Happiness
「――クリスマスプレゼント?」
「うん!」
季節は冬、近付く聖なる夜にプレゼントを贈ってみようなどと、我ながらロマンチックなことを考えていたのだ。
私が奢るってことを条件に、階堂君に相談をしてみたのだ。由佳里のバイトするファーストフード店で。
「リッチに行こうかと思ってバイトしてたんだけど、それでも上限三千円ね。」
「リッチ……?」
馬鹿にするような笑みで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
(……この金持ちめ!)
「おまちー。亜希、コイツちゃんとアドバイス出来てる?」
「失礼なヤツだな!オレはやるときはやる男なのっ!」
「亜希~本当にこんなんで良かったのぉ?」
オーダーした物を届けに来た由佳里と、階堂君の痴話喧嘩が始まった。
この二人は結構前からカップルが成立していて、見てて面白いくらい、ラブラブだ。
由佳里が仕事に戻って、階堂君はコホンと一つ咳ばらいをして、私に尋ねた。
「――じゃあもう付き合ってんだ?」
「…え?」
「………………まだなの!?」
私の反応を見て、階堂君は驚いた様子を見せる。私は気まずくなって、俯いたままコクリと頷いた。
現状、私たちの関係にコレといった変化はない。
連絡はしょっちゅう取り合ってるし、遊びにだって二人でよく行く。でも付き合ってはいないという、いわば典型的な――、
「―――友達以上、恋人未満?」
私の呟いたそれを聞いて、階堂君は呆れた表情で大きくため息をついた。
「……よー我慢してんなぁ、高橋の奴」
「――高橋は、それでイイって言ってくれた…もん。私たちは、こうなの!」
「イヤ、亜希ちゃんよくても、男はそんなんじゃ満足しないんだって」
「………」
「高橋それじゃ生き殺しじゃね?高橋は自分から離れていかないとか思ってる?」
「……………」
「……嫌いじゃねぇんだろ?」
「…………う、ん」
嫌いじゃない。だけどみんなの言う“すき”かはまだ分からない。
想いの定まらない私に、彼はそれでも良いと、導いてくれた。答えの要らない心地良い場所に。
でもそれはやっぱり私の我が儘で、押し付けていた?我慢をさせていた?
私はこの温かい毎日に満足していたけれど、彼もそう思えなくちゃ意味がない。
想いは、イコールじゃなきゃいけないんだから。
今のこの関係が私にはとても居心地が良くて。でもこれ以上、距離が近付いたら―――どうなるんだろう?
その一歩を踏み込む勇気がない。それは嫌われることへの恐怖なのだろうか。
“離れていかないとか思ってる?”
まさに、図星だった。
いいよと言ってくれる高橋に、私はどこまでも甘えている。
じゃあもし、高橋が、私の日常から居なくなったら?
――ピーンポーン
「……おかーさん!おねーちゃんのぼせてるー!!」
お湯に浸かりながら、何時間考えごとをしていたんだろう。そろそろ上がろうと立ち上がれば、視界がぐるっと回り、薄れて行く意識の中で、インターホンの音と妹の声が、ぼんやりと耳に届くのを聞いていた。
目を開けた時、映ったのは見覚えのある白い天井と蛍光灯だ。
(――私の部屋…)
「…………あ、れ…?」
「――何やってんだかね」
「!?」
驚いて、横たわっていたベッドから勢い起き上がり、声の主を見る。
「………たかは―――っ…」
急に起き上がったせいで、まだはっきりしない頭がクラクラした。
「起きんなって、寝てろ」
そう言って彼は、私をの頭と背中を優しく抱えて、ベッドに戻す。枕に落ち着いた私の額にデコピンをくらわせて笑う。
「痛い…」
「手加減したぞ」
「高橋なんで…?」
「俺が2階まで運んだんだよ」
「!?」
「ちょうど亜希ん家来たら、おばさんに頼まれた。…一応、ちゃんとバスタオル巻いてたし、見てないからな」
「…………ごめん、ありがとう………」
