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海ゆく空のアルドーレ  作者: 真壁真菜
第一章 
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アストレイア

「おぉい、新入りの坊や! 対空機銃の台座、ちゃんと磨いておけよ」


 甲板長のアルフが大声で怒鳴る。汚れた作業着と無精髭が、朝の海面から穏やかな光を受けて明るく染まっている。山賊みたいな厳つい顔の割に、気のいい男だった。


「全く……俺はさぁ、一応はパイロットなんだけど」


 機銃にもたれ座ったまま聞こえない様に呟くジュウイチは、遠く水平線の彼方に視線を向けた。


 ピンピン跳ねる茶色のクセ毛、黒い大きな瞳、それに輪を掛け小柄で童顔な容姿は昔から若く見られる事を宿命とし、慣れてるとは言えジュウイチにとっては面倒なコトだった。


「遊覧船じゃないんだ、ぼんやり海なんか見てる暇はねぇんだぞ」


 更にアルフの怒鳴り声が続く、仕方なく立ち上がったジュウイチは汗に濡れた飛行帽を被り直し、大きく背伸びした。


「乗る機体があって、初めてパイロットと呼ばれるんだ」


 背中を丸めながら作業を開始したジュウイチに、腕組みしたアネッサが飛行甲板の上から薄笑みを浮かべて睨んでいた。そよ風みたいな可愛い声だが、ジュウイチに向けられる言葉の内容は殆んどは毒舌の部類でしかなかった。


 逆光のせいもあるが、キラキラと朝日を反射した姿に、ジュウイチは少し目を細めながら振り向いた。同時に、性格はキラキラ輝かないのになと心でコッソリ呟く。


 戦闘機隊の隊長でもあるアネッサは、美しいプラチナブロンドを額の真中から自然に分けていたが、その前髪はキツめの眉を流れ、耳元に届く時には弾ける様なウェーブをまとっていた。


 深くはっきりとした二重瞼の瞳は煌めく濃いグリーンで、白金色の髪との見事な調和を形成し、その容姿を更に誇張しながら、見事なまでに美しく完成された雰囲気を前面に押し出している。


 だが言葉使いは、その声の穏やかな響きとは正反対に乱暴で、見るからに気の強よそうな眼差しは、男達を引き寄せる引力みたいなモノがあった。


「どうせ、そうだよ。悪かったな」


 対空機銃の台座にオイルを塗りながら、ジュウイチはボソボソと呟く。


「お前には欲は無いのか! パイロットとして名を馳せたくは無いのか!」


 面倒そうなジュウイチに、興奮し髪を振り乱したアネッサが怒鳴る。それでもジュウイチはまた、聞こえないようにポツリと呟く。


「何、怒ってんだよ」


「今の世の中、飛ぶなら戦うしかないんだ!」


(分かってるさ)これでも聞こえるのかよと思いながら、今度は心の中で言った。


「大体お前はッ――」


 そっぽを向いたまま作業を続けるジュウイチの態度に、アネッサの声が更に殺気立った瞬間、晴天の大空に空襲警報のサイレンが響き渡った。


_______________________



「隊長、電探が捉えましたっ! 南西百十キロ、鳥さんです」


 走って来た副官のエリーが、顔を紅潮させ報告した。少女みたいにツインテールにした亜麻色の髪と愛くるしい円らな瞳が、更に彼女を幼く見せていた。


「回せっ! 待機はコスナーとミリアム! 他は上がるぞ! いいかっ! 続きは後だ!」


 アネッサは大声で指示を飛ばす、言葉の最後は思い切りジュウイチに投げ付けて。甲板員やパイロットが弾かれた様に一斉に動き出した。カタパルトではアネッサの愛機が轟音を上げて暖機している。


 翼面荷重を最小限にした大型の主翼と、旋回性能と上昇力に特化した赤いスマートな機体は、艦上戦闘機には珍しく液冷エンジンを搭載していた。


 プロペラスピナーには二十ミリモーターキャノンを装備し、翼内武装は小口径機銃が四丁と重武装だった。垂直尾翼には、背中合わせのグリフォンが剣を振りかざし炎を吹いている。


