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大好きな君へ。【結夏と優香】  作者: 美紀美美
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優香と共に

最終章です。

 新婚旅行は秩父に決まった。



『どうしても地蔵菩薩様に会いたいの。それまでお預けね』

だそうだ。


これで初夜は地獄となると決定した。



(――ヤだよ。


――やっと愛し合えるって思ったのに……


――それにその日は誕生日じゃないか……)


頭の中でシミュレーションばかりしていたからガッカリもいいとこだ。


だから余計に興奮してしまったのだった。



目の前に優香と言う御馳走をぶる下げられているに我慢しなければならない旦那の気持ちなど解るはずもないんだよ。



そうだよ僕は旦那だよ。


それなに……

優香をいくら抱きたくても抱けないんだ!!





 式が終了した後で宿泊施設に向かった。



「結婚おめでとうございます。なんだか嬉しいわ。新婚旅行先に家を選んでもらえて……」


そう言いながら女将さんは涙を溢してくれた。

僕達はお遍路でお世話になったあの旅館をハネムーン先に選んだのだった。





 お遍路の時には二組敷かれていた夜具が一組になっていた。



優香ははにかみながらそっと布団を捲り、僕と指を絡めて夜具に潜った。



恥じらいながら俯く優香がまた可愛いんだ。



(――優香……


僕は本当は怖いんだ。優香に触れることが……。優香と触れ合うことが……


――結夏のように、突然居なくなるような気がしてならないんだ。


――それでも今。優香を抱きたい)


頭に血が上り、心臓がバクバクしてる。


興奮しっぱなしで眠れる訳がない。



(――優香……今日が僕の誕生日だってこと忘れたんかい?


――プレゼントなんていらないから……君が欲しいよ)


