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陽菜子と霊感少年4



「ところで、君、お名前はなんて言うの?」

「あ、藤森です。藤森 陽菜子」

「ふーん、ひなちゃんね。了解」



笑顔で問う青年に、陽菜子は慌てて答えを返す。

彼は顎に手を当てて暫し考えてから、納得したように頷いた。



「僕の事は、店長って呼んでね。それで、ひなちゃんを連れてきた彼が、神代 祥くん」

「はぁ」



腕を組んで壁に凭れていた祥を指差し、店長が彼を紹介してくれる。

そう言えば、川原で会ってから今までが目まぐるしくて、自己紹介などすっかり忘れていた。

祥に自分を見つけてもらってから、とんとん拍子に話が進んでいる。

あとで、お礼を言わなければならないなと思いながら、陽菜子は軽く頭を下げた。

黙ってこちらを見詰めていた祥だったが、ふいと視線を逸らし青年を呼んだ。



「店長」

「うん、何? 祥くん」



面白そうに成り行きを見守っていた青年は、小首を傾げて祥を見る。

僅かに顔を顰めた彼は、溜め息を付いてからソファーに横たわる陽菜子を指差した。



「それくらいにして、いい加減、彼女を見てやってくれませんか」

「もー、すぐ祥くんはこれだからなー。自己紹介って大事なんだよ」



大仰に首を振って、店長は深々と息を吐いた。

そんな青年の態度には動じず、祥は無言を突き通す。

きっと、いつものやり取りなんだろうなと、陽菜子は彼らを交互にみやった。



「まぁ、良いか。じゃあ、ちょっとひなちゃんの身体を診させてね」



気持ちを切り替えるためか、店長は一つ手を叩き、陽菜子を振り返る。

緊張に顔を強張らせて、陽菜子は大きく頷いた。





*************





「ふーん、成程ねぇ」

「ど……どうでしょう」



一通り陽菜子の様子を調べ終え、店主は一つ息を付く。

彼は立ち上がると軽く首を回し、眉間に指を当てる。

その態度が、まるで問題を前にした人間の動作に見え、陽菜子は拳を握った。



「これって、一種の幽体離脱みたいなものなんだよね」



顎に手を当て、考えるように宙を見ながら、店長は陽菜子の現在の状況を説明してくれた。



「思春期ってさ、身体も精神も不安定になるでしょ? だから、その分、お互いを引き合う力も不安定になるんだよ。そのせいか、人によってはちょっとした刺激で、魂が抜け出しちゃうことがあるんだ」



陽菜子が川原に転がり落ちた時、頭部にちょっとどころか相当な衝撃を受けたし、今思えば凄い音がした気もする。

本当に自分の頭は無事だろうかと、陽菜子は少し心配になった。

只でさえ悪い頭が、更に悪くなっていたらどうしようか。

あまり直視したくなくて、陽菜子は眠り続ける自分の身体から視線を逸らした。

まぁ、確かめてみようにも、自分では己の身体を起こすこともできない。



「それで? 彼女、ちゃんと身体に戻れるんですか」



陽菜子が自分の頭の中身を心配している間にも、二人は話を進めていたようだ。

祥の言葉に意識を引き戻され、陽菜子は顔を上げる。

そうだった、今は頭の心配よりも、元に戻れるかの方が重要な問題だ。

店長を振り返ると、彼はにこりと笑って頷いた。



「大丈夫、身体と魂の引き合う力を、ちょっと調節してあげれば問題ないよ」

「ほ……本当ですか?」

「うん、僕に任せなさい」

「よかっ……たぁ」



軽く己の胸を叩いて請け負う青年を見詰めたまま、陽菜子は一気に力が抜けて床に座り込む。

幽霊だと言うのに、腰が抜けてしまったように上手く動けない。

ぺたりと床に座ったままの陽菜子に近付き、店長は目の前にしゃがみ込む。


おずおずと顔を上げると、安心させるように彼はふわりと笑う。

そのまま手を伸ばし、陽菜子の頭がある場所に掌を置いた。

感触はないものの、軽く撫でられているのが分かる。



「色々と不安で、怖かったでしょう? 良く頑張ったね」



そう声をかけられた途端、陽菜子の涙腺が壊れた。



「……うっ……うぇっ……っく……」



実体のない涙が、陽菜子の顎から零れ落ちて宙で消えた。

後から後から涙が溢れ出してきて、一向に止まらない。

陽菜子は両手で顔を覆い、しゃくり上げる。


本当は、とっても怖かった。

不安で不安で、叫びだしてしまいたかった。

でも、あまりにも混乱して、涙すら出てこなくて。

誰かに助けてもらいたくて、必死になって話しかけた。



(私を見つけてくれて、ありがとう。手を差し伸べてくれて、ありがとう)



幽霊になって初めて、陽菜子は大声を上げて泣いた。




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