01 # 君と、出会った日
きっと、これからも、消えることはないのだろう。
「亜希、今日合コンだからね」
「―――はっ?待ってよ昨日断った…」
「人数足りないって言ってんじゃん、強制参加!どーせ彼氏居ないんでしょー?」
「……別に、欲しくないもん」
「そんなこと言ってたら生き遅れてあっという間におばーさんよ?いい加減目覚めなさい!」
「ほっといてよもう…」
私は大きく息をついた。 もちろん相手に届くように敢えての行動だったが、それでも気にせず友人は、私――北村亜希――をおいて、さっさと教室を後にした。
それよりも困ったことになった。昨日あんなに断った合コンに、強制参加…。もちろんここまで言われてからサボってしまえる程の度胸は、私には無い。
(―――なるべく早く帰ろう)
そう心に決める。私にはああ言う場所、向いてないのだと本当に思うから。
* *
「―――ゴメン、私そろそろ帰るねっ」
とりあえずのカラオケも終わり、皆さんは次の場所へ向かおうと盛り上がっていたところだった。
「えー、帰っちゃうのォ?」
「もうちょっといいじゃんー」
「親、門限ウルサイんだ、本当ごめんね、じゃっ!」
引き止められるけどここで引いてしまったらズルズルと行ってしまいそうだから、足早にその場を離れようとした時だった。
「――――あのっ!」
私の腕を掴んで声をかけたのは一人の男の人。
「………なん、ですか?」
彼の顔は、真っ赤だった。
「―――好きです、付き合って…下さい!」
「………………え?」
突然の出来事に、頭がついていけない。
(――待って待って、何で?)
今日私は極力誰とも喋らなかったし、端っこに座って女友達の隣をキープしてた。それでも避けられなくて何人かとは話をすることはあったけれど、絶対論外にされてたハズだった、むしろそれを狙ってあまりテンション上げなかったつもりだ。
だから、こんなことが起こる心当たりなんて、何もないはずなのに。
(……誰でもいい、とか?)
こういう場では当たり前のことなのかもしれないが、私には理解できない。とにかく私は――――、
「――ごめんなさい、無理です!私、そういうつもりで来たんじゃないです!今日だって人数足りないからって無理矢理―――っ、だからそんな、軽く言われたって、無理です!」
言い終わった瞬間に掴まれていた手の力が弱まった。その機を逃さずに、その手を振りほどいて逃げるようにその場から立ち去る。その時に少しだけ、顔を赤らめたまま茫然と立ち尽くす彼の姿が見えた。
* *
『――亜希、大丈夫?』
「由佳里…」
もう寝ようとベッドにもぐりこんだその時に、合コンに参加していた友人の一人である由佳里から電話があった。
「…あのあと、雰囲気悪くなったりしなかった?」
『――あぁ、その辺は大丈夫。盛り上げ役の人達が、上手くやってくれたよ』
「そっか、良かった…。由佳里は、いい人居た?」
由佳里はモテる。先月付き合っていた彼と別れたばかりなので今回の合コンに参加したようだったけれど、新しい恋人が出来るのも時間の問題だと思う。
『どーだろ、わかんないなぁ。今何人かとメールしてるけど。多分1番かっこよかったのは、アンタに告った、彼だと思うよ』
「え…。」
『亜希、一方的に遮ったでしょ、彼の言葉。』
「そんなこと…」
私は彼にあれ以上何も、言わせなかった。だって、言葉を続けられたら――、
『亜希はあーやって言われるの、弱いもんねぇ』
「…………」
私は、押しに弱い。
中学時代、一度だけ付き合った人がいる。当時も何度もアプローチを受けた結果、引くに引けなくなり三回目の告白で私は折れた。しかし、そんな状態で生まれた関係が、上手く続いていくはずはなくて―――。
* *
「亜ー希ちゃんっ」
放課後、校門を出たところで呼び止められた。振り向くとそこには、見覚えのある男の人がニコニコと微笑みながらこちらへ近づいてくる。
