25.ねぎりのだいしょう。
「んで、今度は個人的な相談なんだがな、コニス」
「はいな。
シナクくんがわたしに、って珍しいパターンだね」
「例の術式、な。
おれの、こいつに刻むことは……」
「……やめておいた方がいいぞ」
「あんたか。
いきなりはなしに入ってくるなよ」
「これを渡したときにも説明したと思うが、こいつは、横方向からの力に滅法弱い。
ちょいとした衝撃でもポッキリ折れかねん」
「その割には……これまでかなり酷使してきても、なんともないんだが……」
「おそらく、刃の当て方がいいんだろうな。
お前さん、無意識のうちにか、獲物に対して直角に……無駄な力が刃にかからないような使い方をしていると見える」
「……そんなもんか……。
じゃあ、あの術式を使おうと思ったら、新しい武器を調達しなけりゃ、だな」
「はいはい。
今も在庫はたくさんあるよ。
シナクあたりだと、どんなのがご希望かね」
「斬れ味がよくて、軽くて、壊れにくい」
「優先順位もそのまんま?」
「そう。
第一によく斬れて、そんで軽ければ、なおいい。おまけに頑丈なら、いうことはない」
「斬れ味重視、となると……このへんになる、かなあ?」
とん。とん。とん。とん。
「シナクくんだと、やっぱ槍よりも刀剣でしょ? 直剣は、どちらかというと、突くとか叩くになっちゃうからね」
「そもそも、術式が使えるのなら間合いが極端に大きくなるからな。槍を使う必要性が、格段に減るし……。
曲剣……いや、片刃だから、曲刀というのかな?」
「地方によっては、そういうのが主流だったりするみたいね。輸入物だよ。
今、手持ちの中で斬れ味重視っていうことになると、ほとんどはそういう形になっちゃう」
「サイズも、いろいろあるみたいだな……」
「騎兵用か歩兵用かでも、また違ってくるしね」
「長くてでかいのぶん回しても、迷宮の中では邪魔くさいだけだしなー……。
サイズ的には、こいつが手頃かな?
ちょっと振って、バランスを確かめたいんだが……」
「そういうのは、わたしよりもマスターに確認して」
「だな。
おーい、マスター!」
「好きにしろよ」
「あんがと、マスター。
よっ!」
ひゅん、ひゅん、ひゅん。
「ん。
いんじゃね。
思ったよりも、軽い気がする」
「これだと、肉厚もそんなんでもないしね」
「本当に、よく斬れるんだろうな?」
「さっきもいったけど、今出したのはどれも、手持ちの中では最高クラス。
近隣一帯を探してみても、これ以上の品は見つからないって保証できるよ」
「信じる。
じゃあ、こいつにするわ」
「まいどあり!」
「で、肝心の値段なんだがな……」
「金貨五十枚。術式別」
「またまた。
三十枚。術式込み」
「ご冗談を。
四十五枚。術式別」
「三十五枚。術式込み」
「シナクくんはわたしに首を吊れというのか!
四十五枚。術式込み」
「もう一声!
四十枚。術式込み」
「……ううー。
四十四枚。術式込み」
「刻みが細かいな、おい。
四十二枚。術式込み」
「四十三枚、術式別!」
「四十三枚、術式込み!」
「……ちょっと、シナクくん。
……これ以上は、本気できついんですけれど……」
「ここで妥協はしたくねーな。
四十二枚、術式込み!」
「微妙に下げてるし!
あー、もう!
しゃーないなー!
シナクくんには普段からお世話になっているしぃ!」
「よっしゃあっ!」
「ただし……」
「な、なんだよ……その、ただし、って……」
翌朝。
迷宮前。
「……値切るんじゃ、なかった……」
「ブツクサいってないできりきり働かないかね! フルアーマーシナクくん!」
「おれは今、死ぬほど恥ずかしいんだが……」
「値切った分、宣伝に協力してくれるって約束だからね!」
「はめられているじゃねーか、おれ……。
思いっきり、はめられているよ」
「本職相手の交渉であそこまで粘れれば、むしろ上等かと思いますが……」
「思いっきり他人事だな、レニー!」
「実際、他人事ですしね」
「それじゃあ、フルアーマーシナクくん!
