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大好きな君へ。【結夏と優香】  作者: 美紀美美
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九月十九日早朝

隼人の最後の供養が始まる。

 私はソファーベッドの上で目を覚ました。



(――あれっ? 此処は何処?)


一瞬、戸惑った。

私は隣に隼が寝ていてくれることを期待していたのだ。

でも、其処に隼の姿は無かった。


だからもしかしたらまだ九月十九日ではなくて、自分の部屋だったのかも知れなかったと勘違いしてしまったのだ。



私は昨日の行動を反省していた。

だから……

夢だったら良いのにな、なんて考えていたのだ。



何時も傍にいたくて……

傍にいるような気分になりたくて……

私は自分の部屋を隼の寝室そっくりに模様替えをしていたのだ。



手始めがソファーベッドだった。

其処で眠っただけで、隼に包まれていると勘違い出来るから……


夢から覚めた時の絶望感は考えもしなかったのだけど……





 (――やっぱり、此処は私の部屋?)


そう思いながら窓を眺めた。



その途端に現実に引き戻された。



そう……

其処に掛かっていたのはあのカーテンだったのだ。


幾ら同じような部屋に改装してみたくても、あのカーテンだけは真似出来なかったのだ。



(――あれは、結夏さんが裾を縫っただけのカーテン。


――やっぱり此処は隼の部屋?


――そうだよなー。確か昨日は隼のマンションにお泊まりしたんだ……)


やっと思い出してキョロキョロと隼の姿を探した。





 隼は床に寝袋を敷いて寝ていた。



(――流石体育会系)


私は其処から顔だけ出して寝ている隼が可愛くて仕方なくなっていた。



(――挑発が怖くて、やっぱり同じベッドじゃ眠れないわよね)


反省することもなく、本当は期待していた私。

あのベッドで一緒に眠ってくれていることを……

私を抱いてくれることを……



(――ねえ、隼。私じゃ結夏さんの代わりになれないの?)


それでも考えた。

結夏さんを抱いたベッドで私と肌を合わせることに戸惑ったのではないのかと。





 (――隼私を許して。私やっぱり隼に抱いてもらいたかった)


思っていることとしていることがちぐはぐで、自分を上手くコントロール出来ない。



(――解っているよ!!)


心が悲鳴を上げる。

本当は判っていた。


隼も私が好きだって言うことが……

私を抱けるものなら抱きたいってことが……





 結夏さんとの思い出の多くを語らない隼。


辛くなるだけだからね。

全部自分のせいにして、優しさを振り撒いている。





 結夏さんの誕生日。

隼は翔君のために、父親である孔明さんのお兄さんが無実だと嘘をついた。



自分と同じように寂しい思いをさせたくなかったからだ。



『翔は男の子だろう? だったら女の子を泣かせてはダメだよ』


私が翔君に何度目かのパンクをさせられたあの日隼は言った。


『女の子はね、力が弱いから大切にしてあげなきゃいけないんだよ』


でも当人の翔君はキョトンとしていた。



『原島先生すいません。僕にくれたあの言葉を使わせてください』



『あっ、あの言葉ね。でも辛くない?』



『大丈夫です』


隼はそう言った後で翔君を抱き抱えてブランコに座らせた。



『園長先生、一体隼に何を言ったのですか?』

私は隼の言葉が気になって園長先生に尋ねた。



『中野先生がブランコで怪我をした時に言ったの。『女の子は赤ちゃんを産むことの出来る大切な体なのよ』って』



『えっ!?』


私は言葉を失った。

だって翔君は、結夏さんを太鼓橋の隙間から落とした孔明さんのお兄さんの子供だったから……



『『だから大切にしてあげないといけないのよ』って言ったら、隼君は『僕がずっとブランコに乗っていたからかな?』って言ったの。『仲間に入れて貸してあげなかったからかな』って。必死で理解しようとしていたの。だから中野先生がお母さんに連れられて帰る時、私の後ろで我慢していたのよ』


