28.みちとのそうぐう。
「あるいは、両方ともトラップが仕掛けてある可能性もありますが」
「ベタな手だ」
「「はははははははははは」」
「…………」
「…………」
「「……はぁ」」
「えい」
ばかん。
「うぁあ、先生!」
「準備が! まだ心の準備が!」
「なんにもないわよん」
「…………」
「…………」
「なっぐりてぇー。
これ仕掛けたやつら、全員、殴りてぇー!」
「気持ちは、気持ちはわかります。
ですが、ぼくの職務上……」
「……ふぅ。
わかってますよ、レキハナさん。
職務と私情とは、きっちり分けます」
「は、はあ。
それは、ありがたく……。
お互い、難儀なことですなあ」
「わははははははは。
おい、シナク。
こっちに来てみて見ろよ」
「おう……。
って、これ……」
「張りぼての壁、張りぼて分かれ道、その裏側にはなにもなし……。
これを仕掛けた人たちの目的、推測できますか?」
「おおかた、どっかでおれたちが慌てふためく様子を覗き見して、大笑いしているんじゃねーの」
「ぼくも、だんだんそんな気がしてきました」
「彼ら、やっぱりお笑いを理解していると思うの」
「先生、それはもういいです」
数時間後。
「……疲れた。
なんか、異常に疲れたよ。
今回は……」
「……鏃が吸盤になっている矢、動いてパーティをばらばらにする床、一歩ごとに作動するワープポイント、壁についたパズルを解かないと先に進めない仕掛け、くぐると黒板消しが落ちてくる扉、よく滑るタイルの床に置いてある濡れ雑巾……。
今日一日だけで、いったいどれほどのトラップを発動させてきたことか……」
「わははははははは。
でも、最初の落とし穴以外は、悪質なトラップはなかったから、怪我をする心配だけはなかったな」
「それだってなあ!
いつ、即死するような悪質なの引っかかるかと用心してピリピリしているこっちにしてみりゃなあ、気疲れすることこの上ないんだよっ!」
「あたしはぁ、結構楽しかったりするんだけどぉ」
「ルリーカも。
モンスターを相手にしているよりは、楽しい」
「……はぁ。
そいつは、ようござんした……。
で、このトラップ街道、いったいどこまで続くんですかね?」
「地図によると……以前、シナクさんが踏破した地点はとうにすぎて……もう、かなり奥の方まで進んでいることになるんですけどね……」
「もうそろそろ、ゴールについてもいいと思うんだけどねん……」
「なんにもなくとも、座標を控えて一度、外に戻りましょう。
これ以上こんなのが続くと、おれの神経が持ちません」
「いいですね。
ぼくも、その案に賛成します」
「でも……その必要は、ないらしい」
「ん?
どうした? ルリーカ……」
「あれ。
むこうが……明るくなっている。
かすかにざわめきが聞こえて、誰かが待っている気配がする」
「……あれがゴールかどうかは、実際にいってみないとわからないけど……」
「区切りには、なりそうですね」
「なにが待っているのかわからない。
慎重に、臨戦態勢で、いこう」
「わははははははは。
賛成だ」
PON!
「へ?」
「……くす玉……ですか?」
PON! PON! PON!
「今度は、クラッカー……」
「わはははははは。
この、大勢集まっているの、前にシナクが遭遇したやつらか?」
「ああ、たぶん。
遠目にみただけだから、はっきりとは断言できないけど……」
「どうやら……敵意は、ないようですね……」
「まあ……みんな、笑顔だしな。
なんかちょっと、興奮しているようだけど……」
「シナク。
人混みのうしろから、楽団が出てきた」
「……なにが、なにやら。
レキハナ官吏。
こういう場合、相手が手出ししてこない限り、防戦一方、待ちの姿勢でいいんですよね?」
「ええ、それでお願いします。
リリス博士、彼らがなにをいっているのか、わかりませんか?」
「……んー。
えーと、かなり訛りは強いけど、文法と語彙は、だいたい地の民の言語に準じては、いるみたいねん。
耳が慣れるまで、聞き取るのが骨だけど……。
んー。
歓迎、誉れ……。
どうやら、あたしたちがここまでたどり着いたことを、喜んでいるみたい」
「………………なんで?
おれ、前に、ここに来たとき……大勢で、矢を射かけられたんすけど……」
「ちょっと、待ってねん。
うーん、とねえ……。
幾多の難関を乗り越えて、よくぞ、初日からここまでたどり着いた。
……って意味のことを、いっているみたいよん」
「えーと……つまり、あの罠は……悪意で仕掛けられたものでは、ないと……」
「通じるかどうかわからないけど……試しに、地の民の言語で、尋ねてみるわねん」
「***********?」
「******?
***********!
****」
「**********************?」
「****!」
「***?
********」
「********
******
*********」
「「「「「ははははははははは」」」」」
「……なんか、笑われてますね」
「先生、どうにか会話、成立している……ん、ですよね?」
「うん。
どうにか、あたしの地の民語、むこうでも意味が取れるみたい。
どうやら……工夫を凝らしたトラップを提供するのが、彼らの文化……ううん。もっと深いところに根ざした……宗教? みたいなもの、みたいねん」
「つまり……どういうこと?」
「だからあ、お客様に対して、知恵を絞って悪戯するのが、彼らなりの歓待方法なんだって。
そのバックボーンには、なんか深遠な哲学みたいなものさえあるようなんだけど……もうちょっと踏み込んではなしあってみないと、詳しいことはわからないわん」
「……おれのことを覚えているか、おれを攻撃したのはなぜか、尋ねてくれ。
今、兜を脱ぐ」
ぱか。
「……彼らも覚えていたみたい。
なんでも、前のときはまだ歓待の準備ができていなかったから、いったん、お帰りいただいたんだってさ」
「なんじゃそりゃあっ!」
「シナクさん!
落ち着いて、落ち着いて!」
「はぁ、はぁ。
大丈夫。
もう大丈夫です、レキハナ官吏」
「で、彼らがいうにはね。
わずか一日で数あるトラップを乗り越えてここまできたあたしたちは、彼らの中では最高の栄誉に値するみたい。
英雄? 勇者? チャンピオン?
あたしたちの語彙にうまく対応する単語が見あたらないんだけど……ようするに、あんたは偉い! ってことになっているみたい」
「あー。
もう、どうにでもしてください……」
「シナク、落ち込まないで」
「ありがとよ、ルリーカ。
さて、先生。
それに、レキハナ官吏。
ここまで意志の疎通ができるんなら……あとはあなた方の仕事だ。
正直、このまま帰りたい気もするんだが……」
「わははははははは。
シナク、それは駄目だろう。まだ、彼らの護衛任務は残っている」
「……だよなあ。
まあ、あとのメインは帝国のお二方だ。
おれたちはおとなしく後ろに控えていますんで……」
「あらあ?
どうも、そういうわけにもいかないみたいよ。
彼らは、手塩にかけて用意したトラップをくぐり抜けてゴールにたどり着いた勇者をごちそう責めにする気みたいだし……。
これから、セレモニーパーティとか勝者インタビューとか、とにかく、煩雑な儀式が山ほど待っているみたいよん」
「マジで?」
「マジマジ」
「あの……まことにいいにくいのですが……彼との関係を悪化させないためにも、みなさんにはできるだけご協力を願いたく……」