 アネッサ機の後に続き、様々な形の戦闘機六機が轟音と共に次々と発艦した。


「続きは遠慮するよ……」


 アネッサの最後のセリフにボソっと返事すると、対空機銃の下に座り込みジュウイチは発艦して行く機体を恨めしそうに眺めていた。


「お前、いつも姫に絡まれるな?」


 嬉しそうなアルフに、ジュウイチは溜息を返す。


「何が気に入らないのかね……でもさ、アイツが姫?」


「アネッサはな、世が世なら何処かの王族の姫様らしいぜ」


 アルフの言葉に、ジュウイチが吹き出した。確かに喋らなければ、気品みたいなものは少しは感じる、本当にほんの少しだが。


「なんとまぁ、ガラの悪い姫様も居たもんだ」


「まぁ、いいじゃねぇか。それより、お前さんも最強空母アストレイアの乗組員になれたんだ。光栄に思え」


 アルフが誇らしげに葉巻きを吹かす。その煙が顔を取り巻き、ジュウイチはゴホゴホと咳をしながら呆れた眼差しを向けた。


「アンタ甲板長だろ、こんなとこでノンビリしてていいのか?」


「ああ、うちの甲板員は優秀だからな」


 忙しそうに動き回る甲板員を見ながら、アルフはニコリと笑った。


「だいたい、これ空母じゃないだろ?」


「バカヤロ、飛行機積んでんだから空母なんだよ。このアストレイアはな、元は強襲揚陸艦なんだぜ、舷側だけじゃなく艦底にも装甲が施してある。機関も最新型に換装して、正規空母並みの速度も出せる」


 アルフは艦橋のマストになびく、トリアイナをデザイン化した紋章旗を見上げ胸を張る。


「そんなら、初めから空母にすりゃいいじゃん」


 同じ様に見上げたジュウイチは、少し首を傾げた。


「俺たちゃ何でも屋だぜ。正規空母じゃ、臨機応変に仕事が出来ないんだよ。強襲揚陸艦ってヤツはな、俺達と同じ海の何でも屋なんだ」


 ”俺達と同じ”って言葉が、ジュウイチのココロをフワリと持ち上げる。もう一度紋章旗を見上げると、太陽と重なり網膜の中で光が七色に乱反射した。


 アストレイアはアイランド型艦橋で、全通飛行甲板を持っていた。シルエットは空母に近いが、その大きさは軽空母より更に小さく、搭載機は艦戦が九機、艦爆が九機という規模だった。


 乗務員もパイロットや整備士を含めても八十人未満という状態で、その結果一人で何役もしなければならなく、運用は簡単で単純とは言えなかった。


 デメリットばかりではない。搭載機が少ないことは格納庫も小さくて済み、残りの区画を物資や燃料タンクに充てることが出来きる。


 それは、無補給で長期の行動が可能であるという事に繋がり、作戦行動の多角化や生存性を高める結果となった。


 また、乗員の少なさは居住区の余裕を生み、制限はあるが全員に個室が与えられるなど厚生の部分についても快適性は大きく、乗員達には船というより”家”という感覚があった。


「何で艦底に装甲がいるんだ?」


 当然な疑問、艦底に装甲なんてジュウイチは初耳だった。シタリ顔のアルフは、機銃にもたれながら説明する。


「クジラは魚雷攻撃はしてこないがな、体長は二百メートルを超える奴もいて、体当たりや、鋭い角で艦底やスクリューを攻撃して来るんだ。ちゃんと知ってるよ、船の弱点をな」


「それなら戦艦の方が有利じゃないのか? デカイし装甲の塊だし、魚雷だって何だって搭載出来るじゃん」


 更に当然の疑問、だがアルフは少し深刻な顔で腕組みすると長い熱弁を始める。


「船って奴はな、転覆するように出来てるんだ。三百メートル近い大戦艦だって例外じゃねぇよ。砲撃や魚雷に耐えられてもな、島みたいなクジラに体当たりされる事なんて設計に含まれちゃいねぇ。それにな、攻撃の面から言っても、魚雷が当たるまでクジラさんはジッと待ってちゃくれないし、デカイだけの砲なんて動きの速い奴等には何の役に立にはたたねぇよ。まぁ、艦砲なんて、浮いてる奴にしか効果はないしな。奴らに一番有効なのは飛行機での爆撃なんだぜ。それに過去の戦争も物語ってる、海の大者戦艦も飛行機には弱いってな」


