運命的な再会
結夏のことで頭の中はいっぱいだった。
お金を下ろそうと、駅前の銀行のキャッシュコーナーにいた。
今はアルバイトも給料振り込みなんだ。
便利なんだか、何なんだか解らないけど……
(――結夏と遇ったのも此処だったな……)
そんなことを思いつつ、駅舎を見ていた。
(――結夏はきっと誰に付けられているのか知りたくなったのかな?)
警察に訴えるためには、きっとそれが重要なのかも知れない。
『僕は駅前の銀行の前で結夏に会ったんだ。物凄く慌てていたけど、懐かしくて声を掛けたんだ』
孔明と語り合ったあの日。
結夏のストーカー被害に合っていたことを知った。
『結夏は突然、僕にしがみ付いてきたんだ。訳の解らない僕は彼女に押しきられて部屋まで行ったよ。随分積極的になったって感じたけど、そう言うことか』
『結夏はお前のことが大好きだったからな。地獄に仏。いや、それ以上だったのかも知れないな』
孔明の言葉を俺は聞き流していた。
確かに僕のことを大好きだったって孔明は言っていた。
でも……
本当は、孔明は結夏を好きだったはずなんだ。
だから何時も結夏を心配していたんだ。
『もしかしたら、結夏のお腹にいた子供の父親はお前か?』
孔明はどんな思いで言ったのだろう。
狭い軋むソファーベッドの上で互いの肌を求めたあの日。
僕は罪人になってしまったのかも知れない。
(――結夏、僕で良かったのか? お腹に居た子供の父親がこんな頼りない奴で……)
僕は何時になく落ち込んでいた。
駅前の銀行を出た僕は駐輪場に向かった。
其処にバイクを止めていたからだ。
(――何やってるんだ)
僕の住むマンションは目と鼻の先。
って言っても過言ではないほど近かったのだ。
(――取り合えず何処かに行こうか?)
自分で自分に質問する。まるで言い訳でもするかのように。
どうやら僕は結夏のことで頭の中がいっぱいになっているようだ。
まず向かったのは三人で良く遊んだ公園だった。
親子らしい数人が砂場にいた。
(――彼処で良く遊んだな。孔明の言う通り、僕はトンネルばかり作っていたな)
懐かしそうに見ていたら睨み付けられた。
どうやら不審者に思われたようだ。
僕は子供達に向かって手を振った後、会釈してからその場を離れた。
(――危ない危ない。警察にでも通報されたらヤバいよ)
でも……
次に向かった先も確実に通報されるような場所だった。
僕は結夏と出会った保育園の門の前に居たのだ。
(――ヤバい……)
頭の中では判っていた。でも僕はその場を動けなくなっていた。
……ドキン。
又始まった。
目の前の庭で、あの保育士が子供達と走り回っていたのだ。
「ゆうかせんせーい!」
誰かが呼んでいた。
(――結夏!?)
気のせいだと思った。
僕はやはり結夏のことしか頭にないのかも知れない。
目の前にいる保育士の名前を結夏に聞き間違えるなんて……
でも心はうらはら。
気が付けば彼女から目が離せなくなっていた。
(――いいんだろうか? 結夏のことが忘れられないのに……
――又違う人に想いを寄せている。
――僕はなんて優柔不断なんだ)
思い出に浸りたくて此処に来た訳ではない。
頭が、体が……
勝手に……
此処まで連れて来た。
そう思った。
(――もしかしたら、結夏の導いてくれたのか?)
