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42.ぼうけんしゃは、あかぺんをもって。

 迷宮から町へ続く街路。

「ところで、ぼくはこのままルリーカさんに王都に転移してもらうつもりです」

「この間いってた、あれか。

 でも……いいのか? そんな着の身着のままで。

 それと、詳しい転移場所とか、わかるの?」

「王都は何百年も前から精密で詳細な地図が公開されている。

 正確な座標に、困ることはない」

「向こうはぼくの古巣でもありますから、細々とした生活用品や潜伏場所に困ることはありません。

 それに、下手に旅装なんてすると、かえって怪しまれます」

「このまま散歩にでもいくように、すっと消えてすっと帰ってくる方が、あとでごまかしが利くというもんだね!」

「そっかぁ。

 そういうことの目端は、おれなんかよりもレニーのがよっぽど利くからなあ。器用で機転の利くレニーのこったから、向こうでもまず間違いなんかは起こらないと思うけど……それでも、気はゆるめずにいけや」

「ええ、ゆめゆめ、油断しません。

 ちょうど、人通りが途絶えたようですね。

 ルリーカさん、例の場所に、お願いします」

「了解」


 しゅん。


 羊蹄亭。


 ばたん。


「お、帰ってきたな。

 あれ? 一人足らんな。

 レニーはどうした?」

「あ。なんか用事があるとかで、先に帰った」

「そうそう、マスター。

 見に行ったら、やはりあれはもう一人のリンナさんだったね!

 他人のそら似って域ではなかったよ!」

「姿かたちだけではない。

 雰囲気、挙動、声の抑揚。

 完全に一致」

「けったいなことが起こるもんだなあ。

 迷宮の中ってのは……」

「栄養不良でかなり体が弱っているから、しばらくは迷宮内の宿舎で療養生活になるみたいだよ!」

「そうか。

 また元気になって、うちにも寄ってほしいもんだな」

「マスターは、あんまり驚いているように見えないな」

「そんなことはないさ。

 それでも、これでも元冒険者だからな。

 すっかり死んだと思っていた人間がひょっこり姿を現す、なんてことは、何度か経験してはいるな。

 ま、今回のように遺体から遺品からすっかり揃った上で……っていうのは、さすがに今回がはじめてだが」

「ああ。

 魔法剣の姐さんも、愛用の同じ剣を両手に持って、涙ぐんでいた」

「複雑、だろうなあ」

「だろうよ」


 町外れ、商人宿、飼い葉桶亭。

「……ということが、あってな……」

「ふむ。

 それは……平行世界からの移行ということなのか……異なる世界の迷宮、その中で、リンクしている場所が存在する……あるいは……部分的に重複している……ノード? 迷宮は世界間を結びつける役割を果たしている。

 結果としてたまたまそうなったのか……あるいは、それこそが迷宮の存在理由なのか……」

「全裸でおれの上に重なりながらわけのわからんことをぶつくさつぶやくのはやめてくれ。

 どのみち、迷宮の資料は全部、即座に閲覧できるって取り決めを結んでいるわけだろ?

