陽菜子と霊感少年9
「痛っ!」
ペッと勢い良く吐き出され、陽菜子は床に尻餅をつく。
腰を擦りながら目を開くと、薄く透けた自分の膝が目に入る。
慌てて辺りを見渡してみれば、薄暗く雑多に物が陳列された室内だった。
「お帰り、ひなちゃん、祥くん」
背後からかけられた声に振り返ると、本に栞を挟んだ店長が椅子から立ち上がった。
店長が近付き手を差し出すと、猫の鞄が飛び跳ねるようにして納まる。
絵本の外に出ているにも関わらず、生き物のように動く鞄を凝視し、陽菜子は店長に問いかけた。
「店長、その鞄って……」
「うん、可愛いでしょう? 僕が作ったんだ」
にこりと微笑みながら、店長は陽菜子の目の前に鞄を突き出す。
どちらかと言えば、ぶさ可愛いという部類に入るだろう猫は、チェシャ猫のようににやりと笑っている。
その口にぱくりと飲み込まれたことを思い出し、陽菜子は顔を引き攣らせた。
店長は鞄を斜め掛けして、小首を傾げる。
「ところでひなちゃん、例のモノは手に入ったのかな?」
「あ、それなんですけど……」
鞄も気になるが、雫のことはもっと気になる。
一先ず不思議な鞄のことは忘れることにして、陽菜子は話すことに集中する。
絵本の中であった事を掻い摘んで説明し、最後に白樹の枝を店長に見せた。
「神代くんも、間違いないと言っていたし、そのまま戻ってきちゃったんですけど」
「うん、大丈夫。これが白樹の雫だね」
「でも、これ、どこをどう見ても鉱石には見えないんですが……」
納得のいっていない陽菜子を笑いながら眺めていた店長は、やがてすいと手を伸ばし、枝に生る実を示した。
「そんなに心配なら、これを剥いてごらん」
示された実を見てみると、殻だと思っていた表面は意外と柔らかそうで、どちらかと言えば皮に近い。
そっと根元から楕円形の実を外し、陽菜子はゆっくりと皮を剥いていく。
最後に、中から転がり出たモノを目にして、陽菜子は目を丸めた。
「これって……」
「そう、それが白樹の雫だよ」
薄らと白く色が付いているものの、水晶のような鉱石は水滴のような形をしていた。
光を受けてきらきらと輝く姿は、あの白樹を思い出させる。
「あの白樹ってね、実は柊の樹なんだ」
「え? でも、柊って、葉っぱは棘だらけだし、そんなに大きくはならないですよね?」
柊と言えば、一番に思い出されるのがクリスマスの輪飾りだろう。
だが、この枝についている葉はどちらかと言えば丸っこい。
それに、柊の木は大きくなっても7〜8メートル程度のはずだ。
「うん、この世界の柊はね」
訝しげに店長をみやると、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「まぁ、葉が丸いっていうのはこっちでもあるけど……」
店長は立ち上がると、図鑑を一冊抱えて戻ってくる。
図鑑の中ほどのページを捲り、彼はそれを陽菜子の前に置いた。
「樹も年をとると丸くなるんだよ。ほら、見てごらん」
柊の説明の横に載せられた写真に、陽菜子は目を見開く。
確かに、複数載せられている写真の中には、棘がなくなり丸くなった葉が映っている。
それは、自分が持ち帰ってきた枝についているものに良く似ている。
興味深く写真を眺めていた陽菜子は、ある一枚の写真に目を止め、思わず声を上げた。
「あ!」
それは、柊の花の写真だった。
棘だらけの葉に似合わず、小さく真っ白な花が房のように連なって咲いている。
可愛らしいその花は、あの時聞こえてきた優しげな声に重なった。
「柊の花言葉は、あなたを守る」
弾かれたように顔を上げた陽菜子に、店長は笑みを返す。
「きっと、ひなちゃんの事を守ってくれるよ」
不意に、葉擦れの音と、軽やかに笑う白樹達の笑い声が聞こえた気がした。
じわりと視界が滲み、陽菜子は慌てて目を擦る。
唇を噛み締めて頷くと、店長は小さく笑ったようだった。
(私が元に戻ったら、店長にお願いして、またあそこに行こう)
そうして、たくさん、たくさん、お礼をしよう。
きっと、白樹は温かく迎えてくれるはずだ。
嬉しくても涙が出るなんて、今まで知らなかった。
今日はたった一日の間で、何年か分の涙を流している気がする。
瞬きをした瞬間、陽菜子の目尻からぽろりと透明な雫が零れた。