高橋は何度かウチにも遊びに来ていて、親達とももちろん顔見知りだ。
母は高橋がお気に入りで、早く私とくっついて欲しいと言われるのはしょっちゅうで、その状況も、何となく目に浮かんだ。
「……何時間ものぼせるまで、何してたんだよ」
「…………考え、ごと……」
(あ、やばい)
泣きそう。
まだ意識がはっきりしないから、脳も上手く働かない。
今泣き出したらきっと、止まらなくなるのは目に見えてる。
でもその涙を、コントロールする力も、今は無かった。
溢れる涙を見られたくなくて、目を腕で覆った。ほとんど無意味なんだろうけど。
「……高橋のこと、考えてた…」
「――俺?」
優しく響く彼の声が、温かくて、余計に泣けて来る。
「高橋……無理しなくて、いーんだよ。いつまでも、私の我が儘に、付き合うことない…」
「………どーゆう、意味?」
「不満なら、不満って言ってぇ……っ」
涙が目尻を伝って枕に落ちる。
「付き合わずに、一緒に居るのは…、生殺し……をっ、我慢、してるんでしょ……?」
考えただけで、苦しかった。今まで、高橋は、そんなことを思いながら、私と過ごしていたんだろうか。
階堂君に言われるまで、気付けなかった私は馬鹿だ。
「………何それ、誰かに言われた?」
「…!なんで、わかるの…」
「何となく、わかるよ。大方、階堂あたりになんか吹き込まれたんだろ」
「……………」
図星というか、正解というか。とにかく私は言葉が出なかった。
「………別にさ、階堂が言うようなことが、目的な訳じゃねぇし」
「…………?」
「なんていうか……さ、確かに目標みたいなのではあるけど、亜希が彼女になったらいいな、とか。だけどなんつーんだろ、それだけのために、亜希と居る訳じゃなくてさ」
腕の間から、覗き見た彼は、顔を真っ赤に染めていた。
それを見て、私は胸の奥がきゅっとなる。
「オレが自分の意志で、亜希と居たいと思うから、居る訳で……」
上手く言えない、と、恥ずかしそうに彼は口元を手で覆った。
「だから、階堂の言うこと、鵜呑みにする必要、ないんだよ」
そう言って、まだ頬を赤く染めながらも、高橋は私の頭をくしゃりと撫でる。
こんな風にいつでも想いをしっかり伝えてくれるのに、すぐに照れて赤くなる彼を、愛しく思うのは何度目だろうか。
「あの…あのね高橋」
(私、一つだけ、わかったことがある)
ゆっくりと私はベッドから起き上がった。
しっかりと彼の目を見て言いたくて。
「――すきだとか、愛してるだとか、触れたいとか――そういうのじゃなくてね」
「うん」
「ただ………高橋の傍に居たいって、思ってる。離れるのが怖い、離れていって、欲しくないって、おも、う…………」
「………うん」
高橋は、やわらかく笑って、私の言葉に頷いた。凄く、嬉しそうに、私が今まで見た中でも、きっと極上の笑顔だ。
当の私は、言い終わってから恥ずかしさが後からやってきて、全身の熱が顔に集中するのがわかった。
もちろん高橋の顔なんて、恥ずかしくて見ていられなくって俯く。
自分の気持ちを言葉にするって、こんなに勇気が要って、こんなに恥ずかしいことなんだ。
「ねえ、亜希」
「…、なに…」
「俺、こんだけで十分幸せなんだけど」
(それは、私も、だ)
恥ずかしくて、今すぐどこかに隠れてしまいたいくらいだけど。でもそれ以上に、今胸に溢れて溢れて、零れ落ちそうなくらいの、あったかい何かが在るの。
幸せって、きっとこういうのを言うのだろうか。
例えば、結婚して夫婦になって、その人とずっと一緒に生きて行くことが、特別なことなんかじゃなくて、ごく自然に思えたら、それってすっごく幸せなことじゃない?
そんな未来が、待ってるといいな。
夢みる未来を、きっと君と一緒に過ごせたらいいな。
(おわり)
2008.11.13
2015.03.01(加筆修正)