23.きぼりのめいどと、しさくひんのしちゃく。
「無詠唱の転移魔法……人間と実物大の、遅滞なく会話が可能なゴーレム……。
どちらも、現在の魔法学の水準をはるかにこえて……」
「あ。先生が壊れた。
もとい、まともになった」
「どーぞくちゃん……。
どうしよ、あの人……やっぱり、五賢魔の一人かもしんない」
「えーと……。
先生、それでなにか、困ることでもあるんですか?」
「……そういわれてみると……とくにない、かな?
どうしよ、あたしぃ……すっかり取り乱してるぅ……」
「わたくしの手が必要とされているのでございますか?」
「こちらのギルドの方々は、そのようにいっているようだな」
「ギリス」
「あっ、はい!
そうです! 必要です! 是非、お手伝いください!」
「ご主人様もそれをお望みなのですか?」
「強くは、望んでいない。お前がいやなら断ってくれても、ぜんぜん、かまわない」
「つまりご主人様の都合というよりはご主人様がわたくしのためになると思っていらっしゃるわけでございますね」
「そのとおり。
お前はもとも、ヒトの思考形態を模倣することを目的に制作した。しかし、いつまでも塔にこもって文献だけを参考にしてヒトらしさに磨きをかけるのにも限度がある。もうそろそろ、もっと大量のサンプルと直に接してみさせる頃合いではあるかな、とは、思っていた」
「ご主人様の思惑は理解いたしましたそれではわたくしは具体的にどのようなお仕事をしてこの方々のお手伝いをおこなえばよろしいのでしょうか?」
「ちっこい魔女」
「魔法の学習とその実践」
「わたくし魔力を扱う機能はございませんし魔法も使えない仕様となっております」
「問題ない。
魔力は迷宮の中にある。魔法を使うことではなく、魔法の使い方を理解していることこそが肝心。正確に術式を記述できるのなら問題はない。術式の扱い方はこれから学習してもらう」
「それならば問題はないようですねご主人様のご要望とあれば謹んで拝命させていただきます」
「あー……。
ちょっと、横から口を挟んで、なんだけど……。
あのさ、塔の方の用事とか、大丈夫なの?」
「抱き枕様ご心配には及びませんなにしろわたくしの予備ボディは百八体までございます必要とあればそのすべてを同時に稼働させることも可能です」
「あ。そういや、こいつ、人間じゃなかったっけか……」
「ええっと……誰からも異存がでないということでしたら、具体的な雇用条件について煮詰めたいのですが……」
「雇用条件とはいったいどのような意味を持つ用語でございましょうか?」
「あっ。
こいつ、今まで塔からでたことがないから……一般常識とか、ほとんど知らないんじゃないかと……」
「そ、そうはいっても……だからといって、ただ働きをさせわけにも……異族保護法とか、いろいろな労働法に引っかかっちゃいますし……」
「あー。
木彫りのメイドさんよ。
塔の外の掟として、誰かに働いてもらうときは、多少の例外はあるものの、基本的ななんらかの対価を必要とするわけだ。たいていは現金の受給になるわけだが……ここまでは、理解できるか?」
「そこまでは理解できました抱き枕様しかしひとつだけ疑問がございますその現金とはいったいいかなるものなのでございましょうか?」
「……そこから教えなければならないのか……。
ええっと……コニスのやつがいれば、詳しすぎるほど教えてくれるんだが……事務員さんの誰か、とか……。
あっ。
みんな、引いてる」
「いや、だって、しゃべる人形とか怖いし」
「経済法面はちょっち守備範囲外っす」
「あんたら、仮にも商家の人間でしょ!」
「実際に商売をするのと、商売で扱うモノを厳密に定義するのとではぜんぜん違うし……」
ばたん。
「やっほー!
シナクくん、来てるー!
ちょっとこの試作品、着て欲しいんだけど……」
「あっ。
ちょうどよいところに来た。
おーい、コニス。
ちょっとこの人形に、現金とはなにか、しっかり教えてやってくれ!」
「お人形さん?
おお、しゃべれるのかい。いろろな疑問も持つって? いいね。偉いね。このお人形さんも、例によって塔の魔女さんの関係? そーかいそーかい。いいよ、わたしに答えられることならいくらでもお教えしようじゃないか!
そのかわり、シナクくん。
この試作品をちゃっちゃとつけてくれたまえ。一応、全部、シナクくんのサイズに会わせているはずだけど、都合が悪い箇所があったら、遠慮なく指摘してくれい!」
「……なんか、色合いが、非常にあれなんじゃなか、これ……」
「濃い赤……返り血が目立たないように、ですかね……」
「町中で身につけるのには、勇気がいる色だよな……。
ええっと……まずは、胸当てからかな……。
ん。
色はあれだけど、見た目よりは軽いな。
肩も、腹も、自由に動く」
「シナクさんは軽戦士ですから、動きやすさを第一に考えているみたいですね」
「まあ、心臓周辺に打撃を受けるようでは、実戦だとやばいわけだが……」
「一撃で動きが止まらない、というのは大きいですよ」
こんこん。
「どうです? 耐衝撃性能とか」
「よさそうだな。ぜんぜん、響かない」
「完全な、局所保護型ですね。
要所だけをしっかりガード、というコンセプトですか」
「そんで……これ、兜……なのか?」
「ですね。
頭の上半分をすっぽり覆う……」
「……なんか、これをつけている自分を想像したら……情けない気分になってきたよ……」
「まあ、そう恥ずかしがらずに……」
「いや、せっかく作ってもらったわけだし、試着くらいするけど……」
すぽ。
「どうです?」
「意外と……軽い。
それと、形の割には、視界が広いな」
「目の部分の、それ……」
「ああ。
なんか、透明な板が張ってあるっぽい」
「シナクさん、発破とか多用するから、煙除けとしてもちょうどいいんじゃないでしょうか?」
「……うー。
性能はともかく、見た目がなぁ……。
ちょっと、軽く叩いてみてくれ」
「こうですか?」
こん。
「もっと強く」
ごんごん。
「どうです?」
「ぜんぜん、衝撃が来ない。
なに、これ……」
「こっちにも、なんかありますけど……。
これ、肩からかけるんですかね?」
「……そう、みたいだな。
それもつけてみるか……」
「ええっと……ここのベルトで、締めるのかな?」
「で、この帯に、ずらりと投げ短剣を刺せるわけね……」
「ああ。
これですね。
実際に、つけてみましょう」
「これで完成……なんでしょうか?」
「……おれは今、非常に鏡をみるのが怖い」
「おー、できたね! シナクくん!
おお。
かなり、格好いいじゃないか!」
「格好悪い、の間違いだろ。絶対」
「そんなことはないよ!
まるで軽薄草紙の変身ヒーローみたいで、とっても格好いいよ!」
「軽薄草紙がなんなのかはよく知らないが、決して格好良くないことだけは理解できた」
「最近、帝都で流行しはじめた、ティーンエジャー向けの絵入り物語なんですけどね、軽薄草紙って……。
でも、外見はともかく、性能は良さそうじゃないですか? これ」
「……町中では、絶対、身につけたくないな。
普段は持ち歩いて、迷宮に入ってから身につけることにしよう。
ところでコニス、木彫りの方は、もういいのか?」
「ああ、ばっちりばっちり!
あの子ならもう向こうで、事務員さんたちとガールズトークやってるよ!」
「……順応性高いな、おい……」