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陽菜子と霊感少年3



ぷかぷかと浮かびながら、少年の後に続いて10分くらい経った頃、見慣れた商店街が近付いてきた。

彼は賑わう大通りを少し歩いてから、脇の小道に足を踏み入れる。

途端に狭くなった道は、しんと静まり返っていて、同じ商店街とは思えない。


古びた家や商店を幾つか通り過ぎ、彼は更に細い路地に入り込む。

塀の上で体を伸ばしていた猫が、二人を見下ろして鳴き声を上げた。

家の屋根と屋根の間に青い空が切り取られて、隙間を雲がゆったりと流れていく。

街の商店街は学校の帰りによく寄り道をするが、こんな路地があるだなんて知らなかった。


上を眺めながら浮いていた陽菜子は、少年が立ち止まった事に気付くのが遅れる。

危うく彼にぶつかる、と言うかすり抜けてしまうところで、慌てて急停止した。

特に感触はないけれど、人間の体を通り抜けるのはあまり良い気分ではない。

ほっと息を付いてから、目の前の少年へ問いかける。



「どうしたの? 急に立ち止まって」

「悪いけど、戸を開けてくれないか」

「え?」



少年の言葉に、陽菜子は彼の背後から飛び出して前を見る。

古ぼけたそのお店は、今時珍しい日本家屋で、正面の入り口は上半分に硝子がはめ込まれた引き戸だった。

少しぼかしの入ったその硝子には、かすみ堂と店の名前が書かれている。

まじまじとその戸を見詰めてから、陽菜子は困ったように少年を振り返った。



「でも、私、今は幽霊だから、扉には触れないよ」

「いや、ここの戸はあんたでも開けられる」



確信しているかのように、少年は顎で戸を示す。

陽菜子は眉を下げて、扉と彼を交互に見やった。

どちらにせよ、少年の両手は自分を背負っているせいで塞がっている。

ならば、自分が戸をどうにかしなければならない。



(世の中には、ポルターガイストって言うのもあるし、大丈夫、何とかなるはず!)



心を決めて、陽菜子は扉にそっと手を伸ばした。

指先に取っ手が触れる感触があり、陽菜子は少しばかり勇気付けられる。

そのまま横に力を込めると、戸はガラガラと音を立てて開いた。


薄暗い店内には、古い道具や、壷、掛け軸、本などが所狭しと陳列されている。

雑多に並べられた棚の奥に、重厚な木製の長机があった。

机の上には古びた卓上ライトと、レジスタが置かれている。

その長机の前に座っていた人物が、物音に気付いたのか顔を上げた。


店の外観から、年のいった老人を想像していたのに、彼は思いの外若そうな青年だった。

柔らかそうな薄茶色の髪は、所々寝癖のように跳ねている。

彼は差し込んだ光りに少し目を細め、眼鏡を外すとふわりと微笑んだ。



「やぁ、お帰り、祥くん。今日は随分と早かった……」



言いかけた言葉を止めて、青年は店に入ってきた少年を凝視する。

暫らく熟考してから、ことりと首を傾げた。



「あきらくーん、どうせ女の子を連れ込むならさ、家じゃなくて、目一杯いちゃつけるところにしないと」

「何を勘違いしてるか知りませんけど、彼女は客ですから」



呆れたように青年を睨んで、少年、祥は長机の隣に置かれているソファーに陽菜子を降ろした。



「あれ、お客さんだったの? 何だ、僕、てっきり甘酸っぱい青春の一幕かと勘違いしちゃった!」



からからと笑う青年に、祥は疲れたような溜め息を吐く。

陽菜子は彼らを見詰めた後、戸惑いがちに声をかけた。



「あのー……」



陽菜子の声に、青年はくるりと振り返る。

少し細めの焦げ茶の瞳が、迷いなく陽菜子を捉えている。

どうやら、この青年も自分が見えているらしい。

暫らくそうして陽菜子を見詰めていた青年は、やがてにっこりと微笑む。



「いらっしゃい、お困りのお嬢さん。かすみ堂へようこそ」



目を瞬かせる陽菜子に、青年は小首を傾げて笑みを深めた。







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