27.わな。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
「……あー! もう退屈っ!
なにも起きないし、何にも出てこないじゃない!」
「先生。
そうなる可能性は、あらかじめ指摘しておいたはずです。
それに、なにも起きないのは、実にありがたいことでもあります。
逆よりは、ずっといい」
「……だってぇ……。
あのさ、暇つぶしにみんなでしりとりとかしない?」
「しません」
「けちぃ」
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
「シナクさんは、前に、この近辺を訪れたことがあるんですよね?」
「一度だけ、早足に通り過ぎただけですが」
「ヒト型と遭遇したのは……」
「この先の……もっとずっと奥です。
今の歩速ですと……そうですね。
そこまで到着するのに、おそらく、数時間はかるくかかるかと……」
「そんなに歩くのぉ?」
「自分一人なら、それこそあっという間です。
それに、事前調査をすっ飛ばすことを希望したのは、先生であります。下調べをさせてくれれば、もっと問題となる地点の近くに転移できたのですが……」
「ぶぅ。
歩くのには慣れているんだけれどもぉ……退屈なんだもん」
「シナク」
「なんだ? ルリーカ」
「あれ」
「……壁面に絵……いや、記号? 文字?」
「あきらかに、人為的な痕跡ですね。
ちょっと、メモを取らせてください」
「先生は、なにも記録しないんですか?」
「だってぇ。
あたしの専門、言語学だしぃ……」
「……ルリーカ、現在地の座標を確認。
地図に書き込んでおいて」
「了解」
「……っと、終わりました。
いいですよ、先に進みましょう」
「では……うぉっ!」
ざざざざざざ……。
「地面が……消えた」
「原始的なトラップ……落とし穴、ですね。
気づいたのがおれでよかった……」
「そうねん。
他の人なら、地底の奥深くまで落っこっていったかもん」
「仕掛けとしては、単純ですが……ずいぶんと、大がかりですね。
この深さは……うーん。
光が、底まで届かない。
まともに落ちていたら、無事ではすまなかったでしょう」
「ちょうど……この壁面の記号に気を取られて、そこから踏み出した者が落ちそうな位置をねらっていますね。
明らかに、悪意……そういってわるければ、作意が感じられます」
「そのようですね。
この先は、いっそう、慎重に進みましょう」
「バッカス。
バトルアックスの柄で、地面を探りながら先行してくれ」
「わはははははは。
当然の用心だな。心得た」
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。かちっ。
「ん?」
「え?」
「なにん?」
「わははははははは。
今、なんか感触が……」
「馬鹿! どけ!」
がばっ!
がん!
がん!
がん!
がん!
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「わはは。
な、なあ、シナク……。
この、今、落ちてきたのって……」
「ああ。
おれが突き飛ばしていなかったら、バッカス、お前の頭に直撃していたな」
「いや、そういうことじゃなくてな、シナク。
あのよう……。
なんでこんなものが……その、落ちてきたんだ?」
「おれに聞くな!」
「さきほどの落とし穴はともかく……落下してきたこれが当たって、重傷をおう可能性は限りなく低いでしょうね」
「これって……シナクくんが遭遇したってヒト型が仕掛けたのかしら」
「他に、誰が仕掛けるというんですか?
少なくとも、迷宮の外にいるわれわれは、この付近に一歩も近寄っていないんですよ」
「やつら……なにを、考えていやがる?」
「少なくとも、ぼくには理解不能です」
「ああ。
おれもだ」
「シナク……。
この金盥、どうしよ?」
「ほっとけ、んなもん!」
「この罠をしかけたのが未知のヒト型であったと仮定して……彼らについて、ひとつわかったことがあります」
「……拝聴しましょうか? 先生」
「少なくとも彼らには、冗談が通じます」
「先生。
それ……笑うところですか?」
「……この先のトラップも、すべてが笑ってすませられるものだという保証もありませんから……やはり、慎重にいくことにしましょう。
バッカス、さっきと同じように先導してくれ。
今度は、なにか異変を感じたら、すぐに飛び退けよな。
次も冗談だとは限らないんだから」
「わははははははは。
了解だ、シナク」
「ルリーカ、今のうち、念のために聞いておこうと思うんだが……周辺の罠を、事前に関知できる魔法とか……」
「シナク。
そのようなピンポイントで都合のよい魔法は、存在しない」
「……だよなあ」
「……うぉっ!」
ばっ!
「バッカス!
またか!」
「まただっ! 今、かちって感触が……」
「今度はなんだ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんにも、起こらないわねん」
「いや……なにか、音が聞こえませんか?
小さい、地鳴りのような……」
「音……ですか?
ぼくにはなにも……」
「聞こえる。
……シナクのいうとおり、地鳴りのような音が、だんだん大きく……」
「これ……徐々に、こっちに、近づいている気がしません?」
「って!
んな、悠長なことをいってる場合じゃない!
全員、来た方向に全力疾走ぉ!」
「えー、なんでぇ!」
「あれが……見えないんですか!」
「……あっ。
なんか、遠くで、丸いものがこっちに……」
「距離があるからわかりづらいですが……あの丸い岩、この通路をほとんど全部塞いでます!
あの岩、でかい上、しばらくは逃げ道がない!
あれに押しつぶされたくなければ、黙って走れ!
ルリーカ、先生だけでも転移魔法を……」
「どぉぉぉぉぉりゃぁぁっ!」
ずがぁぁぁん。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「わははははははは。
落ち着いて、よくみろ、シナク。
こりゃ……張りぼてだ」
「……おい。
また……冗談の方……だったか」
「ああ。
冗談の方、だったみたいだな」
「あたしぃ、やっぱりこれ仕掛けた人たちってぇ、ユーモアを……」
「笑えるかぁ!」
「ま、ま、シナクさん、落ち着いて。
気持ちはわかかります。気持ちは、よーく、わかります」
「……はぁ。
このまま、帰りたくなってきたな……。
おれ、絶対、この任務には向いてないぞ……」
「お気持ちは……いいや。
もう、まったくの同感ですな!
ですが、この任務に向いている人材というのも、探そうと思って探せるものではないでしょう。
状況が異常なだけで、これまでのシナクさんの判断は的確です。このぼくが保証します。
このまま、今までどおり、慎重にいきましょう。慎重に……ね? ね?」
「はぁ……。
では……先、いきますか……」
「前には、こんな二股、なかったと思うんだが……」
「地図では、一本道になっていますね」
「ルリーカ。
この壁の向こうを見通す魔法なんかは……」
「シナク。そんなピンポイントの魔法は、ない」
こんこん。
「やけに音が響く。
この壁、かなり薄いようです」
「この、青い壁と赤い壁……どちらかを選択してぶち破れ……ということなんでしょうね」
「はずれだったら、トラップ発動……というパターン、なんでしょうね」