29.うたげのしまつ。
三日後。
ギルド本部。
「……といった次第で、三日三晩におよぶ宴会をくぐり抜け、ただいま帰還した次第であります。
詳しい報告については、帝国宛の報告書の写しをギルドにも分けてくださるとレキハナ官吏が約束してくれましたので、それを参照してください」
「おおよそのことは、ルリーカさんの魔法で連絡を受けていました。
とりあえず、ご苦労様です。
レキハナ官吏とリリス博士から、今後彼らの集落との行き来が頻繁になるので、その際の護衛任務を追加でご依頼いただいております。
リリス博士によると、あそこにいたのは、地の民の枝族であることは確かなようですが、具体的な出身地はいぜん不明。部族ごと鉱脈を求めて坑道内をさまよっているうちに帰り道を失い、いつの間にかあそこにいたとか。
地の民は鍛冶仕事や細工物が得意ですが、そろそろ手持ちの食料も乏しくなってきたので、なんらかの取引でそれを補充したいとの意向も、レキハナ官吏経由で確認しています。
長期的なことは改めて考えるにしても、ギルド所有の保存食を送り出す手配はすでにはじめています。
また、彼らの意向で、輸送や人の出入りの際、できるだけ転移魔法陣によるショートカットは使用せず、歩きで来て欲しいそうです。少なくとも、はじめてその道を通る人に関しては。
帰りについては、ルリーカさんが設置した転移陣を使用してもかまわないそうですが……」
「つまり……もっと多くの人を、歓待したい、と?」
「どうやら……そういうこと、らしいです」
「……」
「……」
「そのさい、事前の予備知識は最低限にとどめることを提案いたします。ネタバレされて新鮮なリアクションが得られなくなると、彼らが失望するかも知れません。また、同様の理由から、一度彼らの歓待を受けた者に関しては、ギルドから箝口令をしくことも、必要になるでしょう。そうですね。新人さんの教育プログラムの一環として、最低一度は彼らの集落にいく任務を組み込む、なんてのも、いいでしょう。迷宮の中ではなにが起こるのか予測できない、ということを、実地に体感できるというものです」
「シナクさん……ご自分が苦労なさったから、って……他の人にもその苦労を味あわせてやれー!……とか、思ってません?」
「やだなあ、ギリスさん。
そんなことはないですよ。そんなことはないですよ」
「……」
「大事なことなので、二回いいました」
「次に彼らの集落へいく便は、保存食の輸送になります。これは、さそく明日から開始する予定です。ギルドからも何名か護衛をつける予定ですが、最初の便は、冒険者登録を終えたばかりの、剣聖様のところのメイドさんだけで結成したパーティにいっていただく予定です」
「いいですね。
腕っ節に多少おぼえがあっても、それだけでは打開できない局面があるってことを、実地に学べるかと思います」
「……それでは、今回のクエストはこれにてクリアということで。
今日はこのままお帰りになってくださってけっこうです」
「……ふぅ」
「あとは……ああ、そうだ。
コニスに払う、新しい武器の代金もあるし、せっかくギルドに来ているんだから、いくらかまとまった金、おろしていくか……。
ええっと……賞金をおろすのは、この窓口でいいのか。前とはレイアウトが違うから、ちょっとまごつくな。
あのー、すいません」
「はい……あっ、シナクさん!」
「どうも。
賞金、おろしたいんだけど……」
「……また、ギルドと両替商の金庫、空にするおつもりですか?
例の、武器に付加する術式のおかげでみなさんいっぺんに賞金を引き出しちゃって、目下のところ、ギルドの現金は不足気味なんですけど……」
「あー……金貨五十枚ほどでいいんだけど……ない?」
「あっ。
よかったぁ……その程度なら、ぜんぜん、間に合います!
