41.ししゃのふっき。
夜、羊蹄亭。
「で、結局、やつらを見つけられたのが最後の六本目の、そのさらに奥でさ……。
やつら、すっかり方向を見失って、同じ場所をいったり来たりしていたみたいだね」
「それはそれは。
シナクさんは例によって、たった一日で、貴重な体験をしてきたわけですね」
「なんだよ。
その、例によって、ってのは……」
「でもその、もう一人のリンナさんっていう人が気になるね!」
「ああ。
おれがみたところ、ずいぶん痩せて汚れていたけど、ありゃあ、確かに魔法剣のリンナさんだった。
まあ、彼女が目をさませば、ロストした方の発見者であるおまえたちに、真っ先に知らせが来るだろうさ」
「そう……なるでしょうね。
彼女、ほかに係累がいないそうですし……」
「そういや、リンナさんの装備って……おまえたちが貰い受けたんだったよな?
それって、もう処分しちまったの?」
「彼女の装備は特殊なものが多かったからね!
まだこの鞄の奥にしまったままだよ!」
「なら……おそらく、ロストした方のとは別人……ではあるんだろうが、できれば、そのままあのリンナさんに返してやってほしいな」
「そうですね。
こちらのリンナさんの賞金もろとも、今生きているリンナさんにお返しすることにしましょう。
さいわい、ぼくら夫婦も窮状にあえいでいるというわけでもありませんし……」
「それがいいと思うね!
そんなに衰弱しているようだと、何日間かは仕事に出られないだろうし!」
「しかし……一年前にモンスターの大量発生があって、ぼくら夫婦がロストした世界……ですか……」
「おれはそのとき、まだここには来ていなかったけど……」
「一年前……冒険者の数も、いまよりずっと少なかった。
その時点で大量発生があったら、ひとたまりもなかったはず。
そのリンナが詳しくはなす余裕がなかっただけで、ロストした冒険者は多かった……いや、ほとんど冒険者が、早々にロストしていたものと予想される」
「最近の大量発生でも……もしもシナクさんがいなかったとしたら、実に危ないところだったと思うんですがね……」
「そうだね!
まったく、レニーくんのいうとおりだね!」
「んな、辛気くさいことをいつまでも考え続けてもしかたがねえ。
あとはまあ、あのリンナさんが目をさましてから、じっくりおはなしを聞いてみるさ」
「そうですね。
今の時点でわれわれがこうしてはなしても、せんなきことではありますね。
ところでシナクさん。
捜索活動の指揮も、なかなか堂に入ったものだったそうで……」
「あんなん、あれだけの人数が一度に使えれば、誰だって似たようなことができるだろう。
捜索する範囲はかなり限定されていたわけだし、別段、特別なことをやったわけではないぞ」
「ですが、ギルドの評価はまた別にみたいでして……」
「ああ。
また、例の、教本ってやつだろ?
おれの指示を一から十まで聞いていた新人さんがあれだけいるんだから、あとは彼らから細かいことを聞き出して勝手に作ってくれって、ギルドの方にはいっておいた」
「それはいいんですが、これまでのはなしを聞いていますと、シナクさんが他人になにかを教えるときに共通していることがありますね」
「……例えば?」
「ええっと、ですね。
まず、作業に携わる人の能力を過信しない。誰でもできるレベルまで作業を細かく分解して、実行させる。決して、無理はさせない。可能な限り、リスクを避ける。あるいは、分散する。
いってみれば、これらは……弱者がせいぜい工夫を凝らして、強者を征するための方法です」
「んなの、当たり前のことじゃないか。
物事をうまく進めたかったら、そうするのが当然なんじゃないか?」
「それを当然だと思えない人の方が多いのが、問題なんですが……。
例えば、今回の捜索活動に参加した新人さんたちは、背後に大勢の仲間がいるうえ、シナクさんという強大な後ろ盾を持った状態で、安心して、本来なら自分レベルでは手に負えないようなモンスターを軽々と相手にしてひけを取らなかったわけです。
今の時点での未踏地区に出没するモンスターでしたら、たとえ、今回のように多少高性能な武器を持たされていたとしても、とてもではないですが、ほとんど経験のない新人さんの手に負えるものではありません。
偶発的な出来事が重なった結果とはいえ、シナクさんは彼らに強大な自信を植えつけたことになります」
「本当、たまたまそうなった、ってことだよな、それ」
「シナクさんならそう認識なさるだろうとは思っていましたが……ぼくは、彼ら、シナクさんの薫陶を得た新人さんたちが本格的に活動しはじめたら、迷宮もギルドも、かなり様相を異にするのではないかと予想しています。
いっそ、空恐ろしいくらいですね。
知ってますか、シナクさん。
過去、シナクさんがチェックして、より簡単な文言に書き換えた教本……の、元になった、口述筆記の草稿を、わざわざギルドにまで出向いて交渉して、閲覧をお願いしている中堅の冒険者が、少なからず出てきているそうです。
少々、遅すぎるきらいはありますが……彼らもようやく、シナクさんが持つノウハウの方に興味を示しはじめたようですね」
「まあ……そいつが実際にどれだけ参考になるのかは、おれの知ったこっちゃないがね。
それでうまくいくんなら、別にいいんじゃね?」
「ぼくはねえ、シナクさん。
シナクさんが無欲な方で、本当によかったと思っていますよ。
シナクさんのためにも、周囲の人々のためにも」
「おいおい。
このおれが、そんなにご大層なもんかよ」
ばたん。
「すいません、こちらに……。
あっ。
みなさん、お揃いで!
リンナさんが、目をさましました!」
迷宮内、女性用宿舎。
「これが……こちらの拙者の……」
「ええ。
遺品になります」
「確かに、これは拙者の……しかし、細かい傷が違う……。
少々異なるのに、同じとは……また、奇妙な。
ほれ。
同じ剣が、二振り。
本来はこれらも、まったく同じ品であったのであろうな……」
「あの……まだ、お体の具合がよろしくないので、あまり興奮なさらないように……」
「心配は無用。
これしきのことでとりみだすほど、拙者はやわにできてはおらん。
しかし……そうか。
こちらの拙者は、ロストしていたのか。
ふふ。
奇妙なものだな。
もう一人の自分を悼むというのも……。
それから……レニー。
コニス。
ルリーカ……。
奇妙な冒険者よ。
あのとき、拙者の顔をみて泣き出したおぬしを、拙者はいぶかしく思ったものだが……。
確かに、もう二度とまみえられぬはずの顔と、実際に対面すると……これは……。
なかなかに、来るものが、あるのう……。
拙者も、こうして生を拾ったからには、このもう一つの世界で居場所を確保していかねばならぬのだが……。
いかんせん、ふふ。
安堵して気が抜けたのか、この体が、いうことをきいてはくれなくてのう」
「まずは、気長に養生につとめてください。
今後のことは、体力を回復してからにしましょう」
「どうやら、そうするより他に、術がないようじゃ。
拙者とて、養生すること自体に異存はないのだが……その間に、こちらのことをより詳しく知っておきたい」
「それでは……ギルドの資料を、お貸しします」
「ほう。
こちらでは、ギリスも健在か。
あちらのギリスは、もっとはかない印象があったものだが……こちらのギリスは、ずいぶんと堂々とした物腰であるな」
「おそれいります。
現在のギルドは、一人でも多くの優秀な冒険者を必要としています。どのような形であろうとも、魔法剣のリンナさんの復帰を歓迎いたします」