イヤな男だと思う。

でも……

初夜に手も足も出せない僕の身にもなってくれよ。


僕は新婚早々嘆いていた。





 僕は朝まで一睡も出来ずにいた。



多種多様の思いが交錯する。

此処まで辿り着けた軌跡が過った。



結夏と再会した駅前のキャッシュコーナー。

突然僕にしがみ付いた結夏に戸惑った。

それでも僕は結夏を家に招き入れて肌を重ねてしまったのだった。



炊飯器と電子レンジだけは叔父のプレゼントたけど……

結夏と生活する前提で購入した冷蔵庫や家電。


その全てを優香は残してくれた。

勿体無いからだと優香は言った。

だけど……

本当はイヤなんだと思う。



狭くて軋むソファーベッドの上で、結夏を抱いて隼人と言う水子を誕生させてしまった僕。


本当の贖罪は今始まるのかも知れない。





 優香を精一杯愛することで、その罪から逃れられるなら嬉しいのだけど……

そんなうまい話などある訳がない。

だから僕は夕べ、誠実に生きることを優香の寝顔に誓った。





 宿の近くに小学校があり、突き当たりを右に折れ次の角を曲がり更に行くと変形交差点に着いた。

其処を右に行き道なりに進むと比較的大きな道と出会した。



其処が巴橋に続く道だった。


右に曲がって暫く行くと、赤い橋が見えてきた。



橋を渡り、札所二十五番の案内板を頼りに歩く。

秩父ミューズパーク入口の信号を右に折れる。



其処からは果てしない山越えだった。



降りきった先の丁字路を左に曲って道なりに一時間も行くと山道に入る。

その先に般若の掲げてある山門があった。





 お舟の観音様と大日如来様に挨拶とお礼を済ませてから、いよいよ本堂下から裏の洞窟に入る。



その後で、地蔵菩薩様と向き合った。





 宿に戻り布団に潜る。


でも優香は一緒に入って来なかった。



そっと優香を見ると、手でお腹を擦っていた。


ピンときた。

隼人の霊を呼んでいるのだと思ったのだ。



怖々と優香に触れる。

その柔らかな肌を傷付けないように……



それでも僕は優香に溺れた。



気が付くと僕は夜叉になって、欲望の全てで優香を抱いていた。

優香はそんな僕をしっかりと支えてくれていた。





 僕達はやっと愛し合うことが出来たのだった。



この行為がきっと隼人を受け入れるための準備段階なのだ。



僕は今やっと、札所三十二番の地蔵菩薩様に会うことを優香が望んだのかを理解したのだった。

あの地蔵菩薩は四国の砂まで入った御砂踏前のとは違っていた。

水子の象徴としてなのだろう。

何も纏っていないように思われたのだ。



だから優香は泣いていたのだ。

優香の優しさに改めて気付いた時、僕は幸せ者だと思った。



「隼人がやって来てくれたら嬉しいね。でも、どうしたらいいのかな? 僕達の子供と親父の名前が一緒とは……」



「子供を授かった場合には三ヶ月間、供養の時に付けた名前で呼んであげればいいんだって。でも、実際に産まれてきてくれた子供にその名を付けなくても良いそうなの」



「そうなんだ。だったら安心だ。でも僕はやっぱり隼人がいいな」



「お父様と同じ名前でも?」



「苗字が違うから大丈夫だと思うよ。だって僕の名前から優香が名付けくれたのだから……」


そう言いながら僕は優香のお腹を擦った。





 その手を優香がきつく握った。



「優香に謝らなければならないことがある。実はバイクで……」



「やっぱり一人で来たのね。だろうと思ってた」



「えっ!? 気付いていたの?」



「栗尾バス停の先でね。『此方でしょ』って言ったら、『そっちは違うよ。優香も同じ間違いするんだな』って言ったでしょう。これは前に来ているなって、ピンときたの」


全く優香には敵わない。

僕は仕方なく、バイクのエンストやパンクの話しをする羽目になった。



優香は大笑いをしながら聞いていた。





 「優香は何でもお見通しなんだな」



「そうよ、隼のことなら何でも解る。だって大好きなんだもん」



「じゃあ僕の悩みも?」



「勿論よ。就職のことでしょう?」



「僕はこれから地方公務員の試験を受ける。本当は悩んでいるけど、今しか出来ないことだからね。後悔したくないし……」



「そうね。それだけは遣っておいた方が良いわね」



「中学でソフトテニスの指導員になるためには地方公務員試験を通っておかなければいけないんだ。でもテニスだったら彼処でも……」



「あの時どう思った? ほら、夏休みのソフトテニスのインストラクターしたでしょう」



「ああ、あの時は事務で正解だったかなって思った。だってあの娘達からかうんだもん」



「答えはもう出ているじゃない」



「えっ!?」



「それともピチピチギャルに又囲まれたい?」



「うえー、それだけはイヤだ」



「だったら、お父様のサポートしたら。勿論後々のために地方公務員の試験も受けておくのよ」



「そうだよね。やっぱり優香は魔法使いだな。僕の内面を見て鋭い指摘をくれる」



「何言ってるの。私はただ引き留めたいだけなのかも知れない。本当はね、隼が又芸能界に復帰するのじゃないかってドキドキしてる」



「そんなことは有り得ない。だって、たとえ前張りをしていても優香以外の女性と触れ合うのはイヤだよ」



「それは私もイヤだ。全く隼ったら厭らしい。ベッドシーンばかり思い浮かべていたんでしょ。私、そんなこと考えてもいなかったのに」


優香は突然泣き出した。



「悪かった」


固く握り合う手を更にきつく握る。



「これで、浮気封じ出来た」


優香が舌を出した。



「だってー、優香がお預けなんて言うからだよ」



「私のせいにしないの」



「ごめん。もうしません」


僕は照れ隠しに笑って誤魔化した。





 「あはははは。ねぇ隼、そっちに行っていい?」



(――結夏!?)


突然の優香の発言にドキンとした時、思わず『結夏!!』って叫びたくなった。



(――ごめん優香。


――ん!? 此方に来る?


