8.とうへのきかんと、とうからのきかん。
「おし。
必要なものは、一通り買い揃えたな。
店の人がなんか人の顔をジロジロみていたが、メイドが男物の服を買っても別に問題はないよな、うん。使用人が主人の言いつけで買い物に来ることは、よくあることだし、念には念をいれて、今まで入ったことのない店を選んだし」
「さて、さっさと着替えて男の格好に戻りたいところだが、町中だとそうもいかないか。
押さえている宿屋には、この服装では帰りたくないし。
いったん塔に帰ろう……」
「っと。
ここまで人通りのないところに移動すれば大丈夫だろう。
あー、あー。
ゴシュジンサマコノアワレナメシツカイメヲドウカオクリカエシテクダサイマセ。
畜生。
わざわざこんなクソなキーワードに設定しやがってあの性悪魔女め」
『念のためにいっておくが、聞こうと思えばこちらはお前さんのひとりごともすべて聞こえるのだがな。内耳に通信装置を埋め込んでいる関係上、お前さんが耳にした音声はすべて拾えると思っていい。
それと、このわたしがせっかく考えてやった素敵キーワードだ。棒読みせずもっと感情を込めていうように』
「おれにプライバシーはないものか。
それと、そんだったら別にキーワードなんか決める必要はないだろう!」
『音声を拾えるといっても、四六時中監視しているほどこっちも暇ではないんだ。日常生活ではまずいうことのないセリフをお前さんの声でいわれたときだけ、アラームが鳴るように設定している。
だから、キーワード自体は必要だ。
……それ以外の音声はゆっくり楽しむために録音しているだけだ……』
「なんか最後に不穏なことぼそっと小声でつけ加えたよこの人っ!」
『気にするな。後でお前さんの言動をチェックして個人的にニヨニヨするだけだ。
気にするな、というのが無理なら、治療費の一部だと割り切れ』
「ま、いいですけどね……。
なんか、あんたには逆らっても無駄なような気がしてきたし……。
それより、人が来る前にさっさと塔に帰してください」
「ほいよ」
「わっ!
いきなり、一瞬で移動するからな。
いつまでも慣れないなあ、こいつには……。
と……まてよ?
この空間ナンタラを使えば、直接おれが借りている宿の部屋まで行けたのでは?」
「試してやってもいいのだがな。
転送先の正確な座標がわからない場合は、かなり危険だからお勧めはしない。
最悪の場合、かの有名な石の中のにいる状態に……」
「なんだかよくかわらないが、危険だというのならやめておくのが無難なんでしょう。うん。
それではおれは、さっそく着替えてきます。
……って、なんでついてくるんですか?」
「ここまで面倒見てやったんだ。生着替えくらい見せてくれても罰はあたらないだろう」
「おれの隅から隅まで、それこそ贓物の中身まで知り尽くした人がなにいっているんですか。
さあ、出ていってください」
ズリズリズリ。
バタン。
「本当になんなんだろうな、あの人は……。
いまだに性格が把握できん」
「ふう。
やっぱり、この格好の方が落ち着くな。
さて、と。メイド服も畳んで、と……」
「おう。
抱き枕が男物の服を着ている。
いや、これはこれで、新鮮でいいな」
「おれがメイド服を着ている方が異常なんです。
とりあえず、この服はお返ししておきますね。
それから、早速ですが、もはやおれがこの塔に居続けるべき理由はありません。今すぐにでも退去したいと思います。
もちろん、命を助けていただいた恩は恩として、必ず返しに来るつもりです。
そのためにも、はやく以前の生業に戻って仕事に精を出したいと思います」
「そうか。借りとか貸しとか、そうそう気にしなくてもいいのだがな。お前さんがそういうのなら貸しにしておこう」
「それでは、これ以上お手を煩わすのも気が引けますので、おれは歩いて町に帰ります」
「予想していたよりも、あっさり帰してくれたな」
「まずは、ギルドにいくか。
報酬がいくらか残っていたはずだし、まずはそれを精算して貰って……」
「あ。シナクさん。おひさしぶりです。無事だったんですね。
ここ数日、顔を見せなかったからソロ中にへまをしてお亡くなりなったか、吹雪でどこかに足止めされているのかってみんなで噂していたところなんですよ」
「後者はともかく、前者は縁起でもない噂だな。
実際には、あー、吹雪で足止めくらっていたことは確かだな。
ええっと、今日はだな。まだ受け出していないおれの成功報酬があったと思うんだけど、それの精算をして貰いたくて……」
「はい。
で、いかほどご入り用ですか?」
「全部」
「へ?」
「だから、全部。
こっちを留守にしている間に、出先でへまをして大きな借りをつくっちまってね。その埋め合わせをしなければならないんだ」
「え? あ、あの……。
ちょ、ちょっと、お待ちくださいね……。
すいませーん、ギルド長ぉー!
