39.そうぐう。
「だな。
それが一番、手っ取り早い」
「フェリスどの、ごめん」
「な……なにをするのですか!
こんなに不安定な体勢で……こんなに早く走ったりしたら……。
怖い怖い怖い……」
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
「モンスターとの遭遇率が高いことをのぞけば、快調快調。
ここまで快調だと、この先なんかとんでもないことが起きそうで、なんか不安になってくるな。
あの二人、体術の宗家の娘さんと元暗殺者、だっけ? 剣聖様とこのメイドさんの中でも俊足だってはなしだけど、あの二人だけならともかく、あのお荷物もいっしょに連れていたんじゃあ、いくらなんでも追いつけやしないだろう。
と。
七百六十八歩目で、初の分岐に遭遇。
んーと、全部で、六又……か。
ここまで、体感できる傾斜もなし、道もまっすぐ……と。
書き物、終了。
さぁて、端から順番に潰してくかな、っと……」
「こ、これは……」
「六又路……だと?」
「どこぞに、光など漏れてはないか!」
「無念。
かなり先行されているらしく、どこにも……」
「となると……」
「ああ。
シナクどのがどの道に進んだのかは……皆目見当がつかん」
「これ以降は、完全に運任せ、か……」
「ここは……」
「ああ……」
「「ひとつ、フェリスどのの判断に従うということで……」」
「なんでこういうときだけ、人をあてにしますかー!」
シュンッ!
「……お?」
カン!
「みえない、斬撃?
例の術式と同じタイプ……か?
いや、でも……ギルドのはなしだと、今日、こっち方面に向かっている冒険者はいないってはなしだし……。
無登録の人だって、こんなに奥まで迷い込んでくる人はいないと思うし……。
ひょっとして……モンスター? 魔法を使うモンスター? いるのか? いや、今まで存在が知られていなかったというだけか。なにしろ、異なる世界に繋がることがある迷宮だ。
どんな可能性だって、完全に否定されるまでは、捨てないでおいた方がいい。
それよりも、重要なのは……」
シュバン!
カン!
「……防がれたか。
相手が、警告なしにこっちに斬りつけてきた、という事実だ。
一応、声をかけてみるか……。
おーい!
誰かいるのかー!
こちらは、ギルド所属の冒険者、シナクだ!
言葉が通じる存在なら、何らかの返答を乞う!」
「冒険者だと!
笑わせるな!」
「……遠いな。
本当に冒険者だ!
少なくとも人間相手に、無闇に敵対する意志はない!」
「ふざけるな!
そのような戯けた格好をした冒険者など、いるものか!
拙者、これでも多くの冒険者と昵懇の仲であるが、貴殿のような奇妙な風体の者はとんと存ぜぬ!
なんだ、その、のっぺりとした半球状の、悪趣味な色合いをした兜は!」
「こいつが悪趣味だってことは同意しますがね!
これでも性能は折り紙つきなんだ!」
シュン!
「……うぉっ!
ちょっとあんた!
いくらなんでも、はなしている最中に不意打ちはないでしょっ!」
「うむ。
兜の性能がよいことは、確かなようだな。
どうやら、対魔法防御の処理も、施してあるとみえる……」
「あ、あんた……それを確かめるために、不意打ち……。
いくらなんでも卑怯すぎるだろう!
この兜がなかったら、おれの頭消えてるぞ!」
「黙れ、小童っ!
相手の正体も定かでないこの時点で、みすみす油断をしている方が悪い!」
「だーかーらー!
さっきから、おれは冒険者だっていっているでしょっ!」
「だーかーらー!
お主のような奇態な冒険者は知らぬと申しておる!」
「ってことは、あなたも冒険者なんですね!」
「おうよ。
魔法剣のリンナ!
これでも、ちょいとは名が知られた冒険者よ!」
「……え?」
「どうした?
拙者の名を聞いて怖じ気ついたか、小童!」
「い、いや……そうでは、なく。
リンナさん、って……確か、ロストしたって聞いていたから……。
でも、この声と、傲岸不遜な態度……。
いわれてみれば、魔法剣のリンナさんに似てはいる……」
「この拙者が、ロストしただと?
誰だ、そのような縁起の悪いデマを流したのは!」
「レニーとコニスの夫婦が遺品を見つけて、ギルドが検分、リンナさんの遺品であると認めました!」
「レニーとコニスだと?
その二人なら、それこそ一年以上も前にロストしている!
モンスターが大量発生したあのとき、犠牲になっているではないか!
小童、おぬしのいうことは支離滅裂であるぞ!
人を騙そうとするのなら、もう少し辻褄をあわせおくべきであるな!」
「そんな嘘をいって、おれになんのメリットがありますか!
不意打ちをしたのはあなたであって、おれじゃあない!
おれは防戦につとめているだけで、あなたに害意を向けてはいない!」
「……む。
確かに、そうであるな」
「冷静なはなしあいを求めます!
せめて、姿をみせてください!」
「ふ。
どこまでも小癪なやつ。
だが、この場で平静を保ち続ける胆力は気に入った。
特別にこの姿、拝ませてやることとしよう」
「ああ……。
その姿、確かに……リンナさんの……」
「……小童……。
なぜ、泣いておるのか?」
「てっきりロストしたと思った仲間と思いがけず再会すれば、涙のひとつも流れようというもんです……。
これまで、よくぞ、ご無事で……」
「感傷に浸っているところ、すまぬのだがな、小童。
拙者、本当におぬしのような冒険者に心当たりがないのだ。
おぬしのような特徴のある外観を持つ者なら、一度会えば忘れようとしても忘れられないと思うのだが……」
「ええ。
こちらも、リンナさんとのおはなしの中で、少々合点がいかない部分があります。
お互い、落ち着いて話し合う必要があるのではありませんか?」
「ふん。
とどめなくあふれるモンスターに蹂躙されるこの世界で、いったいどこに落ち着いてはなせるような場所があろうか」
「そこです。
こちらでは、モンスターは迷宮からあふれでてはおりません」
「……なに?
こちら……とは、どういうことじゃ?」
「どうやら、こちらのリンナさんは……おはなしから察するに、われわれが知るリンナさんとは、微妙に違う経験を経た方のようで……」
「回りくどい物言いは好かん!
もっとわかりやすく説明せい!」
「では、一度、おれと一緒に外に出てみればいい。
迷宮の外に出れば、ここがリンナさんがいた場所ではないことが、いやでも理解できるでしょう」
「外に!
迷宮の外に出られるのか!」
「転移陣まで少し歩きますが、そこから迷宮の出口までひとっとびです」
「小童、おぬし……拙者をたばかっておるのではあるまいな!」
「ですから、そんなことをしても、おれにはなんの得にはなりません」
「む。
では……おぬしは、本当に、拙者と敵対する意志はないのだな?」
「ありません」
「そ、そうか……」
どさ。
「そう、確信を持てるとな……はは。
一気に、腰の力がぬけた。
なにせ、ここ数日、まともなものを食べておらん……」
「……食料と水、いくらか携帯していますけど……」
「ああ。
いただけると、ありがたい」
「……ごっ」
「ああ、ああ。
そんなに慌てなくとも、誰も取り上げやしませんよ。
しかし、昼を食べる前でよかった。あとは塩辛い保存食しか持ってないから……」
「すまぬな。
食料を躊躇なく差し出されて、ここが別世界であることに、ようやく合点がいった」