――そうだ。浮気封じのためにももう一度君を堪能させてくれ)


僕は精一杯下心を隠して優香の体を引き寄せ肌を重ねた。





 「今、結夏さんのこと考えていたでしょう?」

どうやら優香にカマを掛けられたらしい。



「オバサンが言っていたの。結夏さんね、隼がプロポーズした日に初めて付き合っている電話で話したらしいの。その時、お腹に赤ちゃんがいることも打ち明けたんだって。結夏さんきっと嬉しくて、家に帰るまで待ちきれなかったなかな?」



「だから、僕が父親だと知っていたのか?」



「そうみたいね。結夏さん、『隼には言わないで』って言ってたみたい。『隼に迷惑を掛けたくない』そうも言っていたみたい」



「だから僕は何も知らずに……。でも僕は卑怯だな。二年近く何も行動を起こさなかった。ただ、結夏を待っていただけなんて、最低の奴だな」



「そんなことないわ。実はオバサンに預かった手紙があるの」


そう言いながら優香は結夏の手紙を差し出した。





 《大好きな隼へ。》


隼、ごめんね。

私を許して……



私は何時も男の人に後を付けられていたの。


最初は、これがストーカーって言うヤツか。

何て呑気に考えていたの。


でも半年以上続くと、さすがに怖くなってきた。


このまま……

この人の餌食になるのかな?

何て思えてきて……



そんな時に、隼と再会した。



私……

こともあろうに、隼に抱き付いてしまったの。


だって地獄に仏だったんだもん。

小さな頃から隼のことが大好きだった。

だから本当に嬉しかったの。



でもそれは私の一人合点。

ストーカーが何を仕出かすか解らないから、本当は怖くて仕方ないの。



今、私のお腹の中で小さな命が産声上げている……


子供が出来たの。

隼との子供が……



原島先生に何て言おう。

先生の言う通り、お天道様はお見通しなのにね。


隼……

これだけは信じてね。

私……

隼以外の男の人とは経験ないの。


だから正真正銘、この子は隼の子供です。



まだ早いけど、隼人って名付けました。

隼の子供だからね。

この子が早く人になれますように……



隼。

きっと迷惑よね。

でも……

私隼が大好きです。



結夏。





 「結夏も隼人だって」



「思っていることは同じね」



「そうだね。やっぱり隼人に決めた。隼人、早く此処においで」


躊躇いながら優香のお腹に手を伸ばした。





 「この手紙は遺品を整理していた時に見つけたんだって。傍には妊娠検査薬もあったそうよ。結夏さん、誰にも打ち明けられずに苦しんでいたのね」



「優香には悪いけど、僕も初めてだったんだ。だから結夏が愛しいんだ。でも解らない」



「何が?」



「手紙だよ。何で結夏はこれを残したのかな?」



「もしかしたら、ストーカーに脅えて……。そうよきっと……」



「ん!?」



「『この子は隼の子供です』って言いたかったのかな? もし何かあった場合、ストーカーの子供だとされてしまうかも知れない。なんて考えたのかな?」



「僕の前ではそんな様子これっぽっちもなかった。だから何も知らず……ごめん優香、まだ結夏を忘れられないようだ。優香が大好きなのに……」


僕は言葉に詰まり、優香をそっと見つめた。



「隼、大好き!!」


その時、優香がいきなり抱き付いた。



「これからも結夏さんと過ごした日々を思い出してあげればいいわ。私は大丈夫。だって何時でも隼と愛し合えるから……何時でも隼と楽しい思い出を残せるから……」


優香はそう言いながら、僕の胸で甘えた。



(――結夏、ごめんな。僕は優香と共に生きて行くよ。


――君から隼人を引き離せないことは解っている。


――だけど……僕達を信じて優香に託してほしいんだ)


僕は結夏の手紙にそっと手を置いた。





 僕達はその約十ヶ月後、双子を授かった。


二卵性双生児の男女だった。

優香の希望で隼人と結夏から一文字取って(ゆい)と名付けられた。



「あの地蔵菩薩様に救いを求める子供達を見て、隼人君だと感じたの。だからあの二人を子宮で育てたいと思ったの」


僕は優香の優しさに泣いていた。



何故優香が新婚旅行先にあの札所三十二番の地蔵菩薩との対面を希望したのか、今更ながらに知ったのだ。





 僕は今、スポーツショップの事務員として働いている。

親父や、オーナーである祖父に支えられながら……



一種免許状も、地方公務員の試験もパスした。

でも僕は中学の体育教師にはならなかった。



ピチピチギャルのお相手は、たまにやるテニスコートでのインストラクターで……



僕はまだ優柔不断な男だったのだ。





完。






二人はずっと一緒に生きていくだろう。

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