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31.きょうほんと、もぎせん。

 ギルド本部。

「朝、迷宮に出勤しようとしたら、本部まで拉致られた件」

「シナクさんには高い報酬を払っているのでその分、しっかり働いていただけ、というギリスさんのお達しがありましたので」

「で……おれに、ギルドの人みたいに、デスクワークしろって? かえって非効率的なんじゃないか、それって?」


 どさどさどさ。


「質問は受けつけますが、抗議は却下させていただきます。

 本日の用件、まずは一件目。

 新規登録冒険者向け教本の監修作業。

 以前、いただいたアドバイスに従って、誰にでも理解できる簡単な言葉で、できるだけ簡潔に、図版を多くしたものを試作してみました。

 これに目を通してだめ出しをしていただきます」

「ああ、そっちか……。

 すっかり、忘れていたわ。

 で、これを読んで、意見をすればいいわけね」

「そうです。さあ、しなさい。すぐ、しなさい。さっさと、しなさい」

「な、なんでそこまで急かすの?」

「急いでいるからです。

 シナクさんはご存じないでしょうが、ギルドに登録を希望する人は、一貫して急増中です。こうしている間にも、一日で数十人から多い日は百人以上の人がギルドを訪れ、一通りの説明を受けた上で、登録手続きをしていきます。

 なのに、教本の方はいまだ完成していない。

 毎日数十人以上の新人さんたちが、わが身を守る知識もろくに持たずに、無防備に、迷宮の中に入っていっているわけです。

 もはや一刻の猶予もございません。

 ちゃっちゃとシナクさんの経験からでた貴重な知識を吐き出して、彼らに伝えてあげてください。彼らの危険性を少しでも減らしてください」

「……そこまで増えていたのか……。

 よし、わかった。そういうことなら、おれとしても協力するのやぶさかでない。

 いっちょ、気を入れてチェックしちゃうぞー!」


 数時間後。

「……………疲れた」

「お疲れさまです」

「これで……全部、終わった……よ、な……」

「ええ。

 教本関係は、以上です」

「教本関係は、って……まだ、なんかあるの?」

「最初に、本日の用件、まずは一件目……と、宣言しておいたはずですがなにか?」

「……次は、なんだい?」

「迷宮前に移動。

 そこで数日前から行われている、希望者への武術講習を視察していただき、そこでもご意見をいただきたく……」

「それって、あれ……例の、剣聖様のところのメイドさんたちが担当しているやつだろ?

 あの人たちとは二度ほどやり合っているけど、腕の方は確かだぞ?

 とくに、おれなんかが意見する必要も、ないような気がするけど……」

「武芸者が必要とする強さと、冒険者が必要とする強さとは、微妙にベクトルが違うような気がします」

「…………なるほど。

 そういう、ニュアンスなわけね。

 とはいえ、実際にみてみないと、なんともいえんしなあ……」


 迷宮前広場。

「おらおら、足を止めるな! 速度をゆるめるな!」

「おお、やっている、やっている」

「なんでも、基礎体力が重要とかで、あの班は今日一日中、広場の外周を走らされているそうです」

「んで、こっちは?」

「こちらは、一日中、素振りですね。

 これまで、ろくに剣をにぎったことがない人がほとんどだから、まずは体に武器をなじませるとかで……」

「まあ、何十日かかけていいんなら、こういう路線も悪くはないんだけどな」

「希望者が講習を受けている期間、ギルドとしても最低限の補助金を出しているわけです。

 未来の冒険者への、先行投資として」

「うん。

 でも、こういうのだと、ちょいと成果が出るまでの時間が長すぎる……と」

「そこまではっきりとはいいませんが……シナクさんなら、もう少し講習期間を短縮する方策を心得ていらっしゃるのではないか、と……」

「……うーん。

 剣聖様ゆかりのみなさんに、ギルドからは、ちょいと、物言いがしにくいか……。

 こういうのは、どちらかというと、おれよりも、レニーの方が得意なんだけんどな。

 今、講習受けている人たちってさ、まず最初に適性検査を受けているはずだけど……そのデータ、見せてくれないかな?」


「やーやー、寒い中、ご苦労さん。

 ちょいと、いいかな?」

「あっ。

 これはこれは、ぼっち王のシナクどの。

 このたびは、いかなる用件で……」

「うん。あのねー。

 えーと、メイドの……」

「剣聖様のメイド隊、ジェニファでございます。ジェニとお呼びください」

「じゃあ、ジェニさん。

 ジェニさんの講習は、基本に忠実。長期的な視野に立ってみれば、実に理にかなった教え方をしているわけだけど……今、ギルドと迷宮に必要とされているのは、もっとズルで邪道でも、即戦力として使えるタイプの強さなんだ」

「つまり、シナクさまは……われら、メイド隊が考案した教練は、この場では不適である、と」

「まあ、ぶっちゃけていうとね」

「これはこれは……いかに貴殿の武勇が秀でているにしても……それとこれとは、また別であろう」

「うん。そういうと思った。

 だからね、今から、この講習を受けている中で、比較的体力がなくて体が弱い人、六人をおれが借り受ける。

 で、その人たちにおれが策を授けてみて……その六人とジェニさんたちのうちの一人とで、迷宮内を想定した模擬戦をやってみようよ。

 そうすれば、どちらのアプローチが有効か、いやでもはっきりするからさ」

「それは……あまりにも、舐めすぎなのではございませんか?」

「主観的な意見は、この場では意味がありません。

 実際にやりあってみれば、おのずと結論はでるわけだからさ。

 そちらに異論がなければ、模擬戦の細かいルールを決めようか?」


 ゴリゴリゴリ……。


「じゃあ、今地面に書いたこの二本の線が、迷宮の壁面である、と、想定します。

 双方、この線の中から出ないでください。

 それ以外のルールを確認します。

 剣や槍のかわりに、木剣と棒を使用。

 矢からは鏃をはずしておく。

 つまり、武器は致命傷にならないものまでが使用可能。

 そのほか、新人さん側は、通常、冒険者が持ち歩ける範囲内での道具の使用は可能とする。

 メイドさん側が、迷宮内で遭遇するモンスター役ということで……とりあえずは、一人からお願いします。実際の確率としても、複数のモンスターと遭遇するよりも、単独のモンスターと遭遇する回数の方がずっと多いわけですから。

 メイドさん側の武器使用制限は、新人さんたちの制限に準じる。つまり、基本、刃物はなし。

 その他の道具類は、モンスター役につき、使用不可。

 で……異存、ありませんね?」

「異存はない。

 ただし、対戦相手は存分に打ち据えられることになろう。

 なにせ、こちらはモンスター役であるのだからな」

「できるのであれば、ご存意に。

 では、双方、位置についてください。

 新人さんたちも、教えた通りにやれば楽勝だから、肩の力を抜いてね」


「両者とも、準備ができましたね?

 それでは……はじめ!」


「……これは……」

「なんと、卑怯な!」

「卑怯もなにも、これが冒険者の戦い方ってもんです。

 最初にもいったでしょ?

 ズルで邪道でも……って。

 実際、あの血気盛んなメイドさん、ジェニさんっていいましたっけ? あの人も、手も足も出す前に、あっけなく無力化しちゃったでしょ?

 これで、武術もからっきしでも体力がなくても、モンスターには勝てるということが証明できたと思うのですが……」

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