02 # ひっかかっているもの
忘れたいと、思っているのに。
(…気まずい…)
階堂君がそそくさと帰ってしまってからしばらく、二人の間には沈黙が続いた。
彼、高橋君は、階堂君が消えて行った方向に、呆然としたまま視線を向けている。
(――――あ、)
…綺麗な、横顔。
昨日はそれどころじゃなくて、顔をまともに見る余裕なんて無かったから。
すっと通った鼻に、すらりと高い身長。色素の薄い、少し長めの茶色い髪が陽に透けて、キラキラと光っていた。
「―――とりあえず、行こう?」
このままだと、沈黙が朝まで続きそうな気がして、私は口を開いた。
「…え、いいの?」
私の言葉に、彼は少し驚いた様子で、階堂のめちゃくちゃに…と呟きながら聞いてきた。
「由佳里のためだし。ついでに階堂君もね」
可愛くない言い方をしてしまったと、後に少し後悔したけれど、彼が少し照れたように笑ったのを見て、私は安心した。
「お金、どのくらいまでいいの?」
「あー、あいつ金持ちだから、女の子へのプレゼントなら値段とかあんま気にしないかも」
「…お金持ちなの!?」
私はびっくりして、少し声のボリュームを上げてしまった。
「み、見えない…」
「だろ?結構なお家の坊ちゃんだよ。…びっくりだろ」
そういう所のお坊ちゃんって、授業料の高級な私立の高校とかに通うものだと思っていた。
高橋君や階堂君の学校は普通の公立高校だし、階堂君の外見から、失礼だけどお金持ちオーラは出ていなかった。
「でも今はアイツ、ボロアパートで一人暮らし。なんか金持ちってレッテルが嫌みたいで。実家とかまじ大豪邸なんだけどさ」
「そーなんだ…凄いね。じゃあ、ダイヤのネックレスとか、買ってっちゃう?」
「いーね、ソレ!でも、今日の俺らの全財産で、払える?」
「あ、そっかあ……」
階堂君からお金を預かってる訳ではないので、値段はやっぱり限られて来るのだ。
今日の私のお財布の中には、……お札、入ってたかな。
最初のどこか重たかった雰囲気はどこへやら。私たちはそうやって笑いながら、街へと歩いて行った。
隣を歩く高橋君の方を、チラリと盗み見た。
少し見上げないと、彼の顔は見れない。
(―――あの人の身長は、もうちょっと低かったかな)
そんな風に思ってしまった。結局、思い出してしまうんだ。
―――――終わらせたのは自分だっていうのに。
『歩くの遅いなあ、おまえ』
あの人の言葉が頭をよぎる。よみがえる記憶は、2年も前のことなのに鮮明でリアルだ。
でも私、今自分のペースで歩いている。おいて行かれるようなこともない。
(……やっぱり、悪い人じゃないんだわ)
おそらく、高橋君は私の速度に合わせて歩いてくれているのだろう。
そう思えば思うほど、自分の昨日の言動についての後悔がますます募ってゆく。
「―――ゴメンね私、誤解してた」
彼は振り向いて、なんのことだという表情をした。
それを見て、私は続ける。
「高橋君も、人数合わせの参加だったのに、何か勝手に思い込んで、軽いとか、色々失礼なこと言っちゃって――……」
「ああ、いいよ全然。気にしないで。……実際、軽いことには変わらないことを言った訳だし」
そう言って彼はやわらかく笑った。
視線を軽く歩く先に移して、彼は言葉を繋げる。
「――俺、絶対そんなことしないと思ってたんだけど、あの時は…身体勝手に動いてた。」
彼は私の一歩先を歩いて居て、表情は見えない。
「…キッカケは、軽い気持ちだったかもしれない。だけど」
そう言って彼は立ち止まって、こちらに身体を向けた。
――視線が、かち合う。
「今日会って、ちゃんと話してみて、やっぱり間違ってなかったって思う。」
「………」
何て言っていいのかわからない。何も、言えない。心臓がざわざわと騒いでうるさい。
彼の気持ちは本当なのだと、嫌でも伝わって来たから。
だからこそ、――――私は2年前のあの時、応えたことを今でも後悔している。
三回目の告白だった。
少しの同情と罪悪感、それだけで了承した。
うまくいくはずなかった。
私も苦しかったし、きっといっぱい傷付けた。
想いがないのに、
軽い気持ちで、甘えてはいけないんだ。
「―――だから、アド聞いていい?」
「………え?」
しばらく黙ってしまっていた私に、彼は声をかける。
「…この前は焦り過ぎだ。まずは友達からなら―――どう?」
(………それなら)
「――――うん…」
この人は、私の中に、土足でズカズカ入って来るような人じゃなくて、無理矢理引っ張って行こうとする訳じゃなくて。ただ温度のあるその手を、ゆっくり、差し出してくれているような、そんな人なのかもしれない。