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30.たまには、しずかなよる。

 夜、羊蹄亭。

「おー、シナクくん。

 今夜はゆっくりだねー」

「ああ。

 コニスか。

 ちょっと仮眠するつもりが、少し寝過ごした……。

 ルリーカとバッカスは、来てないみたいだな。さすがのやつらも疲れているか」

「なに、例の、ご指名のお仕事のこと?」

「そう、それ」

「大変だったんですか?

 帝国の人たちを例のヒト型のところまで連れて行くお仕事と聞きましたけど……」

「そのヒト型の集団とは無事に接触をすませ、官吏も博士も長いこと話し込んでそれなりに成果があったみたいだね、どうも。

 今回のでとっかかりができて、本当の仕事はこれからが正念場、みたいなことを、二人ともいっていたけど……やつら自体は、それなりに善良なんだと思う」

「と、いいますと……そこにたどり着くまでに、苦労があったと……」

「あったねー……いろいろと」

「あっ。

 シナクくんが、遠い目をしている」

「だが、詳しいことは守秘義務に抵触するとかで口にすることができないんだ、うん」

「そなの?」

「ああ。

 ある事情があってな。

 とはいえ、本当に知りたかったら、彼らの集落とを往復する仕事は今後も定期的に発生するみたいだから、そのクエストを受けてみて、自分の目で確かめてみるといい。

 ま、機会があったら、な。

 あれも……勉強には、なるだろう」

「なんだか知りませんが、背後に複雑な事情がありそうですね」

「それはともかく、おれたちがいなかった間の、こちらの進展はどんなもんよ?

 例の、武器に術式付加するやつとか、うまく回っている?」

「ま、ねー。

 うまくいっているといえば、いっているんだけど……やっぱ、予想された問題が、少々……」

「自分の武器で自分の足の甲を貫いたり、勢い余ってパーティ仲間の肩に斬りつけたりする事例が、何件か発生しました」

「ああ。

 誰かは、やると思った」

「さいわい、その場での応急処置がよかったんで、どの件もそんなに重傷にはならなかったんだけど……」

「応急処置用に売り出された医療キットが、さっそく役にたったそうです。

 消毒用の強い蒸留酒ぶっかけて、傷口をきつく縛って止血、すぐに迷宮からでてお医者さんに縫合してもらったんで、どの件も大事にはいたりませんでした」

「それでも、負傷した人は、最低でも数日間安静にしていなけりゃ、治りもしないわけで……。

 その間の実入りはないわ、治療費は発生するわで踏んだり蹴ったり」

「パーティ内での、顔見知りの仲間同士のあいだで起こった事故なら、事後、それなりにフォローしあうことができるので、相互保証的な意味ではまだしも救いがありますが……。

 完全自損事故の場合となると……」

「不満のぶつけどころがない、か……」

「ん、でね。

 しょうがないから、そういうケースに限って、うちの方からもお見舞い金とか渡しているんだけど……」

「って、コニス。

 今回の件では、お前、職人の斡旋とか仲介くらいしかしてないだろ?」

「ん、でも、全体的なプロデュースをしたうちの一人ではあるし……それに、今後のことを考えると、悪い噂がでてくる要因は、早めにつぶしておきたいのよねー……。

 こっちとしても。

 ま、露骨な人気取り、みたいな?」

「なるほどなあ。

 商売ってのも、端からみているよりは、よっぽど大変なのかもな」

「で、その対策なんですが……。

 真っ先に思い浮かんだのは、術式を売るとき、しっかりと講習なりをして注意事項を徹底してお教えする、ということ」

「そういう意見は、前からでていたな」

「ええ。

 今まで様子をみて、やはりしっかり実行した方がいいだろうと。

 あと……即効性のある止血法の確立。

 ルリーカさんの転移陣のおかげで、よほど深い領域に入らない限り、迷宮から出てくる時間はかなり短縮されていますが……さほど深手でなかったとしても、出血量が多ければ、それだけロストする可能性が多くなるわけで……」

「布で巻いたりきつく縛る程度では、間に合わない場合か……」

「縫合に必要なものを医療キットに含めることも考えたんですが……いざというとき、落ち着いて泣き叫ぶ仲間の患部を縫える人が、冒険者の中にどれほどいることかと考えると……」

「現実的では、ない……と」

「ええ。

 これは今後の課題ということで、薬師さんに相談したりなんらかの魔法での対策を模索することになりますね」

「最後に……これは、制度の問題。

 これまで、冒険者の負傷はあくまで自己責任ってことで、特に対策とかなかったわけだけど……ギリスさんの、冒険者を殺さない、見捨てないって方針を全うしようとすると、今後はそうもいかないかなーってことになってきて……」

「つまり、多少故障してもさっさと直してすぐに戦線復帰したくなるような体制にする必要がある」

「そのためには、負傷して動けないときでも、最低限の生活費と治療費くらいは、どこからか捻出したいねーってことになって……」

「これについては、目下、ギルド側と交渉中です。

 いろいろな案がでているんですが……お金のことに絞っていいますと、冒険者全員の賞金から一定金額を徴収、それをプールして、負傷時の補償費として充当する、という案が有力視されています」

「いいんじゃねーの。

 考えてみると、今まで、その程度のフォローさえ、されていなかったってわけだけど……」

「ギルドが今の規模にまで膨れ上がったのは、ごく最近のことですから。

 それまで、少人数でほそぼそとやってきたときは、そんな補償制度もさほど必要ではなかったのでしょう」

「医療キットがそれなりの普及しているってことは、ギルドの売店とかいうやつも、もうはじまっているの?」

「ええ。

 まだ実験段階で、店舗数も扱う商品も数えるほどですが……」

「冒険者ってのは、即物的で現実的だからねー。

 試してみて使える、値段以上の価値があるって判断すれば、すぐさまはけるわけよ。おかげでたいがいの商品が常時欠品、供給がぜんぜん追いつていない状態。

 医療キットの他に、例の火の鳥のお札なんかもかなりいいペースではけているよ」

「その二つほどではないにせよ、それなりに動いているのが、作業着とか手袋ですね。

 丈夫で、軽くて、汚れてもかまわない衣料品、それもかなりの安価で……というのは、今までありそうでなかったものですから。

 布地を大量発注したおかげでかなり安くできましたし、使い捨てに近い感覚で一度に何着も購入する人もでてきています……」

「そちら方面は、かなりうまくいっているみたいね。

 それで、冒険者の方も動きがよくなって、迷宮攻略の効率がよくなれば万々歳なんだが……そこまでうまくいっていると、かえって怖くなるな」

「このあと、なにかしっぺ返しが来るかも知れないって?」

「用心は必要ですが、なにもないうちから心配しすぎてどうにならないでしょう。

 それで、ぼくの方は、しばらく王都とこの町を往復しながら過ごすことになりそうです。

 王国中枢部の動向も、気になりますしね」

「足はどうする?

 まともにいったら、片道だけでもかなりの日数がかかるはずだけど……」

「行きはルリーカさんに頼んで、帰りは知り合いの魔法使いを使います。

 これでもぼく、王都にもそれなりの人脈がありますもので……」


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