園長先生はそう言っていた。





 隼は本当は孔明さんのお兄さんを許してなんかいない。


翔君のためだと信じ、自分の犯した罪だとは思い寛大に見せ掛けていただけなんだ。


太鼓橋の隙間から落ちた時点で救急車を呼んでくれていたなら結夏さんは死なずに済んだはずなのだ。



子宮外妊娠の子供は流れたとしても、結夏さんは隼の傍にいてくれたのかも知れないのだから。



だから隼は辛いんだ。

未だに自分を攻め続けているんだ。



あの日、結夏さんを是が非でも送って行かなかったことを……




 噂の大女優の子供の恋人であることを結夏さんは隠していた。

きっと隼に迷惑を掛けたくなかったんだ。



だから一人で帰ったのかも知れない。



ストーカーと言っても危害を加える訳でもなく、ただ傍にいるだけだった。

だから大胆に、バイクでアチコチに出掛けられたのだ。



名前も顔も解らない。ただ後をずっと追ってするストーカー。

本当は怖い。怖くて堪らない。

だから結夏さんは隼と駅前の銀行であった時、ほっとしたのだろう。





 でも何時の間にか、それを言い訳にしていたことに気付いたのかも知れない。


でもあの日。

隼とカーテンを選んでいた時に、突然プロポーズされた結夏さん。



あまりに嬉しくて、結夏さんは母親に電話をした。



その時、初めて隼との間に子供が出来たことを打ち明けらるたのだとおばさんは言った。



ストーカー被害に悩んでいた結夏さんに、やっと訪れた春。



そう喜んだのも束の間。


その数時間後、結夏さんは帰らぬ人となったのだった。



『隼に迷惑を掛けたくない』


結夏さんはそう言ったそうだ。

だから何も連絡しなかったのだ。


それが結夏さんの希望だと、おばさんは考えたからだった。





 外はまだ暗い。

そんな中、私はキッチンに立った。


隼人君を賽の川原から救い出す最後の儀式の準備をするために、研いだお米を炊飯器に入れた。


昨日の夜はご飯を炊けなかった。

それはこの炊飯器を、隼人君だけのために使用することに決めたからだった。



本当に賽の川原から救い出せると私は信じているからだ。



でないと、私も隼も一歩を踏み出せない。

そう思った。



この炊飯器を用意してくれたのが、隼の叔父さんなのかそれとも結夏さんなのかは怖くて聞けない。


何だか聞いちゃいけない気がするんだ。


元々あったなんて有り得ないから、叔父さんだと思うことにしたんだ。


それは私の気持ちを落ち着けるためだった。





 炊き上がりを待ちながら蝋燭や線香なども用意する。



僅かな音にも慎重にことを運ぶ。


お陰で隼は起きなかった。

でも、本当は起きていたんだ。


耳を澄ませると、すすり泣く声が聞こえていた。


でも私は知らない振りをして、サンドイッチの具材を用意していた。


何故サンドイッチを選んだのか? それは余らしてお弁当にするためだった。

これで一食分のお金が浮く。

私はそんなことを考えていたのだった。





 八月十五日から数えると、三十六日目だ。



毎日欠くことのないように私達は朝早くから同じ部屋にいる。


でも今日は特別に早い。

それはこれから二人で念願だった秩父札所へお遍路に旅立つ予定だからだ。



隼人君之霊と書かれた紙を菩提寺で供養してもらうために、一緒に巡礼をしてくるのだ。


そう……

それが隼の本当の目的だったのだ。

私はただ……

隼の傍にいたくて付いていくだけなのだ。



父が知ったらカンカンになって怒るだろう。

私はまだ嫁入り前の乙女だったのだから。





 二人で此処に集まることも今日で終了する。

何だか早すぎる気がしてならない。



もしかしたら私は隼の傍に居たくてこのような儀式を進言したのかも知れない。



その証拠は私からのキスだ。

こともあろうに私は、身を清めなくてはいけない日に隼を徴発したんだ。



隼が諌めてくれたから良いようなものの……私はかなり落ち込んでいた。





 そんな動揺を隠しながら、隼が気遣わないように平然を装おう。

それが唯一私の出来る罪滅ぼしだから……



隼と、隼人君を救い出す前に子供を宿す行為をしようとしていた私。

それでも疼く。

隼が欲しいと心が頭が喘いでいる。


口では尤もらしいことを言って、やってることは最低だ。

そう思っていた。