「そんなら魚雷、近接信管にすればいいじゃん。爆破波動でお陀仏だよ」


 自分の知識を総動員し、ジュウイチは食い下がる。


「最初の一発はな。次から奴等は距離を取るよ、安全距離だって分かってるみたいにな」


 腕組みしたアルフは、軽く首を振った。


「アッタマ、いいんだなぁ」


 溜息のジュウイチは、斜め前方を航行する貨物船を見詰めた。今回の仕事は、貨物船の護衛であり、襲ってくる敵は鳥やクジラだった。


 鳥と言ってもクジラ同様、突然変異で翼長は十メートル、体長も十メートル近くあり、鋭い爪と口ばしは戦闘機の機体など紙の様に切り裂く。


「鳥だってそうよ。対空砲火なんて幾ら撃っても当たる訳きゃないしな」


 何故か少し嬉しそうにアルフが口元を緩めた。


「オバケ鳥、戦闘機じゃなけりゃ歯が立たないのか?」


 空を見上げたジュウイチに、腕組みしたアルフが大きく葉巻きの煙を吐いた。


「何だお前、パイロットのくせして鳥さん見た事ないのかよ?」


「遠くからならね。訓練してるときは教官が鳥さん達が傍に近寄れせない様に、大勢でガードしてくれてたもんな……それに、夜間の訓練が多かったからね」


 訓練時代の思い出が頭を過る。楽しかった空の浮遊感がジュウイチを笑顔の方へ向けた。


「何で夜に飛ぶんだ?」


 不思議そうにアルフは首を傾げる。


「鳥さんは鳥目だからな。夜は見えないんだってさ」


「そっか」


 ジュウイチの言葉に、アルフはふぅんと頷いた。


「アンタは近くで見たのかよ?」


 今度はジュウイチが聞き返す。


「ああ、何度も見たよ。奴らの体毛は鋼みたいに硬いんだぜ、至近距離じゃないと機銃も歯が立たない。鶏の卵くらいの石を胃の中に蓄えてな、猛烈な勢いで吐き出す。その威力は、戦闘機の機体なんて簡単に貫通するんだ。それにな……奴等はコクピットを狙ってくる、まるで何もかも知ってるみたいにな」


 言葉の途中から、アルフは真顔になった。


「まるで生きてる戦闘機だな」


 アルフの最後の言葉は、ジュウイチの背筋に嫌でも悪寒を感じさせる。同時に遠くに見た事しか無い鳥の姿を思い出した。しかしそれは、太陽を遮り蒼空に浮かび上がる美しいシルエットでしかなかった。


「クジラだって、生きてる潜水艦さ。しかもな、最近は鳥とクジラは連携して襲ってくる。全く、どうなっちまったのか……まあ、陸に比べりゃマシだけどな」


 鳥の単独攻撃なら大きな艦船が沈められたりしないから、わざわざ戦闘機が迎撃に出る必要はないが、その後に続くのクジラの攻撃を考えれば鳥は早めに駆除しなければならない。


 クジラ攻撃に必要な爆撃隊の仕事に、鳥は厄介な邪魔者だからだ。


 動物達の攻撃が用意周到で複雑化すればする程、防御には迅速で的確な行動が不可欠になっていた。その驚くべき進化は身体だけでなく知能面でも、人類を脅かしていた。


 そして、アルフが言う様に圧倒的に陸の方が脅威は多い。地域にもよるが猛獣の多さと比例し、象やサイ、トラやライオン、ヘビやワニなども巨大化し、その皮膚を装甲化した亜種も現れ、人間を駆逐していた。


 比較的猛獣の少ない地域にも狼や熊などが襲い掛かかり、そして次第に勢力を伸ばした来た猛獣は入り乱れ、地域を超えて全世界を蹂躙していた。


 武器があってこそ人は最強だが、武器は無限では無い。その損耗は、数で勝る猛獣の進行と比例しながら加速していた。


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