第一章 偶然は必然 プロローグ
初めまして、翡翠と申します。
本来小説というのは決まった物語を見るものですが、私はそれが物足りなく感じました。
こうすれば良かったのに。こうなったらいいのに。
そんな思いを何度かしたことがあります。
なのでこの小説では二つの選択肢を設け、読者様に主人公達の行動を決めてもらおうと思います。
それぞれの行動の先に何があるのか?自分が決めた選択によって主人公達の運命が変わるドキドキを体感していただければと思っています。
最初の方は選択肢はありません。ある程度物語が進むと出てきます。
狗沼町のある一角に建つ一軒家の前で家を見つめる女。
「ここか・・・よし」
気合いを入れインターホンを鳴らすと中で物音がし、ドアが開いた。
「はい?」
雰囲気の柔らかい、優しそうな男が姿を現した。
「こんにちは。先日お電話した伏見です」
伏見が名乗ると男_ 閑來は途端に笑顔を見せた。
「あぁ、あなたでしたか。どうぞ中に」
「ありがとうございます。お邪魔します」
靴を脱ぎ揃えると閑來に続いて中に入った。
室内は至って落ち着いた雰囲気のあるものばかりで、180センチほどありそうな閑來の背丈を超す本棚には綺麗に本が並べられており、遺伝子学、心理学などの難しい本がずらりと並んでいる。
「遺伝子に心理・・・興味があるんですか?」
「えぇ、まぁ。というか仕事柄必要な知識なんですよ。・・・とは言っても今はもうやめてしまいましたけど」
「なるほど」
「あぁ、そこのイスに座ってください。今お茶淹れますから」
「わざわざすいません」
言われた通りに椅子に座るが、緊張しすぎて心臓がはちきれんばかりに脈を打つ。
ふと壁に額に入った写真が飾られているのが目に入った。
「あの、そこの写真って・・・」
閑來が台所から顔を出し、納得したように言った。
「あぁ、それは“あの子達”と撮ったものです。もう6年も前のですが」
伏見は食い入るように見つめる。
皆楽しそうに、幸せそうに笑みを浮かべているのを見ていると自然と笑みが零れた。
「この時のあの子達はまだ小さくて、よく一緒に遊んだものです。玲と裕哉はもう14歳だったから、お姉ちゃんお兄ちゃんなんて呼ばれてたっけな・・・」
この写真は悲惨な過去を証明しているものであり、幸せだった日々でもあるのだ。
その事実をおそらく閑來は知らないだろう。そう思ったら、何とも言えない気持ちになった。
「どうぞ」
テーブルにお茶が置かれる。
「ありがとうございます」
早速お茶を口に含むと、お茶独特の味が口いっぱいに広がった。
「美味しいです」
「良かった」
穏やかな笑みを浮かべ、閑來もまたお茶を飲む。
「あの、それで彼らのこと聞かせてもらえますか」
お茶をテーブルに置いて、姿勢を正すと切り出した。
「あの事件のことですね」
「はい。私はあの事件のことを知りたい。いえ、知らなければならないんです。例えそれが・・・どんな結末を招くとしても」
「僕が知っているのはあくまで僕の過去。そして事件の一端に過ぎない。あなたの望む事実は得られないかもしれない。それでも・・・あなたの為になるならお話しましょう」
閑來はお茶をテーブルに置いて伏見の目をまっすぐ見つめた。
つられて伏見も見つめ返す。
「事の発端は今から10年前も前のことです。今はもう倒産してありませんが、当時大手だったクラスターという企業に勤めていた頃・・・」
この物語の主人公たちがどんな日々を過ごし、あの事件を乗り越えたのか。
伏見は心の中で疑問を投げかけた。今となっては本人達しかわからないこと。それを知るにはまず事件のことを知る必要がある。
そのためにも、今しばらく閑來の話を聞いてみることにする。