 隼を起こせば、いよいよ強行スケジュールの決行となる。


私はそっと隼の入っている寝袋を揺さぶった。



本当は起きていたくせに、目を擦りながら大あくびをする隼に私は思わず微笑んだ。





 隼人之霊と墨で書かれた半紙と段ボールでつくられた慰霊のための物を南に置いてから、炊き上がったご飯をよそり蝋燭と線香と水と一緒にお備えした。





 「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」


光明真言を一度唱える。

これは所謂密教のご真言で、正式名称は不空灌頂光真言。




「おんかかかびさんまえいそわか」次に地蔵菩薩真言を三度唱える。



心を込めたお祈りが済んだら、いよいよ出発の準備だ。



五日分の下着とパジャマとタオルやティシャツなどをスポーツバックに入れる。

行き帰りの上下に着替えて洗濯機を回す。

それを干してから荷物を玄関に置いた。





 胎児と言えど人なのだと私は思う。



だから供養してあげたいのだ。

たとえそれによって祟られようと構わない。


結夏さんと隼人君を六道から救い出して、隼人君の霊を鎮めるために……





 六道とは、地獄道餓鬼道天道人間道修羅道畜生道のことを言う。


一説には、天狗など魔界に落ちたものを外道と言うらしい。私も浮かれ過ぎて道から外れないようにしなくてはいけないと思った。

そう……

私は浮かれていたのかも知れない。



結夏さんと流れた胎児のことで悩んでいた頃、あの二つの真言と出会ってこれで苦しまなくて良いって感じたのだ。

それはきっと隼に振り向いてもらうための口実。

私はただのエゴイストだったのかも知れない。





 多目に用意したサンドイッチをパックに詰めた。


残り物だけどお昼代節約にはなる。

まだ学生の隼と保育士に今年なったばかりの私。


幾らかの貯えはある。

でも贅沢は出来なかったのだ。

宿は格安旅館を図書館から借りて来た地図の中に見つけた。


まさかの大発見に二人共浮き足だってすぐに電話したほどだった。


相部屋……って言うか、二人用の部屋を四日間予約した。

隼との同室は又何かやらかしそうで怖いけど、結夏さんと隼人君の御霊成仏のことだけ考えようと思っていた。





 私達は堅実にことを進めていったのだった。



幸い白装束は結夏さんの御両親から借り受けた。

それだけでもかなり押さえられたと思う。


私は本気で二人のための巡礼をしようとしていたのだった。





 又パンと牛乳とサプリメントだけの朝食だ。


それでも、健康を気遣い心を込めた内容に隼は大喜びをしてくれた。


片付けた後でキッチンを磨く。

ついでに排水溝のステンレス製の篭の中に十円玉を入れた。

銅が滑りを防ぎ、イヤな臭いの発生を制限してくれるそうだ。



冷蔵庫のコンセントを抜く。


五日間も使用しないのだから電器代が勿体ない。


だから、悪くなる物は全て胃袋の中に入れた。



昨日のハンバークと今日のサンドイッチに全ての食材を投入してドリンク以外を空にしてしまったのだった。





 幾つかの家事をこなして時計を見ると、五時近くにになっていた。



「そろそろ行く?」


声を掛けると、隼が頷いた。



私達は荷物を肩に掛けてマンションを後にした。





 その後隼と一緒に駅に向かい、一番電車の住民となる。


少しでも早く一番札所に到着したかったのだ。


私達は是が非でも五日間で全行程を回るつもりでいたのだった。

それは一日でも早くお焚き上げをして、隼人君を賽の川原から救い出してあげたかったからだった。





 駅に近いのマンションだから結構便利。

だけど隼は雨の日以外は乗らないそうだ。


大学の最寄り駅から無料のスクールバスがあり、それに乗れば良いに隼はバイクを走らせるのだ。



そのバイクも結夏さんと購入した物だそうだ。

それで二人で良く出掛けていたそうだ。

何処へ行ったのかなんて聞けやしなかったけど。



ストーカーしていた彼は、スーパーのアイスクリームショップで二人の行動を観察していたようだ。


私は彼の話で想像するしかなかったのだった。

だから余計に嫉妬したのかも知れない。






そして秩父札所巡礼へと二人は旅立って行った。

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