第四話 Lone wolf(一匹狼) ―side.燐桐―
玖蘭の言う制限時間付きの宝探し・・・。
職員室に忍び込み証拠をつかむというもので、しかもその方法が驚きだった。
「火災を起こして避難してる間に盗む。簡単だろ?」
「ここを燃やすというのか?!」
放火なんぞ玖蘭にさせる訳にはいかない。立派な犯罪だ。
「勘違いするな。本当に火をつける訳じゃない。火災報知器を作動させるだけだ。鳴ってもこれなら誤作動って片付けられる可能性が高い」
む・・・成程・・・それなら確かに・・・ああいや、だがそんなことをしてしまっていいのだろうか・・・
「そうだね、それなら何とかなるかもしれない」
「中岡さんもこの作戦に賛成だというのか?」
「燐桐、考えろよ。教師の目を盗んで物色できるタイミングなんて普段ないだろ。夜遅くまで学校に残ってる奴もいる。それに・・・清水が居る時じゃないと意味がない。証拠を持ち歩いてるだろうしな」
確かに教師は生徒が帰ったあとも仕事をしている者が多い。誰かしら職員室には居るだろう。持ち歩いてるとするならば本人が居るとき、かつ職員室から離れていて他の教師も居ない時を狙うほかない。
都合良くその状況が起こるとも思えない。
・・・やむを得ない・・・か・・・
「・・・わかった。今回ばかりは仕方がないな・・・僕は何をすればいい?」
「適当に燃やして煙を報知器に吸わせてくれるだけでいい。・・・三階の使われてない空き教室が妥当だな」
確かにあそこは半ば倉庫と化している。3年生の教室はU型に曲がった廊下の反対側に位置している。邪魔が入ることはまずないだろう。
「鳴った後はすぐにお前も避難する列に戻れ。そこからなら階段を降りてすぐ教室だから怪しまれないはず。中岡お前も他に混ざって避難」
中岡は大きく頷いた。
「・・・わかった。頼むぞ」
その言葉にふっと笑った玖蘭の瞳はまるで獲物を見つけた狼の様だった。
―いらない紙とマッチを用意し、3階の空き教室へ。
中岡さんに授業が始まったら僕は腹痛でトイレに行っていると伝えてもらうようにしてある。
報知器の下に机を置き、その上に乗るとじっとその時を待った。
準備は整った。いつでも来い、玖蘭。
それから3分後、携帯にメールが来た。
確認すると、「やれ」だけが書かれた玖蘭からのメール。
「よし・・・始めるぞ」
紙に大きな炎を灯して報知器のすぐ近くに持っていき黒い煙を送り込む。
すると案外早く非常ベルが鳴り響いた。
すぐに用意していた水入りバケツに紙を放り込むと掃除用具入れに隠し教室を出て階段を駆け下りていく。
2階に着くや各教室は騒然とした様子で、教師が焦った様子で生徒を廊下に並ぶように指示を出している。
よし、間に合ったな。あとは何事もなかったかのように列に並んで外に避難すればいい。
ぞろぞろと生徒が教室から出てくるなか中岡の姿を見つけた。
「あっ、狐塚くんお腹大丈夫?」
「あ・・・あぁ、大丈夫だ。それにしても火事とは・・・」
あくまで何も知らない風を装い、列に並びながら話す。
「うん・・・怖いね・・・でもここら辺は火は回ってないみたいだし大丈夫そう」
中岡さん役者になれるのではないだろうか。
誰がこの騒ぎを起こしたのかも、これから起こることもわかった上でのこの動揺を感じさせなさ。
僕はばれないか緊張してしまっているというのに・・・
「皆揃ったな?!避難するぞ!」
先頭を歩く教師について生徒の列はグランドへ移動を開始した。
そこからは特に問題なく全生徒、教師が避難を完了。
当然清水の姿もあった。
火災など、訓練以外では今まで一度として起きたことがない。
訓練で点呼を取ることや状況の把握などを行うとなっていたが、教師も混乱していて対応が遅れていた。
逆にそれはこちらからすれば吉報。
玖蘭が動きやすく、ここに居ないと言うこともばれない。
「清水先生!どうでしたか!」
体育教師が校舎の状況を確認しに行ったのだろう清水に走り寄る。
「えぇ、校舎の周りを見て回りましたが特に火災が起きている様子はありませんでした」
「・・・ということは誤作動かも知れないということですか」
「そうかもしれませんね・・・」
二人の会話を聞く限り、報知器の誤作動とばれた。
玖蘭・・・大丈夫だろうか・・・もう時間がないぞ・・・
はらはらしながら必死に冷静を装う。
さらに内部へ確認に行ったのであろう別の教師も清水達に駆け寄り、問題ないと伝えた。
その情報はすぐにマイクを持った年配の教師へ伝えられ、教師はマイクのスイッチをオンにした。
【えー皆さん静かに。現在皆さんには火災があったということで避難してもらいました。ですが、状況を確認したところ実際に火災はなかったことがわかりました】
生徒からざわめきがあがった。
【ですのでそれぞれの教室に戻ってもらいます。1年生から教師の指示に従って戻ってください】
・・・思ったより気づかれるのが早かった。
避難から約10分程。
玖蘭はこの短い時間の中で証拠を見つけることはできたのだろうか・・・
「狐塚君・・・」
横に並ぶ中岡が不安そうに僕を呼ぶ。
大丈夫と軽く頷いてみせるが、大丈夫とも言い切れないのも事実だった。
思案しているうちに1年生から順に校舎の中へと戻りはじめた。
「よし、2年も校舎に戻るぞ!」
引率の教師の一言で一クラスずつ校舎の中へ。
燐桐と中岡のクラスの元の教室へ戻る。
本人から報告を受けるまではなんとも言えない気持ちも収まることはないだろう。
すぐにでも聞きに行きたいが授業が再開するとなってはこれが終わってからだ。
再開される授業の教科書とノートを机から取り出し開く。
「狐塚。腹は大丈夫なのか?お前が体調崩すのは珍しいな」
ふと教師が問いかけてきた。
・・・不覚だった。今教師からは体調を崩しているということになっているんだった。
「大丈夫です。ちょっと風邪でも引いたのかもしれません。体調管理一つできないなど委員長たるもの失格ですね・・・」
「はっはっは、大げさだな。そんなことはない。むしろストイック過ぎるところがあるからな、もう少し自分を労ってやれ」
「・・・そう見えているのでしたら気をつけます」
「そうしてくれ。よーしお前らー。授業再開するぞ。静かにしろ」
教師の一言でざわめく教室は徐々に落ち着きを取り戻しいつもの風景に戻っていった。