33.すりーえす。
「ということで、これが試作品の冒険者カードになります」
「薄い、金属片か。
表面に、いろいろな文字が浮き彫りになっているな。
なになに。
シナク。男性。二十歳前後。身長、低め。体重、軽め。きわめて俊敏。その他、目立つ特徴、尖り耳……。
なに、これ?」
「みてのとおり、これから冒険者ひとりひとりに配布されるものです。文字を浮き彫りにしているのは、偽造をしにくくするため。
その下半分の空白部分に、適正ランクが記載されていくことになります。
登録冒険者の人数が増えてきたことにより、ギルド側が個々の冒険者を識別することを容易にするため、という省力化効果も狙っていますが、一番の目的はこれから導入される予定の適性ランクを記載して、冒険者一人一人に携帯してもらうためのものです」
「適性ランクのはなしは、前にも聞いたな。
そのときは事務処理が大変そうだ、って思ったけど……」
「まったくもって、その通り。
今、現在、適性ランク制度を担当している人たちは、修羅場の真っ最中でございます。
いっそうのこと、魔法の水晶玉かなにかに手をかざしてムニャムニャわけのわからない呪文を唱えれば、自動的にその人に関することがらがすべてそのカードにざーっと記載されてしまう、そんな便利な魔法がないかなー……などという冗談が現場で飛び交うほどに悲惨です」
「でも、そんなピンポイントな魔法、ありゃしないんだろ?」
「残念なことに、ないそうですね。
そんなピンポイントな魔法は」
「で……おれに、なにをしろと?」
「あやまれ!
真面目に集計作業をしている事務員にあやまれ!」
「い、いきなり、どうした……」
「大変、失礼いたしました。
実はわたくし、ここ数日、その、冒険者データを集計してランクを算出する作業に従事していたのですが……」
「ああ。きみも、やっていたのね……」
「ふざけてます!」
「なにが?」
「あなたですよ。あなた!
シナクさん、あなたは存在自体が、非常にふざけています!
詳しく集計すればするほど、ふざけてます!」
「……い、いや。
いきなり、そんなことをいわれてもな……」
「一例をあげます。
過日、迷宮内に大量のモンスターが発生したおり、シナクさん、あなたは一日で膨大な数のモンスターに手傷を負わせました。その総数は、ご存じですか?」
「……ええーっとぉ……。
たくさん?」
「シナクさんの手によるもと、と、現在確定しているものだけでも、千二百体をこえるそうです。
では、次の質問です。
ギルド所属の冒険者が一日で倒すモンスターの平均数は、どれくらいになるでしょうか?」
「平均?
おれだって、まったく遭遇しないこともあるし……それに、パーティとソロの扱いをどうするかで数値は変わってくると思うけど……」
「あまり厳密に考えないでください。
どのみち、ソロで迷宮にはいるほど酔狂な人とは、シナクさんを含めても数えるほどしかいません」
「うーん……。
だいたい、十体前後?」
「あまり考えず、適当にいってるでしょ?
……いいですけど。
正確にいうと、一人当たりの一日平均モンスター討伐数は五.三体になります。
では、第三の質問。
あの大量発生の日、シナクさん、あなたは、いったい一人で平均的な冒険者、何人分の働きをしたことになるでしょうか?
この場合、とどめをささなかった、とか、そんな言い逃れはなしでお願いします。つまり、手傷をおわせた数を、一日の平均値で素直に割ってください」
「ええっと……ちょっと、待てよ。
千二百、割ることの、五……だから……」
「計算遅い!
千二百、割る、五、イコール、二百四十。
つまり、シナクさん、あなたは、あの一日だけで、通常の冒険者が八ヶ月かかってようやく倒すモンスターと同じ数に手傷を負わせたことになります!」
「お、おう……」
「ご感想は?」
「ああ……ええっ、と……。
そっかぁ。そんなにも、なるもんかぁ。
やっているときは夢中で、そんなこと考えている余裕もないんだけんどなぁ……」
「ふざけている、と……そうは、思いませんか?」
「は……ははは。
確かに、他人事だったら……そう思っても、無理ないよなあ……」
「まったくです。
伝聞で、そのような記録や数字のみを聞いたのなら、確実に実在が疑われるレベルです。それくらい、非現実的な数字です」
「ま……その点は、否定はできんわな。
わがことながら……」
「これだけではなく、シナクさん。
あなたのデータは……調べれば調べるほど、不正を疑いたくなってくるんですよ。
迷宮内での単独走破面積、ダントツで一位。
当然、調査費用報酬受給額も、一位。
単独でのモンスター討伐報酬総額も、一位。
ついでに、迷宮からの無傷で帰還した日数もトップクラス……。
すべてにおいてそれが事実が疑いたくなるような記録のオンパレードなわけですが、それでいて記録を改竄した痕跡は微塵も見あたらない。それどころか当の本人は、まぎれもなくこのギルドのエースであるという自覚さえないご様子で、きわめてのんしゃらんとした態度で日々の生活をたんたんと過ごしていらっしゃる。
シナクさん。
あんた、いったい何者ですか? 何様ですか?」
「あー。
なんだかよくわからんが、おれが悪かった。
謝るから、どうか、もう少し落ち着いてくれ……」
「お、落ち着いてますよう。これでも、最初っから……。
でも、シナクさん、あなたの記録を調べれば調べるほど……。
なんだこれはっ!
ふざけているのかっ!
っていう、謎の憤りにとらわれて、それで、しばらく頭を冷やしてきなさいって、ギリスさんに担当をはずされて……」
「……どこに、どうつっこめばいいんだろうか?
この場合……。
で、その……おれへの用件って、結局なんなのかなぁ、って……」
「これです」
ばっ!
「なに、この紙。
ええっと……。
戦闘技能、S。
俊敏性、S。
移動効率、S。
判断能力、A。
……なに、これ?」
「シナクさん、ギルドが判定した、あなたのランクです。
通常、適性ランクはAからDまでの四段階で分類する……という構想でしたが、あなたの場合のみ、明確に数字を追っていても、通常のランクから大きくはみでる成績をみっつも記録していました。
これにより、ギルドは当初の構想にはなかったSランクを急遽創設。三つ同時に、シナクさんに贈呈することに決定いたしました。
これは、空前で、おそらく、絶後になることでしょう。事実上、このSランクとは、ほとんどシナクさん専用のランクとなることと、予測されています。
こんな人が、この先何人も、ポコポコ現れたりしたら、わたしたち凡人はたまったもんではありません。
ここまで、理解できましたか?」
「い、一応」
「なにか、ご質問は?」
「と、特にこれといって……ないかなぁ……」
「では、ご感想は?」
「いやぁ……なんっちゅーか……ねえ?」
「これでシナクさんは、晴れてギルド公認のナンバーワン冒険者、冒険者のエースです。
……おめでとうございます」
「あ、ありがとう……って、素直に礼をいうべきなのかんあ、この場合……うーん。
あっ!
あっ!
おれからギルドに対して、ひとつ要望、ってか、お願いがある!
このおれのランクのはなしは、どうかできるだけ内密に、できるだけ外に広がらないように……」
「基本的な方針として、ギルドは構成員の個人情報を、正当な理由なく外に漏らしたりはしません」