 気になることがあるんなら、自分で直接ギルドに押し掛けて好きなだけ資料をあさるなり、迷宮に潜って調べるなりしてこいよ」

「……それも、そうだな。

 しかし、それを実現するには、ひとつネックとなる問題がある」

「なんだよ」

「わたしは他人が怖い。

 特に他人の視線が」

「知るか。

 自分で調べるのが駄目なら、誰か代理でもたてたらどうだ?」

「その手があったか。

 迷宮内の探索は、別にいいんだ。他人がいない場所と時間を選択して勝手に調べればいいだけのことだから。

 ギルドの資料の方が問題だったのでな……そうか。代理というのは、いい手だな」

「代理を立てるのはいいけど、ギルドにはちゃんとはなしを通しておけよ。事前に。

 でないと、無用の混乱をうむばっかりだ」

「うむ。

 それはそうだな。なに、わたしとて無駄に場を騒がせたいわけではない。そのあたりのことはきちんと筋を通すとも」

「……あんたの口から『筋を通す』なんてフレーズがでてくると、とたんに胡散臭く聞こえるな。

 ふぁ。

 じゃあ、おれはもう寝るから。

 くれぐれも、おれが寝ている間におれの体を無駄にまさぐったりしないこと。

 ……んじゃあ……。

 おやすみ」


 翌朝。

 迷宮前広場。

「……めっきり、売店売りの作業服姿が増えているな」

「あれ、町の方じゃあ冒険者服って呼びはじめているみたいですねえ。お値段も手頃だし、野良着にちょうどいいからって、わざわざ迷宮まで買い出しに出てくる人まで出てきました」

「お、事務員さん、おはよう」

「おはようございます、シナクさん。

 出勤してくるのを、お持ちしておりました」

「……その紙束……。

 ひょっとして、また……かい?」

「ええ、また、です。

 教本のチェックを、お願いします」

「あー。

 それ、仕事の帰り、夕方からでもいいかな?」

「こちらはかまいませんが……夕方になりますと、チェックする草稿の量が増えますよ?」

「増える?」

「今、ここに持ってきているのは、この広場で剣聖様のところのメイドさんたちをたたき伏せたときの演説をまとめたもの。

 夕方あたりにまとまりそうなのが、ギルド本部でメイドさんたち相手にぶちまけたうまい負け方に関する論考。

 さらにその後に、昨日の捜索活動の内容をまとめたものとかも控えています。

 後回しにすればするほど、シナクさんがデスクワークに縛りつけられる時間が増大するものと予測されますが……」

「……今、やろう」

「では、ギルド本部へご足労願います。

 ついでに、現在、今までシナクさんが口述した草稿などを写させてくれという要望が多数、寄せられています。

 写本化の条件や許諾の条件などの打ち合わせを……」

「そんなん、そっちで適当にしておいてくれ」

「では、のちほど契約書をお持ちしますので、目を通して異存がなければご署名をお願いします」


 ギルド本部内、某室。

「冒険者は、赤ペンを持って……」

「シナクさん、写本関係の許諾契約書、こちらに置いておきます」

「……何時間も拘束されて……」

「シナクさん、口述筆記草稿の新しい清書、あがってきました。

 今やっているのが終わったら、こちもチェックお願いします」

「……書類仕事に……」

「以前の教本の内容で疑問がでた箇所をリストアップしてみました。

 次回の版で巻末にQ&A集をつけたいので、こちらにも回答願います」

「……邁進す、っと……」

 カリカリカリ。

 カリカリカリ。

 カリカリカリ。

 カリカリカリ。

 カリカリカリ。

「……だぁー!

 こんなん、冒険者の仕事じゃねー!」

「あっ。

 シナクさん、暴発した」

「……あん?

 フェリスじゃねーか。

 おまえ、昨日はあれから大丈夫だったか?」

「はい。

 あれから、ギリスさんに、たんと怒られました」

「当たり前だ。

 あれから聞いたけど、おれについて迷宮に入ったのは独断専行だったそうだな。

 どうりで、前準備がずさんだと思った」

「ええ、書類偽造までして腕利きの護衛を確保したところまではよかったのですが……」

「よくないよ!

 そのアクティブさをもっといい方向に活かせよ!」

「というわけで、フェリスは目下、懲罰的に写本とか雑用とかをやらされているのですよ。

 これからシナクさんの写本を迷宮に届けにいくところです」

「迷宮?

 あんなところに、おれの写本が需要あんの?」

「需要あるもなにも、売店で売り出そうというはなしも出ているくらいですが」

「ああ。

 そういや、さっきの書類にそんなこと書いてあった気がしたな」

「でも、今回、写本を届けるのは、迷宮内の宿舎にいる、死んでいるはずの冒険者の方にです」

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