「…………あー、えっと昨日の…」
目の前に立っているのは昨日の合コンメンバー4人のうちの一人。見た目から軟派な雰囲気だけど、悪い人じゃないんだろうなって感じられる。しかし名前まで覚えていなかったので、言葉に詰まってしまった。
「階堂弘巳です、改めてヨロシク」
そんな私の戸惑いを知ってか知らずか、そう名乗ってくれた。やっぱり、悪い人ではなさそうだ。
「亜希ちゃん昨日ごめんね、高橋が。アイツ突然変な事言って」
「たかはし………」
高橋って、言うんだ。何とは言われなくても、昨日の彼のことだと言うことは、すぐに理解することが出来た。
「でも一個イイコト教えたげるよ」
そう言って階堂君は指を口元で一本立て、悪戯な笑顔で私に耳うちをする。
「――アイツもね、人数合わせで来たの。亜希ちゃんと一緒。」
「……え…。」
そう、彼はにっこり微笑んだ。
昨日自分が彼に放った台詞を思い返す。酷いことを言ったのかもしれない。何も知らずに、知ろうとせずに。
「……あの、高橋君に…謝っといてもらえる?」
「んー…いいけど、こういうのは直接言った方がいいんじゃない?」
「う……っ」
その通りだ。図星すぎて何も言えない。でもどうやって?だいたい、もう一度会う機会なんてあるのだろうか。
「でさ、由佳里ちゃんがそこの公園で待ってるから、一緒に行かない?」
「…由佳里が?」
少しだけ、階堂君の表情と、包む空気が変わった。
「…もしかして、由佳里狙い?」
「あは、バレた?」
「…なんとなく。」
由佳里とは長く親友をやっているから、由佳里目当てのひとと関わる機会も今まで多々あった。だからなんとなく、分かってしまうと言うか。
「じゃあ協力してよね~」
「…」
「そんな、睨まないでよ。オレ、そんな悪い物件じゃないと思うよ?」
「それは由佳里が決めることで、私は何も言わないよ」
「…高橋が気に入るのも、頷けるかな。」
「え?」
「とにかく、行こ。オレ二人っきりとか、緊張しちゃうし、お願い!」
「……わかった」
何度もこういうことがあったので、私は余計なことをせず、由佳里の男を見る目に任せることにしている。その”男を見る目”が、良いものであるかどうかはまた微妙な話なんだけどね。
「「あ」」
階堂くんの言う公園に着くとそこには、昨日のあの人―――高橋君が立っていた。どうして、と思って階堂君を見やれば、よお、なんて言いながら高橋君の元へ近寄っていく。
彼のことはさっき話題になっていたけれど、こんなに早く会うことになるとは思っていなかった。完全に目が合っってしまったので今更気付かなかったフリなんて出来ない。
「…こんにちは」
何だか変に緊張する私を見てか、高橋君が先に口を開く。優しくほほ笑みながら。昨日失礼な態度をとってしまったのは私の方だというのに、なんて大人でスマートな対応なんだろう。
「こんにちは…」
それにしても、どうして高橋君が此処にいるのか。それに、由佳里の姿が見当たらない。
「あれ、亜希ちゃんゴメン、由佳里ちゃん急用だって」
「え?」
「一緒に帰る約束してたんだけどなー、残念!」
「おい階堂、俺はなんのために呼び出されたんだよ?」
しばらくカヤの外だった高橋君が口を開いた。
「………あーそうだ高橋、オマエに頼みがある。亜希ちゃんと一緒に、由佳里ちゃんの誕プレ買って来てくんね?」
「………………は?」
「オレちょっと今から家のことで抜けれない用があってさ、由佳里ちゃん誕生日明日なんだよ~!な、亜希ちゃんっ」
「……は、はぁ…」
そりゃ由佳里の誕生日は明日で、そういえば私もまだ買っていないけれど。
なんだか嵌められたような気もするが、気付いたら話の展開はそういうことで収まっていた。
高橋君と、二人で買い物に行くということに。