32.こうりつちゅうたれ。
「シナクどの。
ひとつ、お聞きしたいのだが、彼らが使ったあの道具は……」
「あれねー。
正式名称は、なんていったっけかな? 薬師のじーさんが考案して作りたてだから、名称はまだなかった……あっ。いやいや。この間、これもらったとき、催涙弾、とかいってたか。
機能としては、見たとおり、あの玉の中に粉末にした刺激物がぎっしり詰まっていて、投げて何かにぶつかったとたんに、ぱん! ごらんの通り、あたりに中身をぶちまける。
顔周辺に命中すれば、目、鼻、口内の粘膜を盛大に刺激して戦意は喪失、しばらく涙を流しながら盛大に咳きこむ以外に、なにもできなくなるというすぐれもんだ。
はい、新人のみなさんもよく聞いてね!
基本的な道具はギルドの売店で、格安で手に入れることができますけど、町中の商店にはもっとお役にたつ道具類がごまんとあって、お手頃な値段で入手できたりします。最初から高価なマジックアイテムに頼ろうとするより、地元の人たちと仲良くなってよくおはなしをして、日頃から欲しいものとかを相手に知ってもらうと、向こう側の方から便利な商品とかを紹介してくれるようになります。
地元のみなさんと仲良くなっておいて、悪いことはないですよ。
あと、この催涙弾その他、便利な道具一式は、この町に一軒しかない薬屋さんで手に入れることができます。ギルドやおれの名前を出せば、若干、値引きしてくれるかも知れません。
で、どうですか? メイドさんたち。
あなたがたの武術のみに頼るのと、おれのやり方でズルしまくる邪道な方法と、どちらが迷宮の中で有利に動けると思いますか?」
「そ……それは……」
「あー。
ひとつ、いっておくとね。
体力とか武術とか、長い時間をかけて身にしみこませた技は、いざってときにとっても有効なんだ。おれだって結局、最後の最後に頼るのは、この五体になるわけだしな。
ただ、ずぶの素人を実用レベルにまで鍛えかあげるのには、かなりの時間が必要となる。あなた方だって、ここまで鍛え上げるのに、それこそ幼少時から何年もかかって、ようやく今の位置にいるわけでしょ?
今から同じようなことを、この彼らにしようったって……そんじゃあ、いつになったらまともに迷宮に入れるんだよ! って、はなしになってくるわけだわな……現実問題として。
ここまで、理解できます?」
「はっ……はい」
「……一応」
「で、ギルドとしてはさっさとモンスターの一匹でも減らしてこの迷宮を完全攻略したい。
こちらの新人さんたちにしてみれば、一攫千金を夢見てわざわざこんな田舎までやってきたんだ。さっさと成果をあげて賞金を勝ち取りたいって気持ちがある。
な! そうだよな! みなさん!
ん、で。
体力だの武術だのの有効性は否定しないものの、今、ここで必要とされているのは、なによりも効率。さっさと成果をあげるすべなわけだ。
おれの提案する、卑怯でもズルでも、使えるものはなんでも使えって方法は、手っ取り早く成果をあげる方便として、それなりに有効なんじゃあありませんか?
そうは思いませんか、メイドさん方?」
「……不本意、ながら……」
「……まことに、おっしゃる通りで……」
「メイドさん方は、武術師範ということでこの場に呼ばれていらっしゃる。
剣や槍、弓の構え方、振り方、使い方を指導すること、それに体力づくりのために走り込みを推奨することは、まことに結構なことでございます。
ですがね。
冒険者ってのは、基本的に独立独歩の連中だ。なににおいても自己責任、自分の頭で考えて行動するもんだ。
武術師範の皆様方に、自分自身の仕上がり具合まで責任を持ってもらうなんて、他人任せの了見を持つ人間は、根本的なところで冒険者には向いていません。その手の他人任せは、真っ先に迷宮の中でロストする公算が大きいです。
師範である皆様方のお仕事は、あくまで戦うための方法を教えることであって、戦えるようになるまで仕上げること……ではないと、おれなんかはこのように愚考する次第です。
だから、まあ……こういってはなんですが、もっと突き放してしまえばいいんですよ。
基本の動作を一通り教え、体力の底上げをしたいのなら勝手に走らせる。
あとは一人一人の自主性にまかせていりゃあいい。
そうすりゃ、強くなりたいやつは自分で修練を積んで勝手に強くなっていくもんですよ。逆に、脱落するやつは、勝手に脱落していきます。
あるいはまた、将来壁にぶつかったとき、師範であったメイドさんたちを頼ってくることがあるのかも知れないが、そんときはまた改めて指導なりなんなりをすればいいだけのはなしで……」
「……いや、もう……」
「……いちいち、ご説ごもっともでございまして……」
「……あ、あとは、われわれの方で、しかるべく方針の変更を検討をいたしますので……」
「……ど、どうか、そのへんで……ご勘弁を……」
「……と、いうことで、どうにかメイドさんたちの説得に成功しました」
「予想以上に見事なお手前、すっかり感服いたしました」
「事務員さん、なんか言葉遣いが変わってないかい?
ま、いいや。
で、この件はこれでクリア、ってことでいいのかな?」
「クリアといえばクリアなのですが……せっかくですから、この場に放置されている新人さんたちにも、なにかお言葉を」
「……ありゃ?
そういや、彼ら、すっかり放置状態になってたな……。
ははは……」
「とりあえず、みなさんをこちらに集めます」
「って、おれがなんかすることが決定しているし……。
あー。
本当に、集まってきちゃったよ……。
おいおい、おれなんかがなにいえばいいんだ?
百人はいなくても、六十人か七十人前後はいるかな。ちらほら、女性の姿もみえる」
「それでも、まだまだ圧倒的多数が男性で占められていますけどね」
「ま、仕事の性質上、それはしょうがないってえか……事務員さん。
おれ、この場でなにをはなせばいいわけ?」
「それでは……冒険者としての心得、などを訓示していただきたく」
「……訓辞……」
「さっき、独立独歩だな自分の頭で考えるだの自己責任だの、偉そうに講釈垂れていたではないですか」
「べ、別に……偉そうにしていたわけでは、ないぞ。
うーん。そうさな……それじゃあ、これからいうことを、全員で復唱して」
「なにはともあれ、身の安全!」
「「「「「「「「「「なにはともあれ、身の安全!」」」」」」」」」」
「退路の確保は、確実に!」
「「「「「「「「「「退路の確保は、確実に!」」」」」」」」」」
「使えるものはなんでも使え!」
「「「「「「「「「「使えるものはなんでも使え!」」」」」」」」」」
「卑怯と慎重、最重要!」
「「「「「「「「「「卑怯と慎重、最重要!」」」」」」」」」」
「成果がなければ、報酬もない!」
「「「「「「「「「「成果がなければ、報酬もない!」」」」」」」」」」
「常に学習、知識は力!」
「「「「「「「「「「常に学習、知識は力!」」」」」」」」」」
「情報収集は怠るな!」
「「「「「「「「「「情報収集は怠るな!」」」」」」」」」」
「帰ってくるまでが迷宮です!」
「「「「「「「「「「帰ってくるまでが迷宮です!」」」」」」」」」」
「……ということで、今度こそ終わりでいいっすね?」
「この件は。
では、次は……」
「まだあんのかよ!」