ちょっとまってくださいねー」
「あとさ、おれの残高、今どのくらいになるのかも知っておきたいんだけど……」
「……あー。
そっちの方は、ちょっと、お時間が必要となります。シナクさんはそんなに頻繁に取りに来ないし、かなりまとまった金額が残っていることは保証できるんですが……未確定で、具体的な数字が算出できていない分も多いんで……。
たとえば、この前の大量発生事件のとき、シナクさんの功績が大きかったことは誰の目にでも明らかなんですが、モンスターにとどめをささなかった事例が多いことと、シナクさんの認識票を置いていなかったことが問題視されて、具体的な賞金算出方法について、ギルド内でも意見が分かれている現状がありまして……ちょっと、もめているわけです」
「まあ、いいや。
そうだな。
だいたいでもいいから、おれの賞金残高がミスリルのインゴットで五十本分以上になったら、そんときは知らせてくれるかな?」
「あっ。はい。
シナクさんの場合ですと、今、金額が確定している分だけでも、その半分くらいはいっていますので……他の冒険者の方ならともかく、それなりに、現実味のある数字なんですねえ……。
深く考えてみると、ちょっと目眩が……」
「大丈夫?」
「はい、健康面では心配ありません。
それと、こちら、今回のお支払い分、金貨五十枚になります。
こちらの受け取りにサインを」
「はいはい。
それじゃあね」
「お気をつけてぇ」
「……本人は飄々としているけど……小国の国家予算なみの金額、たまったら知らせてくれって平然といっちゃう冒険者、って……いったい……」
町外れ。商人宿、飼い葉桶亭。
「あら、シナクさん、おかえりなさい。
しばらく姿をみなかったけど、お仕事だったのかい?」
「あっ、おばさん、どうも。
うん、そう。お仕事」
「忙しいのはいいことだけど、無理はしないで、休むときは休むんだよ。
それでなくてもシナクさん、なにもいわず放っておくと、一年中、休みなしで働いちゃうんだから」
「そんなこともないんだけどねー。
あっ、おばさん。
ちょうどいいから、支払い、足しておくわ。
今日はところは、とりあえず、金貨二枚ね。足りなくなりそうだったら、はやめにいって」
「まだまだぜんぜん、余っているんだけどねー。
食事かお湯、用意するかい?」
「すぐ寝るつもりだから、食事はいいや。
お湯だけ、お願い」
「はいよ。
すぐに持っていくからねー」
ばたん。
どさっ。
「……ふぅ。
なんか最近、変則的な仕事ばっかが、目に見えて増えているような……。
いや、仮にもお仕事だからね。やれといえば、しっかりとこなしますよ、ええ。
それがプロってもんで……」
こんこん。
「シナクさん、お湯持ってきたよー」
「ああ。
床に置いといてください」
がちゃ。
「はいよ。
シナクさん、晩ご飯の予定は?」
「んー。
今夜は外でとる予定だから、いらないや」
「はいよー。
それでは、ごゆっくりー」
がちゃ。
「……さて、服を脱いで、体を拭いて……。
夜まで、一寝入り……ぐぅ……」
「……はっ」
「いかんいかん。
ベッドに横たわっていたら、一瞬、意識が遠ざかっていた。
さっさと体を拭いて、ちゃんと寝よう。
どうも、自覚している以上に疲れているっぽいな、おれ……。
どうせ……精神的なものとかストレスとかが原因なんだろけど……。
おほー。
垢、ぼろぼろでてくるなー。
いつもと比べたら、ぜんぜん体を動かしていないんだが……それでも、三日分だからなー……。
ちゃんと隅々まで……洗って……。
おお、お湯がどす黒くなってら。
それから、髪も洗って……。
んー。
髪もなー……。
そろそろ、重たくなったし、おりをみて切りにいくかなー。
前に、自分でてきとーに切ったら、なぜかルリーカとコニスから、大不評をくらったしなー……」
「さて、体も髪もきちんと拭いたし。
……おやすみ」
ばたん。