34.りようかち。
こんこん。
「すいません。
シナクさん、ちょっと、お時間の方、よろしいでしょうか?」
「いいの?」
「こちらの用件は今のですべて終了しました。
あとはシナクさんのご自由にしてもらって結構です。この部屋もしばらく使用する予定はありません。
それでは、わたくしはこれで失礼します」
「あ、ご苦労様。
はい、どうぞ。
今度は誰が、なんの用なのかなぁー」
「ええっと……武術師範をしていた方々が、今後の方針についてシナクさんにご相談をしたいと、こちらに来ていらっしゃるんですけど……。
通しても、よろしいですか?」
「ああ、はいはい。
さっきのあれね。
どうぞ、入ってもらってください」
ぞろぞろぞろ。
「あー、おおぜいで、また……。
あっ。
さっきの……ジェニさん、だったけ? 目とか喉とか、もう大丈夫?」
「はっ。
まだヒリヒリしておりますすが……何度も洗い流して、どうにか我慢できるていどには回復いたしました」
「そりゃあ、よかった。
ねらいをはずすことも考えて、六人がかりで一斉に何発も当てちゃったからなあ。
使用したことがない品で加減がわからなかったこともあるし、正直、あれをやった後、ちょっとやりすぎちゃったかなーって反省していたところもあります。
さっきのあれ……相当に苦しかったでしょう?」
「はっ。正直に申しますと、その、大変な苦痛でありました。もう二度と、経験したくはありません。
それもこれもみずからの慢心が招いた事態と、自戒するところであります」
「それで、さっき案内の人がいっていたけど、なんかおれに相談があるとかで……」
「先ほどの件で、自分たちが想定していた教練が、どうも、おおきく方向性をはずしていたことに、われわれも気づいたわけですが……」
「かといって、みなで相談してみても、これといった妙案を思いつくわけでもなく……」
「それで、恥を忍んで、こうしてシナクどのに教えを乞いに来た次第であります」
「今さら、こうしてご意見を聞きにこれた義理でもないのですが……われわれもギルドに師範を任された身」
「個人的な恥辱よりも、責任を果たして仕事を全うすることを選択いたしました」
「せめても……シナクどのがわれらの立場なら、どのようなことを彼らに教えるのか……大ざっぱな方針だけも、お教えしていただきたく……」
「ああ、はいはい。
頭なんか下げないでいいから、みんな、お顔をあげて。
まあ、実をいうと、みなさんの方法も、あれでまったくの間違いではないんだよなあ」
「ただし……この場においては、圧倒的に間に合わない」
「そうそう。
あのときもいった、成果がでるまでの時間の問題ね。こいつが、まず、第一。
それ以外の問題点として、あの内容は、あまりにも個人の戦力向上に重きを置きすぎている、ということ」
「は、はあ……」
「うん。
みなさん、ピンと来ないって顔しているね。
えー、おれなんかはもっぱらソロで潜るっているけど、迷宮内での行動は、基本、数名のパーティで行うわけだ。
ここまでは、了解できる?」
「ええ。
そのように聞いていますし、知識としても、知ってはいます」
「だから、一人一人が微力であっても、パーティ全体でみればそれなりの戦力になっていさいすれば、実質的にはそれでかまわないってわけ」
「集団戦を想定した訓練、ということですか?」
「とはいえ、人数や規模が違うから、軍隊のそれともまた勝手が違うんだよなあ……。
レニーあたりなら、このへんのことはちゃっちゃと処理できちゃうんだけど……あいつ、人を使うのうまいから。
うーん。
まずは、リスク管理のはなしからはじめようか?
数名以内の小グループの場合、たった一人が負傷して動けなくなっただけでも、それだけでパーティ全体の戦力が何割もそがれてしまうことになる。つまり、たった一人の負傷が原因でパーティが一挙に瓦解、全滅してしまう危険性を、常に含んでいるわけだ。
みなさんは、誰か、あるいは自分が負傷したときの対策を、彼ら新人さんたちに教えたことはありますか?」
「……残念ながら、負けたときの心得などは、いっこうに……」
「なるほど。
では、今後、相応のダメージをうけたとき、いかに瓦解せずに切り抜けられるか……ということを想定した上で有効な対処法をみなさんで考えて、それを彼らに教えてみてください。
負傷しようが泥を啜ることになろうが、とにかく生還してくることが、迷宮での強さの証明です。
一度でも負けたらそれでおしまい……みたいな、さっぱりあっさりした世界ではありません。生還しさえすれば、その経験が次回以降に生かせます。再起したときは、以前より確実に強くなっています。
問答無用に敵をたたき伏せる方法ではなく、何度負けてもその都度逃げおおせ、最後の最後にはこちらが勝つ。
みなさんが教えるのは、そのための方法です。それが、冒険者の戦い方ってもんです。
おそらく、個人の武勇を尊ぶみなさんの価値観からすれば、おおいに違和感をもつところでしょう」
「お話をお聞きしまして……だんだん、何かが掴めてきたような気がします」
「つまり、この場合、重要なのは……いざというとき、よりダメージを少なくして、その場からうまく逃げおおせる方法、というわけですね?」
「ええ。
様々な事態を想定した上でのうまい危機の切り抜け方。
これを、みなさんへ宿題その一にしておきましょう。みなさんで頭振り絞っていい方法を考えて、新人さんたちにお教えしてあげてください。責任重大ですよ。みなさんが間違ったことを教えれば、それは、今後の生還率に直接響いてくる。
次に、これと負けず劣らず重要なのが、うまく危機を回避する方法、具体的にいうと、効率的効果的な索敵方法ということになるわけですが……」
中略。
「……とまあ、おれが今の時点でみなさんにいえることは、こんなところでしょうか?
気づいたら、ずいぶんとまあ、長々と話し込んじゃったなあ。
みなさんも、さぞかしお疲れになったことでしょう。この場は、そろそろお開きということで……」
「「「「「「……シナクどの!」」」」」」
「およ?
どしたの?
一斉に頭なんか下げて……」
「われら全員、大いなる心得違いをしておりました!」
「現場を知らずして、なんのための教練か!」
「まことにまことに、汗顔の至り!」
「「「「「「われら、これより迷宮に赴き、実戦がいかなるものか、肌で学んでくる所存!
シナクどののお教えがどこまで通用するものか、この身で確かめてまいります!」」」」」」
「あー、そんなん、別に明日からでも……って、いっちゃったよ、おい……。
なんとも、熱苦しい子たちだなあ……。
あの子たち、冒険者登録とか、もう済んでいるんだろうか?」
「すでに完了しています」
「……さっきの事務員さん。
なにしてんの?
そんな、パーテーションにひっついて」
「さきほどのシナクさんのおはなしを、口述筆記しておりました。
こういう流れになったらそうしなさいと、あらかじめ指示を受けていたので……」
「ああ……それは、その……ギリスさんが、そうしろと?」
「はい。
今日一日は、シナクさんにくっついて離れず、その言動を漏らさず受け止めて、必要と感じれば記録にとりなさい、と」
「だいたいのところ……読まれていたのね」