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Canvas  作者: 紫雨
本編
5/9

05 # 踏み出した最初の一歩


今ここに生まれた感情はきっと 踏み出した最初の一歩。





 彼女は瀬下美砂せしたみさと名乗り、静かに話し始めた。


「……あなたがどういう人なのか、知りたかったの」

「私………?」


(どうして)

 私が彼女と会ったのは、この前が初めてのはずだ。

 しかし彼女の言い方が、以前から私のことを、存在を、知っていたように聞こえた。


「彼は、何も教えてくれないの、あなたのこと。」

「私のことを、知る必要が……どこに?」

「気になるじゃない、元カノのことは。だから聞いて回ったの、あなたのこと」

「…………」

「それでも全ては分からない…。彼とあなたの間に、何があったのかも。―――全部、知りたいの」


 彼女の気持ちは、分からなくもない。だけどそれを、どうして私に言うのか。

 こっちは忘れたくて、でも忘れてはいけないような気がして、きっと一生この気持ちを抱いて、罪のように生きて行くんだと思ってた。

 ――――私に訊くのは、間違ってる。


「…彼が、何も言わなかったのなら、私から瀬下さんに話すことは何もない」


 彼女の顔色が少し変わった。


「―――っ何よ二人して…!私に言えないようなことなの!?――まだ、どこかで繋がってるんじゃないの!?」




(…本当に、何もない)

 人に、話すようなことは何も無かった。 もし言うとしたら、きっとお互い文句ばかり。

 別れた時、私が一方的に切ったから、話し合いなんてしてないに等しい。

 だから、私の思いも、彼の思いも、誰かに打ち明けていないのなら、 知るのは互いに自分だけ。


「あたしは…っ不安なのよ…っ!」


 彼女は瞳に溢れる涙を堪えながら、泣きだしそうな声で言う。


「まだ、彼の心の中に居るかもしれないあなたが…、いつか彼を奪って行くんじゃないかって」

「そんなこと―――」


 あるはず、ないのに。

 嫌になる。イライラする。そんなこと、私に言わないで。


「……それはあなたたち二人の問題でしょう?私に八つ当たりするのは、間違ってるよ」

「―――っあなたに何が分かるって言うのよ―――っ!!!」


 彼女を声をあらげ、手を高く振り上げた。

(―――叩かれる!)

 そう思って咄嗟に目を閉じる。

 どうして私が陽一の彼女にまで、責められなきゃならないんだろうか。

 コレも―――罪なんだろうか。




「…………?」


 目を閉じてからしばらく経ったが、痛みが走ることはなかった。

 そっと目を開けると、彼女の手を掴む―――


「高橋………くん…」

「こんな道の真ん中で、女の子が人叩くのは、どうかと思うけど」

「………っ!」


 彼女はかっと顔を赤くして、高橋君の手を振りほどき逃げ出そうとする。



(……駄目、)

「―――――待ってっ!!」


 私の声に、彼女は立ち止まる。


「――彼に、伝えて欲しい。」


 自分の中の彼と、私はコレでケリをつけたい。

 きっともう、会うことはないだろうから。


「私、彼にひどいことを言った。きっといっぱい傷つけた。だからこの前会った時に安心した、幸せになって欲しい。……ただ、それだけ。」


 心の中に住む彼を、消すことは出来ないと思う。

 気まぐれに現れては、きっと私を悩ませるかもしれない。

 だけど、それを罪としてじゃなくて、ただ一つの美しい思い出として、残したい、残せたらいい。

 心からそう思うから、だから――彼の幸せを、願えるんだ。


「…幸せに、なって下さい」


 そう言って、頭を下げた。

 きっと彼女には私の姿も行動も表情も、見えてはいない。

 彼女は振り向かずに、いつの間にか日も暮れた薄暗い夕闇の向こうへ消えていった。




    *   *




「――高橋君、どうして此処が?」

「…由佳里ちゃん、血相変えて俺らン所来たんだよ。」

「……そっか」


 彼と会うのは、5日ぶりだ。

 出会う前までは、17年も会っていなかったのに。

 知り合ってから、5日以上会わないことだってあったのに。

 ひどく久しぶりな気がするのは何でかな。


「なんか高橋君、さっきすごかったね、迫力。」

「はは、怖かった?」

「んー、自分言われた訳じゃないからなあ」

「人事だな」


 優しく彼は笑う。

 この温かい笑顔も、久しぶりなんだ。


「――あの、ありがとう。」


 私、彼にもひどいことを言ったのに。さすがにもう、呆れられたと思っていた。

 また傷つけるくらいなら、もうこれ以上、関わらないでおこうと、そう思ってた。

 でも今こんなに近くにいて、私はそれを拒んでいない。

 そのあたり、やっぱり私は自分勝手なのかもしれない。

 心の中で、その考えすら、否定していたのだろうか。




「…俺さ、別に傷ついたりしないよ」

「え?」


 突拍子もなく始まる話に、理解が出来なくてキョトンとしてしまった。


「――すきだから、一緒に居られるだけで、幸せなんだと思う」


 だから、と彼は続ける。


「俺の気持ちを、気にすることはないし、なんていうか…」

「………」

「すきって、そういうことなんだと思う。」


 心の靄が、何だか晴れて行く。

 彼との連絡が途切れたあの数日間、私は一体何を、思ってたんだろうって考えたら、少し答えは見えた気がした。


「……あの、あのね」


 まだ、すきという気持ちはよくわからないけど


「―――私、貴方のことを、もっと知りたい。」




 今ここに生まれた感情はきっと 踏み出した最初の一歩。





2008.11.13

2015.03.01(加筆修正)

一区切り。番外編へと続きます。

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