38. ふつうのおしごと。
どさ。
「……今日も、へんな一日だった。最近、こんなんばっかだな……。
迷宮の中に潜って適当にやっていればそれで済んだあの日々が、懐かしい……」
どさ。
「なにをぼやいているのだ、抱き枕」
「なんだ、全裸か」
「今夜も一緒に寝にやってきてやったぞ」
「自分の都合で来ているのを、そうやって押しつけがましくいってくるの、やめろよな。
おれは、あんたと違って一人でも寝られるんだから。むしろ、一人の方が快適に……ふぁ。
駄目だ。
今夜は、眠気が……相手をしてやれなくて、済まないが……。
すぅ」
「寝たか。
……やっぱり、人肌は、恋しいよな。
脱がすか」
翌朝。
「……また、起きたら全裸になってるし……。
しかも、こいつ……がっしりと腕を回してきやがって……。
本当に寝ているんだろうな? 起きて力、いれていないよな……。
よっ。よっ。よっ!
……ふぅ。
ようやく、抜け出せた。
さて、支度をして……今日も、出勤出勤」
ばたん。
「おや、シナクさん、おはよう。
今朝は、朝ご飯、食べていくのかい?」
「ああ、おばさん、おはよう。
ご飯、いただきます。
あと、例のがおれの部屋で寝ているから、あんまり遅くまで居座るようだったら、部屋の掃除はしなくてもいいや」
「おやまあ、そうかい。
いつも仲がいいねえ」
「そんなんじゃないんだけどね。
かといって、どんなんだというと、詳しく説明するのが難しいんだが……」
「はいよ、朝ご飯。
悪いけど、席が満杯で順番待ちになっているから、手早くお願いするね」
「はいはい。
お店が繁盛しているのは、いいことですよ。はい」
「なんだかねえ。
いつもならこの時期になると、がくっと客足が落ちるもんなんだけど、やっぱり例の迷宮のおかげかねえ。
今年はちっともそんな様子がなくて……」
「さて、と。
それでは、シチューと黒パンとホットミルク、さっさと平らげますかね」
「あっ。シナクさん。今日の分のお弁当、ここに置いておくね」
「はいよ。
いつもありがとうね、おばさん」
ばたん。
「……うっ。さむ。
地元組がいうことには、寒さなんかまだまだこれからが本番だっていうしな……。
雪だって、まだまだ積もるっていうし……防寒具やなんかも、買い足しておかなけりゃなあな……」
ざっ。ざっ。ざっ。
「……うーん。
迷宮方向に歩く人の数が、目に見えて増えているな。しかも、例の売店で売っている、真新しい作業服着ている人が、多い。
これ全部、新人さんや冒険者志望の人たちなのか?
一日数十人とかの勢いで増えているっていうから、これくらいにはなるのか。
でも彼ら、宿とかはどうしているんだろうな?
おれがこの町についた時点でも、手頃な値段の宿はおおかたふさがっていた気がするんだが……」
「ギルドが紹介したお家に分散して下宿させてもらったり、廃屋や倉庫を借りて手を入れてそこに泊まってもらったり、いろいろです」
「おお、昨日のフェリスか。おはよう」
「おはようございます、シナクさん。
それでも、もう、寝泊まりできる場所が圧倒的に不足しているので、今後は迷宮内の交通量の少ない通路に手を入れて寝床をしつらえて、そこに寝てもらうようになるとのことです。
これからの時期に、まさか野宿していただくわけにはいきませんし……」
「宿……そんなに、不足してきているのか」
「宿以外の不動産も、もうほとんどふさがっている状態ですね。もともと、小さな町ですし、雪がつもるこれからの時期に新しい建物を造るのは難しいしで、他に選択肢がない状態です。
せめて迷宮前の便利がいい場所に、病院くらいを建造したかったところですが……」
「と、ギリスさんがいっていたわけね」
「はい。
フェリス、ギルドで働き出してまだ日が浅いから、昔のことはよく知らないのです」
「あっ。そ。
あー。
今日こそは、まっとうな探索仕事したいなー。
昨日みたいな変則的な仕事は、もう、しばらくはいいや」
「その点は、大丈夫ですよ。
昨日聞いた予定では、シナクさんは、これからしばらく、普段どおりのお仕事をしていただくことになっています」
「おお、そりゃいいや!」
迷宮内仮設管制所。
「……って、さっき、聞いたばかりなんですけどね……」
「もちろん、シナクさんにはこれからいつも通りのお仕事をしていただきます。また、そうでなくては、意味がありません」
「……こいつらを、お供に連れて?」
「連れている、ということも、意識しないで結構です」
「でも……おれがいつもの調子でいくと……だいたいの人は、振り切っちゃうんだけど……」
「彼女たちは、追いつける自信があると申してます」
「それは結構なこととは思うけど……ん、じゃあさ。
仮におれの移動速度が、彼女たちの想定した以上で、故意にではないにせよ振り払っちゃったとしても……」
「それはそれで、しかたがないですね。
ギルド側の見積もりが甘かったということで、シナクさんに非はないものと判断します」
「……ひょっとして、彼女たちの強い希望だったりする(ぼそっ)」
「その問いお答えできませんが、ギルドにも逆らいたくはない意向というものが存在します(ぼそっ)」
「はいはい。剣聖様ね(ぼそっ)」
「そこ! なにこそこそ内緒話しているのですか!」
「あー、もう。
無意味に偉そうな態度だな、このお子さまは。まあ、ついてこれるっていうんなら、勝手に付いてくるさ」
ひゅん。
「あっ! はやく、あとを!」
「「はっ!」」
「んー。
今日は、この転移陣の先にある、未踏地域ねー」
しゅん。
「んん。
この陣から先には、誰もいってない、と。
ちゃんと床に標識が書いてら。
親切なことで……」
ひゅん。
しゅん。
「あっ! もう姿が見えない!」
「どのみち、いくべき方向はこっちしかありません」
「しゃべるより、はやくあとを……」
「……んー……。
例のお札の火の鳥、おれの全力疾走でも余裕で先行してくれるなあ。
ランタンや火矢を使う必要がなくなるし、便利便利。
お。
さっそくモンスターが……」
ずしゃ。
「おお。
手に入れたばかりの曲刀も絶好調。一撃でいけたぜ。視界に入ったと同時に一振りして終わり。
なんて効率的!」
「フェリスどの。
ここに、モンスターの死骸が。
まだ倒されたばかりなのか、体温が残っております」
「一刀のもとに倒していますね。見事な太刀筋です。
あと、これは……シナクどのの認識票が置いてあります」
「そんなことより、はやくあとを!」
「よしっ。
転移陣からここまで五百歩。ほぼ一本道。
ざっと地図を描いて……。
さっ。先に行こう」
ずしゃ。
ずしゃ。
ずしゃ。
「……うーん。
いつもよりも、エンカウント率が高いなあ。
いつぞやの、虫三昧のとき並に遭遇しているし。
それでも、相手のアウトレンジから一方的に攻撃できるってのは、有利なんてもんじゃない」
「なっ……この数を……たった一人で……」
「すべて一撃で……。
いや、あの大量発生時のことを考えると、この程度は軽々やってのけるか……」
「そんなことより、いつになったらシナクさんに追いつけるのですか?」
「……現状、速度に関しては、われらよりも、フェリスどのの足がネックになっているのでありますが……」
「ギルドに依頼されたのは、フェリスどのの身辺警護のみだが……」
「このまま、一度も追いつけぬままというのも業腹だ」
「そうさな。
しかたがない。フェリスどのの身柄を交代で運ぶことにしよう」