イコール -equal-
※ほとんど亜希と陽一のお話です。
それまでは決して少なくない頻度でやり取りしていたメールが、付き合い始めた次の日から、毎日来るようになった。
それがなんだか義務のようで、今までの送ろうか送らまいか悩んだり、メール音が聞こえた時の胸の高鳴りだとか、そんなものは一切感じられなくて。
毎日同じ時間帯に鳴る音に、憂鬱になってしまう自分がいた。
あんなに楽しかったメールが、あの気持ちが、もう何処にも無くて、それが私にはとても恐ろしかったんだ。
「――あれから、あの子どう?」
「会ってないよ。もう来ないよ、きっと」
少し前、私は元彼の陽一と再会し、そのあとに陽一の今の彼女が私を訪ね、話をした。
ちょっと展開が激しくなる前に、高橋は駆けつけてくれた。
“あの子”とは、その彼女のことだろう。
あれから数週間が経ったが、高橋は未だに心配してくれている。
もちろんあれから、彼女は私の前には現れない。どうしてるかなんて知らない、気にならないって言ったら嘘になるけれど、知る由など、私にはないのだから。
陽一のことをひきずってるワケではない。もう一度やり直したいなんて思いは、これっぽっちもない。
―――じゃあこの気持ちは何なんだろう?
あの時から、心を縛る鎖のようなものが、解けなくて苦しい。もう2年も経つのにね。
* *
彼――陽一と再会してしまってから、彼との記憶を思い返した。
楽しかった思い出がたくさんあったけど、それと同じくらい苦しかったこともたくさんあったんだって、改めて気付いた。
思い出すのはいつも、何だかキラキラしてたようなあの時。
―――思い出は、美化されてばっかりだ。
きっと、完全に繋がりが消えてしまうのが怖かったのかもしれない。
彼のメモリは、未だに私の携帯に在る。
~♪
静かな夜の部屋に、着信音が響いた。
携帯のディスプレイに映し出された名前に驚いて、携帯を握ったまま数秒動きを止めてしまった。
…いっぱい思い出したり、したからだろうか。
(――陽一…)
鳴り続ける音に、一つ深呼吸をして、ゆっくりと通話ボタンを押した。
逃げては、いけないと思ったから。
「……もし、もし…」
『突然悪ぃ、話したいことあって。…今大丈夫か?』
「うん。何?」
『この前、アイツ――美砂が、オマエんとこ行ったみたいで――悪かった。』
「ああ、そんなこと、全然いいのに」
『いや、失礼なこと、言っただろ。オレが変な風に、あいつに言っちゃったせいもあって』
「?」
陽一の言葉の意図が読み取れなくて、黙ってしまった。それが向こうには通じたみたいで、彼は言葉を続ける。
『―――アイツに告られた時はまだ、オマエに未練みたいなの、あったから』
「……」
『忘れたくて付き合ったんだ、最初は。――でも今は、アイツのこと、ちゃんと大事。』
「――うん」
『オマエのことは、初恋だったし、やっぱ忘れらんねーと思う。だけど………オレも、幸せを願ってる。』
(幸せを、願ってる)
それは、私の言った台詞。彼女はちゃんと彼に伝えてくれたんだということが、彼の言葉からわかった。
(――もう、大丈夫)
「ありがとう。私も、きっと忘れないよ」
綺麗な思い出として、残すから
『おう、……じゃあな。』
「元気で、またいつか。」
(………ありがとう)
電話が切れてから、涙が溢れた。
悲しいとか切ないとかじゃなくて、ただうれしかった。
彼も同じ気持ちでいてくれたことがうれしかった。
忘れなくても、いいから。
忘れようとして、考えていた。
大切な記憶を、無理矢理消そうとするんじゃなくて、この気持ちを、世界に一つしかない気持ちを、残しておきたい。
(―――“幸せに、なれよ”)
私はずっと彼の幸せを願っていた。たくさん傷つけてしまった私にできることは、これくらいだと思ったから。
だけど、彼も思っていてくれてたんだ。私が傷つけた分、私も辛かった。
――全ては、イコールだから――
君の幸せを願って、君も私の幸せを願ってくれてる。
だから、私はもう、前に進めるんだ。
悲しい過去、苦しかった思い出も、幸せだった日々とか、嬉しかったあの気持ち。総ては今の私を形どる、大切なカケラ。
だから忘れたりなんかしないで、私が私を受け入れて、初めて私なのかもしれないね。
このエピソードが書きたくて、始めたお話でした。