僕は勝手に、そう思い込もうとしていた。
目の前にいる彼女を僕と引き合わせるためき仕組んだサプライズなのだと……
(――そんなはずはないか)
僕は苦笑していた。
「あら、隼君」
通りすがりのオバチャンに声を掛けられた。
「もうテレビに出ないの? オバチャン寂しいな」
(――自分からオバチャンって言ってる)
僕は思わず微笑んだ。
「もう辞めたんです」
「あら、勿体無い。大女優の息子なんでしょ? 七光りもっと使わなくっちゃダメよ」
「そんな……、あれはただの噂です」
「皆ー、隼君よ」
僕の話も聞かないで、勝手に仲間を集め出したオバチャン。
僕は何時の間にか、数人のファン? の皆様に取り囲まれていた。
僕は小さい時子役をしていた。
テレビドラマやCMなどにも出演していたんだ。
大女優の息子と言うのはその頃の噂だった。
僕の両親は確かにその人の身内だった。
だから週刊誌が勘ぐっただけなんだ。
僕と一緒にあのオンボロアパートで暮らしていた叔父は、その女優の妹の連れ合いの弟だったのだ。
もし週刊誌の記事が正しいとしたら……
叔父から見たら、僕は赤の他人なのかも知れない。
「えっ、隼君」
フェンス越しに声を掛けてきた人物は、担任だった原島先生だった。
「あっ、原島先生。ご無沙汰しています」
「今ね園長先生しているのよ」
オバチャンが言った。
「へー、原島先生が園長先生ね。時間はどんどん流れているんですね」
「フェンス越しじゃなんだから中に入らない?」
原島先生のせっかくのお誘いだけど、僕は遠慮することにした。
「園長先生、そろそろ私上がりますので、後のことはよろしくお願い致します」
彼女が言っていた。
「そうだったわね。中野先生早番だったわね。ごめんね隼君、又来てね」
そう言いながら原島先生は園長室に入って行った。
(――中野先生か……)
僕はボンヤリ彼女を見ていた。
「あー! 又だぁ」
自転車置き場が何やら騒がしい。
どうやらパンクしたようだ。
「えっー又なの?」
園長先生が飛び出して来た。
「翔君、又君の仕業ね」
翔君と呼ばれた子供は彼女の後ろに隠れていた。
その姿に、叔父の迎えを待っていたあの頃の自分と重ね合わせていた。
テレビの仕事のない日は、僕は此処に預けられていた。
両親は共に忙しい人で、代わりに面倒を見てくれていたのが叔父だったのだ。
その内僕は叔父のアパートで暮らすようになったのだった。
でも本当は叔父も忙しい人だったのだ。
だから僕は大好きな原島先生にベッタリくっ付いていたんだ。
今の、翔君みたいに。
(――この子も寂しいんだな)
そう思った。
「丁度いいわ。隼君、中野先生を送って行ってくれない?」
「はっ?」
僕は突拍子もない声を出していた。
「ほら、方向同じでしょう? 自転車の方は修理しておくからね」
何だか解らないけど、願ってもないチャンス到来だった。
僕は早速バックのキャリーケースからヘルメットを取り出した。
(――結夏……)
そう……
そのヘルメットは僕とお揃いの……結夏専用だったのだ。
「ありゃバイクだったの。私は歩きで……ま、いいか。それじゃ頼んだわよ」
原島先生はそう言って園長室に戻って行った。
僕は彼女の指示通りに走りだした。
暫く行くと、線路の上を通る太鼓橋に出会した。
其処は懐かしい場所だった。
叔父と住んでいたオンボロアパートが、その先に見えていた。
僕は思わずバイクを止めた。
「僕、あのアパートに居たんだ」
「えっ、もしかしたら隼君って、相澤隼君?」
彼女言葉に頷いた。
「王子様……」
彼女は突然言った。
「あっ、ごめんなさい。ほらコマーシャルか何かで王子様の格好していなかったっけ?」
「うんしてた」
「私、その頃あのアパートの隣にいた……」
『ゆうかせんせーい!』
突然、さっきの場面を思い出した。
(――あれは結夏じゃなくて、優香!?)
僕はその時思い出していた。
同じ保育園にもう一人のゆうかが居たことを……
そうかだからあの時、見覚えがあるようでないようでハッキリしないって思ったのか?。
あの時何故ときめいたのかも解らなかった。
でも僕のハートは完全に持っていかれていたんだ。
「もしかしたら、中野優香……さん?」
僕の問い掛けに彼女は頷いた。
それは結夏が導いてくれた優香との再会だった。