで火を点けた。
「プロトタイプなの? どおりで見た事も無いエンジンに、機体構造だと思った」
「察しの通り、元は陸戦だ。ただ、性能諸元を見ると艦戦向きかなってさ」
ゲイツの言葉に、レイナは呆れ顔になる。
「カタログデータだけで決めたの? それにあれ元は複座だよ、艦爆や艦攻でもないし、勿論練習機でもない」
「ああ、それね。なんでも未来戦闘の模索だそうだ。マルチロール機とか何とか言ってたな、まぁ難しい事は分からんよ。何にしろ訳の分からん機体だ、変わったモノ同志、うまくやれるよ」
「それ、褒めてんの? けなしてんの?」
「両方だな」
海面からの太陽の反射に、ゲイツは目を細めた。
「でも変なんだ」
「何が?」
レイラはエンジンを整備してた時の違和感に首を捻る。
「複雑な構造と、まるで剃刀みたいなピーキーな特性。アイドリングさえ不安定なのに、ジュイチが乗るとまるで別物みたいな性能を発揮する……本来開発者は、そこを目指したんだろうけど、現段階では未完成のはずなんだ」
「あいつは機械に好かれるんだよ……理由なんて分からんがな」
ゲイツの言葉にレイラは頷くしかなかった。もし、説明するなら、それしか考えられなかったから。
「ったく……整備士にとっては理由を解明出来ないのは、寝覚めが悪いんだけどな」
言葉とは裏腹に、レイラの顔には笑顔があった。
「飛行機ってやつは、他のどんな機械とも違う。繊細で危ういんだ、だが精密って訳でもない、言葉にするなら……生き物に一番近い機械かな……持てない程重い金属の塊が、風の様に空を飛ぶんだ、不思議のオンパレードさ」
遠く空を見上げ、ゲイツは呟く。レイラもその言葉がなんとなく分かり、同じ様に空を見上げた。