22.まぼろしのるーつと、まじょどうしのこうしょう。
「どーぞくちゃーん、いっしょに飲みましょー」
「ひっついたりすりつけたりもんだりかんだりなめたりしない、それから、十分な距離をおくことができればいいですけど……あれをやられると、その、人間としての尊厳がごそっと持っていかれるんで……」
「んー。いけずぅー」
「それから、さっきから気になっていたんすが……その、同族とかいうのなんすか?」
「うん。
森の民ねん。
ひょっとして、聞いたことない?
こういう尖り耳の一族のこと。
どうした加減か、今ではすっかり数が減っちゃったけど、長寿で容姿端麗、魔力に秀でていて、精霊と交信できたりして、他の種族とはあまり交わらない……そんな種族が、大昔にいたみたいなのよねん。
もともと、ヒトをはじめとする他の種族との接触が極端に少なかったんで、気づいたらいつの間にか、ほとんど姿を見ないようになっていたんだけどぉ……」
「その、先生とかおれとかが、その種族の生き残りだっていうわけですか?」
「そうねん。
少なくとも、遺伝的にはぁ。
だってそんなすてきな耳の持ち主、他でみたことないでしょん?」
「そりゃ、会ったことはありませんが……おれ、魔法なんか使えませんよ」
「そなの?」
「そです」
「あらぁ、惜しい。
そんなに膨大な魔力、体にためこんでいてるのに……今まで、出し方を学ぶ機会に恵まれなかったのねん」
「膨大な魔力?
おれの中に?」
「そうよん。
見る人がみれば、一目瞭然。
あっちのカウンターでグロッキーしている人は論外にしても、こっちのちっこい魔女ちゃんよりはよっぽど大量の魔力を堆積しているわん」
「……うっそぉ……」
「本当。
だからこうしてシナクに体を密着させると、とても心地よい」
ぴた。
「ルリーカ……。
知っていたんなら、もっとはやく教えてくれよ……」
「もう、知っていると思っていた。
この前ロストした魔法剣の使い手も、気づいていた」
「そういや、おれ……あの人にも、しつこく一緒に稽古をしよう、みたいに誘われていたんだった……」
「そうねん。
その小さい方の魔法使いちゃんは、魔力的にみると、平均的な魔法使いよりも、若干、容量が小さいみたいだけど……あっちの大きい方のは……いったい、なんなの?
あれ……本当に、人間?」
「まだ人間の範疇にはいるのかどうかは微妙なところだが、本人の談によると、伝説の五賢魔の一人だそうだ」
「うそ!
……いや、あの魔力量をみると……あながち……。
あの人の名、なんていうの?」
「ここいらでは、塔の魔女で通っているけど……」
「……聞いたこと、ないわねん」
「おそらく、ローカルな通り名なんだろうな。
他にも別名があったような気がするけど……えーと……なんとかかんとか、タンとか……不眠の魔女とか……」
「不眠の魔女のタン!」
「わっ。
いきなり……」
「あら……いきなり大声をだして、ごめんなさいねん。
ただ、不眠、っていったら……あれよぉ、五賢魔の中でも、一番、扱いに困るっていうかぁ……」
「そうなのか?」
「うーん。
他の五賢魔っていうのは……行動原理が、比較的明確なのねん。
なるしーとか破滅願望とかアイテムづくりとかぁ……方向性がはっきりしている分、扱いやすいっていうかぁ……。
でも、不眠となると、もうちょっと複雑っていうかぁ……抽象的になるわけね」
「行動原理が?」
「そ。
行動原理が。
それがあやふやだと、取引や交渉をおこなうとき、不首尾におわることが多いわけでぇ……。
で、世評としては、不眠は五賢魔の中で一番、気まぐれってことになっているわけぇ」
「気まぐれ、ってところのは、すっごい頷けるんだけど……あれ? ルリーカ、この前、あの魔女の行動原理がどうとか、いってなかったか?」
「いってた。
あの魔女の行動原理、その根底にあるのは好奇心。未知の事物を探求し、知ろうとする知的衝動」
「それがわかっても……やっぱり、かなり抽象的よね、それ……」
ぼす。
「なにこそこそ人の噂話しているんだよー、抱き枕ぁ……」
「だから、その脂肪袋、人の頭に乗せるなと……」
「本気で重いんだぞ、これ。
ましてや、今みたいに体調が悪いときにはだなぁ……」
「あ、あの……本当に、不眠の魔女の、タン……さん……なんですか?」
「そうですがなにか?」
「な、少なくとも、そう名乗っていることは確かだろ」
「え……ええ。
で、でも……伝説上の存在に、出張先の酒場でばったりでくわしたり紹介されたりしても……」
「……普通、はいそうですか、とは、納得できんか」
「ところで、大きい魔女、ひとつ提案がある」
「なんだ、ちっこい魔女、一応いってみろ」
「ギルドは今、術式を正確に記述できる者を必要としている」
「わたしには関係ないはなしだな。関心もない」
「別に先進の、われわれにとって未知の術式を教えて欲しいというわけではない。
われわれの目から見ても使い古された式であっても、使用に際しては実用上、問題がない。ただ、それを正確に記述し、使用できる人材が極端に不足している」
「それをわたしにどうにかしろと?
お門違いもいいところだな。
いっておくがわたしは、見た通り、筋金入りの引きこもりだぞ」
「……伝説の魔女かなんか知らんが、こういうところだけみると、すっかり駄目人間だな」
「術式さえ、正確に扱うことができるのなら……別に、ヒトでなくともかまわない。
それに、ギルドには報酬を支払う準備もある」
「多少の財貨など、わたしにとってはあまり意味がないのだが」
「報酬は財貨ではない。情報。
魔女にとっても、あの迷宮のすべてが理解できているわけではないと推測する。
そこで、ギルドは、これまでに収集した情報、これから知り得る情報すべてを、リアルタイムで閲覧する権利を魔女に与える用意がある」
「ふん。
……少しは、考えたものだな。
そちらが要求するのは、多少の知的な行為が可能な労働力である、という理解で間違いはないのか?」
「間違いはない。
ここまでの会話で魔女はギルドが要求する労働力の水準を把握しているものと理解する」
「現時点で、その者に魔法に関する知識はない。
しかし、単純な記憶力でいえば、ヒトを遙かに凌駕がする。具体的にいうと、一度見聞したことは、絶対に忘れない。
そいつを貸すから、好きに使いこなしてみろ……という条件でも、可能か?」
「いうとおりの学習能力を持っているのなら、問題はない。必要な教育はこちらで行う」
「ふむ。
実は、目下、ヒトについて学習させている個体があってな。
あとの詳しい条件については、直接当人と交渉してみろ」
しゅん。
「え?」
「メイド服を着た……木彫りの、人形?」
「おひさしゅうございます抱き枕様ご主人様がたいそうお世話をおかけしております」
「わ。
人形が、しゃべった……」
「あー……。
そういや、いたなあ……こんなやつも……」
「うちの塔で家事一般を任せている、見てのとおりの、木製のゴーレムだ。
おい。
こちらの方々がな、是非にお前の手をお借りしたいと、そのように申している。
お前は……どうしたい?」