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Canvas  作者: 紫雨
番外編
8/9

Happiness

「――クリスマスプレゼント?」

「うん!」


 季節は冬、近付く聖なる夜にプレゼントを贈ってみようなどと、我ながらロマンチックなことを考えていたのだ。

 私が奢るってことを条件に、階堂君に相談をしてみたのだ。由佳里のバイトするファーストフード店で。


「リッチに行こうかと思ってバイトしてたんだけど、それでも上限三千円ね。」

「リッチ……?」


 馬鹿にするような笑みで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

(……この金持ちめ!)


「おまちー。亜希、コイツちゃんとアドバイス出来てる?」

「失礼なヤツだな!オレはやるときはやる男なのっ!」

「亜希~本当にこんなんで良かったのぉ?」


 オーダーした物を届けに来た由佳里と、階堂君の痴話喧嘩が始まった。

 この二人は結構前からカップルが成立していて、見てて面白いくらい、ラブラブだ。


 由佳里が仕事に戻って、階堂君はコホンと一つ咳ばらいをして、私に尋ねた。


「――じゃあもう付き合ってんだ?」

「…え?」

「………………まだなの!?」


 私の反応を見て、階堂君は驚いた様子を見せる。私は気まずくなって、俯いたままコクリと頷いた。


 現状、私たちの関係にコレといった変化はない。

 連絡はしょっちゅう取り合ってるし、遊びにだって二人でよく行く。でも付き合ってはいないという、いわば典型的な――、


「―――友達以上、恋人未満?」


 私の呟いたそれを聞いて、階堂君は呆れた表情で大きくため息をついた。


「……よー我慢してんなぁ、高橋の奴」

「――高橋は、それでイイって言ってくれた…もん。私たちは、こうなの!」

「イヤ、亜希ちゃんよくても、男はそんなんじゃ満足しないんだって」

「………」

「高橋それじゃ生き殺しじゃね?高橋は自分から離れていかないとか思ってる?」

「……………」

「……嫌いじゃねぇんだろ?」

「…………う、ん」


 嫌いじゃない。だけどみんなの言う“すき”かはまだ分からない。

 想いの定まらない私に、彼はそれでも良いと、導いてくれた。答えの要らない心地良い場所に。

 でもそれはやっぱり私の我が儘で、押し付けていた?我慢をさせていた?


 私はこの温かい毎日に満足していたけれど、彼もそう思えなくちゃ意味がない。

 想いは、イコールじゃなきゃいけないんだから。


 今のこの関係が私にはとても居心地が良くて。でもこれ以上、距離が近付いたら―――どうなるんだろう?

 その一歩を踏み込む勇気がない。それは嫌われることへの恐怖なのだろうか。


“離れていかないとか思ってる?”


 まさに、図星だった。

 いいよと言ってくれる高橋に、私はどこまでも甘えている。


 じゃあもし、高橋が、私の日常から居なくなったら?




――ピーンポーン

「……おかーさん!おねーちゃんのぼせてるー!!」


 お湯に浸かりながら、何時間考えごとをしていたんだろう。そろそろ上がろうと立ち上がれば、視界がぐるっと回り、薄れて行く意識の中で、インターホンの音と妹の声が、ぼんやりと耳に届くのを聞いていた。






 目を開けた時、映ったのは見覚えのある白い天井と蛍光灯だ。

(――私の部屋…)


「…………あ、れ…?」

「――何やってんだかね」

「!?」


 驚いて、横たわっていたベッドから勢い起き上がり、声の主を見る。


「………たかは―――っ…」


 急に起き上がったせいで、まだはっきりしない頭がクラクラした。


「起きんなって、寝てろ」


 そう言って彼は、私をの頭と背中を優しく抱えて、ベッドに戻す。枕に落ち着いた私の額にデコピンをくらわせて笑う。


「痛い…」

「手加減したぞ」

「高橋なんで…?」

「俺が2階まで運んだんだよ」

「!?」

「ちょうど亜希ん家来たら、おばさんに頼まれた。…一応、ちゃんとバスタオル巻いてたし、見てないからな」

「…………ごめん、ありがとう………」


 高橋は何度かウチにも遊びに来ていて、親達とももちろん顔見知りだ。

 母は高橋がお気に入りで、早く私とくっついて欲しいと言われるのはしょっちゅうで、その状況も、何となく目に浮かんだ。


「……何時間ものぼせるまで、何してたんだよ」

「…………考え、ごと……」


(あ、やばい)

