陽菜子と霊感少年10 【完】
「さて、そろそろ僕はアクセサリーの創作に取り掛かろうかな」
陽菜子から枝を受け取ると、店長は気持ちを切り替えるように声を上げる。
くるりと方向転換をして、壁際で成り行きを見守っていた祥に視線を向けた。
「じゃあ、店番はよろしくね、祥くん」
手を振って店の奥に消えていく店長を見送り、祥は一つ息を吐く。
彼も一旦店の裏に姿を消したが、すぐにエプロンを持って帰ってきた。
ついでに着替えもしたのか、無地のTシャツを着ている。
その上からエプロンを掛け、店内の商品に丁寧に叩きを掛けていく。
祥の後姿を見詰めながら、手持ち無沙汰の陽菜子はソファーに目を向ける。
そこには自分の身体が横たわっており、暢気な表情で眠り続けていた。
我ながらなんとも阿呆面で、陽菜子は深く溜め息をつく。
座って店長が戻ってくるのを待とうかと思ったのだが、自分の身体の上に座るのは遠慮したい。
店内を見渡すと、出窓の側に古い椅子が置かれていた。
それをちらりと見てから、陽菜子は祥に声をかける。
「神代くん」
「何だ?」
祥は古本を並べ替えていた手を止め、陽菜子の方を振り返る。
「あの、あそこに置いてある椅子って、商品なのかな?」
「商品と言えば商品だろうけど、別に座っても構わないんじゃないか」
陽菜子が指差す先を確認し、祥は軽く頷いた。
店員から許可をもらい、陽菜子はさっそく椅子に近付く。
年季物らしい安楽椅子は、どこかの映画にでも出てきそうだ。
そっと木製の背もたれに触れると、ギッと古めかしい音を立てる。
陽菜子が恐る恐る腰掛けると、揺り篭のようにゆらゆらと揺れた。
(私、幽霊だから、体重なんてないはずなのに)
何だか可笑しくなってきて、陽菜子はくすくすと笑う。
かつて、この椅子に座って、同じように揺られていた人がいたのだろうか。
それは、いつか見た映画のように、年老いた婦人なのかもしれない。
もしそうだとしたら、彼女は安楽椅子に座りながら、編み物でもしていただろうか。
もしくは、遊びに来た孫たちが、面白がって椅子に揺られただろうか。
想いを馳せるうちに、陽菜子の瞼がゆるゆると閉じていく。
誘われるまま、陽菜子は夢の中へと落ちていった。
*************
「……り……ふ……もり」
ゆらゆらと身体が揺れる感覚に、陽菜子は顔を顰める。
心地よい眠りは抗いがたく、再び寝息をかき始めた陽菜子だったが、また身体を揺すられ不機嫌そうに頬を膨らませた。
仕方がなく瞼を開くと、祥が自分を覗き込んでいるのが見える。
「起きろ、藤森」
ようやく現状を理解した途端、陽菜子は安楽椅子から跳ね起きた。
何度か目を擦り、じっと祥を見詰める。
呆けたままの陽菜子を、彼は訝しげに見返した。
「藤森、どうかしたのか?」
「う……ううん、何でも、ない」
慌てて首を振ってから、陽菜子は大きく息を吐き出す。
一瞬、祥の髪が金色に光って見えたのだ。
だが、しっかりと起きてから、もう一度見直した彼はちゃんと黒髪だった。
どうやら、夕日に照らされていたために、目が錯覚を起こしたらしい。
「って、もうこんな時間なんだ」
随分と眠っていたらしく、空はいつの間にか茜色に染まっている。
目を細めて夕日を眺めていると、後ろから陽菜子を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、ひなちゃん、起きた?」
「店長!」
店の奥に引っ込んでいた彼が戻って来たという事は、アクセサリーが完成したのだろうか。
逸る気持ちを抑え、陽菜子は椅子から立ち上がって店長の方へ駆け寄る。
「じゃーん! どう、結構可愛くできたと思うんだけど」
店長が胸を張って差し出してきたネックレスを、陽菜子はまじまじと見詰めた。
シルバーの細いチェーンの先に、花を模った銀細工がぶら下がっている。
どことなく白樹の花に似ているそのモチーフの中央に、白樹の雫がはめ込まれていた。
「ネックレスなら、制服の中に入れちゃえばそんなに目立たないしでしょう?」
言葉にならず、何度も頷く陽菜子に笑みを返してから、店長はソファーに足を向ける。
「じゃあ、早速つけてみるから、ひなちゃんは心の準備をしておいてね」
店長の言葉に、陽菜子は息を呑んで自分の身体を見詰めた。
あまりの緊張に口から心臓が飛び出してしまいそうだ。
祈るように両手を組んで、陽菜子は成り行きを見守る。
自分の身体が抱き起こされ、ゆっくりとネックレスが首に掛けられた。
陽菜子がその光景を客観的に見ることができたのは、そこまでだった。
急激に引っ張られる感覚に、思わず目を瞑る。
勢い良く目を開いた時、飛び込んできたのは木目のある天井だった。
がばりと起き上がった瞬間、後頭部に激痛が走った。
頭を抱えて、陽菜子はソファーに蹲る。
「ひなちゃん、大丈夫?」
「痛い! 嬉しい! でもやっぱり痛い!」
陽菜子は頭の痛みに呻きながらも、満面の笑みを浮かべた。
何も知らない人が見ていたなら、きっと頭の中身を心配されただろう。
だが、痛みを感じるという事は、ちゃんと身体に戻れたということだ。
店長に礼を言おうと顔を上げた陽菜子だったが、何かが突然顔面に張り付いてきた。
その勢いがあまりに強く、陽菜子は後ろに引っ繰り返る。
同じ患部を打ちつけ、今度こそ痛みで声も出ないまま、ソファーの上で悶絶した。
「な……なにぃ?」
ようやく落ち着いた陽菜子は、頭を抑えながら涙目で顔を上げる。
だが、目に飛び込んできた光景に、唖然と口を開いた。
『娘っ子が起きたぞ!』
「っな!」
子鬼や一つ目、ひょっとこ、輪入道に傘化け。
皆一様に小さいサイズだが、どこぞの妖怪図鑑で見たような顔ぶれが、ソファーの端を陣取っている。
彼らはこそこそと内緒話をしながら、陽菜子を指差した。
『どうやら、わしらが見えておるようだぞ』
『ならば、人の子ではなく、妖怪か?』
『だが、それにしては弱そうだ』
『神代の小僧の方が上だな』
『ということは、わしらの子分じゃ』
きゃっきゃと声を上げる妖怪たちを凝視してから、引き攣った顔のまま店長に視線を移す。
「あらら、もしかして、見えるようになっちゃった?」
「て……てん、ちょ……」
「まぁ、幽体離脱して戻るって事は、一回死んで生き返った様なものだからねぇ」
思案顔で腕を組んでいた店長だったが、笑みを浮かべると、陽菜子に片手を差し出した。
「改めまして、ようこそ、ひなちゃん。おいでませ、此方の世界へ」
輝く店長の笑顔に、陽菜子は眩暈を覚えた。
ふっと意識が遠のき、再びソファーに倒れこむ。
『また倒れたぞ!』
『やはりひ弱じゃのう』
『子分決定じゃ!』
嬉しげな妖怪たちの声が聞こえた気がして、暗転する意識の中、陽菜子はがっくりと頭を垂れた。