シナクさんが全額……」
「なに? ちょっと待てよ、おい。ギルドにはそんな多額の現金は置いてないぞ。
誰か、両替商に使いをだせ!」
(……ずいぶんと、待たされるなぁ……)
ズリズリ。
「よっ……と」
「ミスリルのインゴットって、結構重いのな。金貨換算だともっと重くなるってはなしだったし、しかたがないのか。
しかしおれ、いつの間にか結構、ため込んでいたんだな。
さんざん待たされたあげく、両替商の店長が出てきて明日までには全額揃えるから、今日のところはこれで勘弁してくれって土下座までされちまったもんな。
別に急がないし、金貨が無理ならレアアイテム換算でもいいですよ、っていったらギルド長ともども涙流して喜んでいたけど。
おお。久しぶりの宿屋だ」
「おや、シナクさん。ようやく帰ってきたね。部屋はまだちゃんと取ってあるよ」
「ありがと、おばちゃん。
これでまた先払いしておいてね」
「おや、金貨かい。ずいぶんと羽振りがいいね。
しばらく顔をみないと思ったら、またソロで深いところまで潜っていたんだね」
「まあ、そんなところ。
あとで部屋に飯とお茶、それにお湯、もってきてくれる」
「あいよ。いつもの通りね」
ドサッ。
「ふう」
「いつもの通り、いつもの通り。
まったく、この硬いベッドこそ、いつもの通り!
ああっ! ついに帰ってきたぞ、畜生っ!」
どさっ。
「そいつはよかったな」
「な……なんで、おま……。
裸で降ってきやがりますか……」
「お前さんがようやく一人になったようなのでな。通信機の位置から安全な座標を割り出して、移転してきた」
「い、いや……。
そういうことではなく、だな……」
「お前さん、抱き枕としての役目が、まさかあれで終わったとか思っていやしないだろうね」
「こ、こら……」
ガチャ。
「シナクさん、いいかい?
お食事とお茶とお湯、ここに……あら?
シナクさんの上に、裸のべぴんさんが……」
「宿屋の人、勝手にお邪魔させてもらっている」
「あらあら。
若いっていいねえ。
わたしはなにも見なかったし、このことを誰にもいいませんからね。
そうだよねえ。シナクさんも童顔だけど若い男の子だもんねえ。こういうこともあるよねえ。
そこのべっぴんさん、もうひとり分、お食事の用意しておく?」
「それには及ばない。
食事は塔ですませてきた。あとは寝るだけだ」
「そうかいそうかい。
シナクさんをよろしくね。シナクさんも、この人のことちゃんと大事にするんだよ。
それではあとは若い人同士、ごゆっくり」
バタン。
「あっ……あっ……あっ……」
「やっぱりお前さんの抱き心地は最高だな、抱き枕。
ん? どうした? 先ほどからフリーズして。
体が麻痺しているようなら食事もわたしが食べさせてやろうか? なんなら、口移しでもいいぞ」
「なんじゃこりゃーっ!」