 泣きそう。

 まだ意識がはっきりしないから、脳も上手く働かない。

 今泣き出したらきっと、止まらなくなるのは目に見えてる。

 でもその涙を、コントロールする力も、今は無かった。


 溢れる涙を見られたくなくて、目を腕で覆った。ほとんど無意味なんだろうけど。



「……高橋のこと、考えてた…」

「――俺?」


 優しく響く彼の声が、温かくて、余計に泣けて来る。


「高橋……無理しなくて、いーんだよ。いつまでも、私の我が儘に、付き合うことない…」

「………どーゆう、意味?」

「不満なら、不満って言ってぇ……っ」


 涙が目尻を伝って枕に落ちる。


「付き合わずに、一緒に居るのは…、生殺し……をっ、我慢、してるんでしょ……?」


 考えただけで、苦しかった。今まで、高橋は、そんなことを思いながら、私と過ごしていたんだろうか。

 階堂君に言われるまで、気付けなかった私は馬鹿だ。


「………何それ、誰かに言われた?」

「…!なんで、わかるの…」

「何となく、わかるよ。大方、階堂あたりになんか吹き込まれたんだろ」

「……………」


 図星というか、正解というか。とにかく私は言葉が出なかった。



「………別にさ、階堂が言うようなことが、目的な訳じゃねぇし」

「…………?」

「なんていうか……さ、確かに目標みたいなのではあるけど、亜希が彼女になったらいいな、とか。だけどなんつーんだろ、それだけのために、亜希と居る訳じゃなくてさ」


 腕の間から、覗き見た彼は、顔を真っ赤に染めていた。

 それを見て、私は胸の奥がきゅっとなる。


「オレが自分の意志で、亜希と居たいと思うから、居る訳で……」


 上手く言えない、と、恥ずかしそうに彼は口元を手で覆った。


「だから、階堂の言うこと、鵜呑みにする必要、ないんだよ」


 そう言って、まだ頬を赤く染めながらも、高橋は私の頭をくしゃりと撫でる。


 こんな風にいつでも想いをしっかり伝えてくれるのに、すぐに照れて赤くなる彼を、愛しく思うのは何度目だろうか。


「あの…あのね高橋」


(私、一つだけ、わかったことがある)

 ゆっくりと私はベッドから起き上がった。

 しっかりと彼の目を見て言いたくて。


「――すきだとか、愛してるだとか、触れたいとか――そういうのじゃなくてね」

「うん」

「ただ………高橋の傍に居たいって、思ってる。離れるのが怖い、離れていって、欲しくないって、おも、う…………」

「………うん」


 高橋は、やわらかく笑って、私の言葉に頷いた。凄く、嬉しそうに、私が今まで見た中でも、きっと極上の笑顔だ。

 当の私は、言い終わってから恥ずかしさが後からやってきて、全身の熱が顔に集中するのがわかった。

 もちろん高橋の顔なんて、恥ずかしくて見ていられなくって俯く。

 自分の気持ちを言葉にするって、こんなに勇気が要って、こんなに恥ずかしいことなんだ。



「ねえ、亜希」

「…、なに…」

「俺、こんだけで十分幸せなんだけど」



(それは、私も、だ)


 恥ずかしくて、今すぐどこかに隠れてしまいたいくらいだけど。でもそれ以上に、今胸に溢れて溢れて、零れ落ちそうなくらいの、あったかい何かが在るの。

 幸せって、きっとこういうのを言うのだろうか。



 例えば、結婚して夫婦になって、その人とずっと一緒に生きて行くことが、特別なことなんかじゃなくて、ごく自然に思えたら、それってすっごく幸せなことじゃない?


 そんな未来が、待ってるといいな。

 夢みる未来を、きっと君と一緒に過ごせたらいいな。



(おわり)


2008.11.13

2015.03.01(加筆修正)

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