ぼちぼち人手も増えてきたことだし、いっちょ、デモンストレーション第一弾、いってみようかぁ!」
「なんだ、あれ?」
「あの尖り耳……ぼっち王、なのか?」
「またあいつらか!
今度はいったい、なにをしでかそうってんだ?」
「さあ、注目も集まっていることだし、景気よくいってみよう!」
「あー、もう!
やりゃあいいんだろ! やりゃあ!」
「お集まりのみなさん!
まずは、あそこに吊してあるモンスターの死体にご注目ください!
……さっ、シナクくん」
「おうよっ!」
ずぱん!
「おい!」
「今、ひとりでに、死体が……」
ずばん!
「間違いない!」
「ああ。
素振りをするたびに、羽が飛んで肉が裂けてる」
「なんかの魔法……いや、あの武器に付加された効果なのか?」
ずばん!
「さあ、すでにご察しの方もおいででしょうが、これなる剣に付加されたる術式、遠方の敵をしとめる効果あり!
これより試作品をご用意いたしましたので、疑問に思う向きには、まずは存分に試し斬りを!
はいはい!
順番に、順番に……」
ずばん! ずばん! ずばん! ずばん!
「斬れる! 斬れるぞ!」
「確かに!」
「手応えが、ある!」
「おい!
この効果を武器に付加するには、どうすればいい!」
「そこの職人さんに術式を刻んで貰えれば、即刻使えるようになります。
若干の注意事項もございますが、それは職人さんに直接お確かめださい」
「む。
……金貨五枚、か……」
「安くは、ないな……」
「ああ。
だが……高くも、なかろう」
「だな。
メリットを考えると、十分に釣りがくる」
「おい、誰か、金貨持っていないか?」
「手持ちの金、かき集めろ。
全員の分をあわせれば、なんとか金貨五枚分くらいは……」
「い、いや!
それよりも、ギルドだ!」
「そうだ!
今から賞金を引き出してくれば……」
「……おーい、コニスぅー。
おれの出番、もう終わりでいいんじゃね? ってか、終わりにしてくれ……。
頼むから」
「……そだねー。
予定ではあと二、三回、デモンストレーションをやってもらう予定だったけど、なんか、最初の一回だけで噂が浸透しちゃったみたいだから……。
んー。
まあ、これでいい、かなー……」
「……ふぅ。
よかった……。
じゃ、じゃあ、おれは、いつもの仕事に戻る……」
「シナクさん!」
「……ギリス、さん?」
「はい。
シナクさんご指名のユニーク・クエストが発生しました。
ちょっと、仮設管制所まで来てもらえますか?」
「……もう何人か、うちのスタッフが当地に来る予定なんですが……本来であれば、人員がそろってから改めて案内してもらう予定だったんですが……。
こちらのリリス博士が、どーしてもだだをこねられまして……」
「ぶぅ。
レキハナくん、いじわるだぁ」
「つまり、帝国のお二人を案内せよ、と……。
一昨日の件もあるし……なんか、おれがいくと、縁起が悪くはないかい?」
「……とはいいましても、例のヒト型が出現した周辺地域は今まで閉鎖してきましたので、シナクくんしかいったことがなく……」
「いきなり、あそこに連れて行くのかよ。
なにが起こるかわかったもんじゃないし、場合によっては、この人たちの身の安全も保証できないぞ……」
「そういうと思いまして、護衛をもう二人……」
「わはははははは」
「シナク、ゆうべぶり」
「こいつら、か……」
「うちのギルドの、最強メンバーだと思いますけど……」