36.きぼりんとふぇりす。
「呼び名は個体識別に必要だけど、変にひねる必要はない。まんまの方がおぼえやすい」
「ルリーカらしいといえばルリーカらしいか……。
で、どうだ? きぼりんさんよ。
はじめて人里にでてきた感想は?」
「とはいえまだこのお店とルリーカ様のお屋敷を往復するていどであまりあちこちみまわっているわけではございませんその現時点での所感をもうしのべてみますとヒトというのは思った以上にバリエーションがあるものだなあというのが一番強く印象に残っております大きさ体型肌や目や髪のいろえとせとらこれだけのヒトとすれ違って同一形状のものに一度もであったことがないというこの奇跡」
「……いや、それが普通だから。
おれたちは、お前ら人造物とは根本的に違うから」
「そういうものなのでございますか?」
「そういうものなのでございます。
肝心の、魔法のお勉強はどうなった? きぼりんは、もともとそのためにここにいるわけだろ?」
「本日つつがなくルリーカ様のお屋敷にあった蔵書五万八千六十七冊読破した次第です」
「そのお祝いに、つれてきた」
「そいつはすごいな。
おれも酒の一杯くらいおごりたいところだけど……きぼりん、お前、飲食できないだろ?」
「はいそしてそれがなにか?」
「あー。いや、なんでもない。肝心なのは気持ちだよな。うん」
「シ、シナクさん……こ、この方は、呪いのアイテムかなにか……」
「ん? ああ、なにも聞いてないのか。
確か、塔の魔女とギルドが契約して連れてきたんだけど……」
「あっ。
塔の魔女の使い魔をルリーカさんの助手にするとかいう、あのおはなしですか?」
「こいつが使い魔かどうかは知らないし、ルリーカの助手というよりは魔法の知識を得た労働力だと思うけど……まあ、そんなもん……なのかな?」
「わたくしは使い魔とは微妙に異なる存在であると自認しております使い魔とは特定の労務に携わることを目的とした存在ご主人様はわたくしを被造物としてどこまでヒトに近づけるものなのか確認するための制作したと常々そう申しておりますわたくしが塔の家事全般を負担しておりますのはあくまで自主的な判断によるものでご命令を受けてしていたわけではありません今回のご命令によりわたくしがこの場にいることに関しましてもご主人様はまずわたくしの意向をおたずねになりましたしまた契約に関してもご主人様とギルドではなくわたくしとギルドの間に結ぶという形を整えてくださいましたご主人様は常にわたくしの思考や判断を精査しわたくしがどこまで育てるのか子細に観察しているのでございます以上の事情にかんがみわたくしはご主人様の使い魔というよりはやはり被造物であり実験体であると結論する次第でございます」
「と、いっているが……理解できた?
おれは面倒になってきたんで半分聞き流したけど」
「ええ、よく理解できました」
「理解できたのかよ、今ので!」
「これでも、ギルドのホープですから」
「うわっ。ドヤ顔」
「しかし、するとこの呪いのアイテムさん、魔法が使えるわけですか?」
「わたくしにそのような機能は実装されていませんそれからわたくしのことは親しみをこめてきぼりんとお呼びください」
「現在、迷宮内には、かなり濃い魔力が偏在している。
それを利用することによって、術式についての正しい知識がありさえすれば、迷宮内でなら誰もが魔法の恩恵にあずかれるようになっている。
すでにいくつかのアイテムや武器に特殊効果を付加するタイプの術式が商品として実用化され、迷宮内で使用されている」
「それ、本当ですか!」
「本当。
実際、迷宮内でその手の術式、もうバンバン使われているし。
ってか……きみ、今までそのこと知らなかったの?」
「わたくしは、ずっと内勤でしたので……迷宮の動向にはくらく……。
すると、今、迷宮の中でなら……魔法の原理を学びさえすれば、魔法が使えるということなのですね?」
「ええっと……確か、そういうことなんだよな? ルリーカ?」
「そう。可能」
「ルリーカさん!
是非このフェニスに魔法を教えてください!
こうみえても記憶力と学習能力には自信があります!」
「あっ。
この子、フェニスちゃんっていうんだ」
「知識の伝播は可能。しかし、歓迎はしない」
「なぜですか! この呪いのアイテムには教えてなぜこのフェニスには教えてくれないのですか!」
「わたくしのことはどうかきぼりんとお呼びください」
「魔法の知識はただではない。本来なら門外不出。正式に弟子入りした者でないと閲覧することさえ許されない。
きぼりんの場合は、こちらから頼んだ事情があるから例外」
「では、フェリス、これからルリーカさんに弟子入りします!」
「フェリスには素養がない。体内に魔力をためる回路がない。知識だけを学んでも魔法を使えるようにはならない。
よって、弟子としては不適格」
「それよりも、きみ。
今、ギルドで働いているわけだろ?
ギルドの仕事と魔法使いの弟子、両立するのは、現実問題として無理なんじゃないか?」
「ううー。
みなさんが、フェリスのこといじめるー」
「いやいや。
これ、ぜんぜんいじめじゃないだろ?」
「抱き枕様ヒトとはたいそう滑稽でおもしろいものなのでございますね」
「同感だが、お前に指摘されると無性にむかつくな、きぼりん」
「フェリス、絶対にあきらめません!
この世のあらゆる知識はこのフェリスが修めるために存在するのです!」
「……うーん……。
魔法に限らず、他の知識でいいんなら……近場にいくらでもいい先生になりそうなやつがゴロゴロいるんだけどなぁ」
「いい加減なことをいわないでください、シナクさん。
こんな辺境にそんな知識人がごろごろいてたまるもんですか!」
「ひでえいいよう。
んじゃあ、思いつくかぎり片っ端からあげていくと……まず最初はやはりリリス博士だな。帝国の大学の偉い先生で、言語学では権威なんだそうだ。迷宮内でみつかった地の民との交渉と研究のため、まだしばらくこの土地に滞在すると思う。
それ以外にも、博物学をかじっているとかで位がなところで博識なキャヌさんとか、迷宮内の複雑な物流をほとんど一人で仕切っているマルガさんなんかも、特殊な才能の持ち主だと思う。一度経路図見せてもらったことがあるけど、ありゃ、複雑怪奇なパズルだ。この二人はきみと同僚であるギルド職員な。あと、ギルド事務方トップのギリスさんは知ってのとおり、王国大学出の才媛で、ここにいるコニスも、こと商売に関することについてはかなり難しい言葉も知っているし、コニスのツレのレニーは元貴族でそれなりの教養がある。
なんらかの理由で身を持ち崩した教養人ってのは、他にもさがせば意外にいるのかもしれないな。冒険者とかにもさ」
「シナクさんはどうです?」
「おれ?
おれはあれ、見ての通り、山だしの田舎者だよ。
自分の体一つでようやくなんとか稼いでいる一冒険者さ」
「シナクくんの収入でなんとか稼いでるって、それ、聞く人が聞けば嫌味でしかないよ!」
「まあ、それはそれとして、おれに学がないことは確かだな。本人が保証する」
「昼間のことを思い返してみても、頭の回転はそれなりに良さそうなんですけどね。意外なことに」
「意外なことに、というのは余計だ」
「だって、戦果だけをみたら、シナクさん、絶対オーガみたいなごつい大男だと思いますよ」
「ったく、口の減らないお子さまだな」
「それはともく、帝国のリリス博士にいきなり接触するのは恐れ多い気がしますが、ほかの人たちは記憶しておきましょう。それであとで接触して、学ぶべきところがあるのかどうか、判断することにします」