21.せいてんのへきれき。
「………………………………なんじゃ、そりゃ?」
「この情報を頭がうまく処理できないのも無理はありませんが……この帝国のお二方のおはなしが本当なら、シナクさんがじじいと呼んでいた育ての親は、皇帝様の兄上になるそうです」
「こんなことで、嘘はいえません。
この紋章は、帝族のみが身につけることを許されたもの。
万が一、この紋章がついた物品を、帝族以外の者が保持しているのが発覚したら……それだけで、死罪になっていてもおかしくはない。
そんな代物を、平然と幼い子どもに持たせておく人がいますか?
当の、帝族以外に」
「そんなこと、いわれたって……おれにとって、じじいはじいいであって、じじいでしかないわけだし……」
「混乱するのもわかるけど……。
そう……公が出奔してから、もう二十年もたつのねぇ……。
遠いような、近いよな……」
「あと……これは、帝国でも帝族に近しい者にしか知られていないことなのですが……。
西方の放牧民に端を発する帝族の、幼少時の教育法が、ですね……まさしく、今のはなしにあった、幼少時から、猟犬として、狩りに参加させること……に、なるんですね。
こう、二つも根拠が重なるとなると……まあ、まず、間違いはないでしょう」
「この子には、このお耳があるしぃ、森の民は子どもができにくいたちだから……公のご自身のご落胤って線は、まずないと思うんだけどぉ……。
それでも公は、生前から民にもよく慕われていらっしゃったからぁ、このことが広く知られたら、ちょいとした騒ぎになると思うのよねぇん」
「……あのよう、帝国のお二方。
その心配は……もう、遅くはないかい?
なにせ……今現在、これだけの人数が雁首そろえて聞き耳をたている」
「「「「「「「「「「……ええええええええっ!」」」」」」」」」」
「あっ。
みんな、ようやく解凍した」
「いや、正直、まだよくわかんないんだけど……仮に、今のはなしが本当だとしても、だ……。
すごいのは、じじい……皇帝の兄上様とやらで……おれは別に、関係ないよな? な? な!」
「取り乱すのもわかりますが、シナクさん。
ほかの方ならいざしらず、相手は帝族になるわけですからね。
まったく関係ありません、ではすまないでしょう」
「お前はいつだって冷静だなぁ、レニー!」
「逆ギレしないでください。
ぼくに当たったって、事態は好転しやしません」
「そりゃ、そうなんだろうが……ああ、もう!
なにがなにやらっ!」
「帝国のお二人にお聞きしますが……なんとか穏便に……当のシナクさんがこの通りですから、できるだけ、シナクさんに今までどおりに暮らしていただく方策というものがあれば、お聞きしたいところですね。
仮に今のはなしが事実だったとしても、ですね、その帝族の方が出奔したのは二十年も前のはなしなわけで……今さら、大きな影響はないはずですよね?」
「かのお方……ユレドレイク公が出奔したそもそもの原因は、まあ、よくあるお家騒動というやつでして……当時の帝室は、ご兄弟のどちらを次代の皇帝として擁立するかで二つに割れておりました。
どちらかが英明、あるいは愚物であればはなしは簡単だったんですが……あいにくと、お二人ともお気質の違いこそあるものの、どちらも賢明な方でして……結果、より武断的で、宮廷生活の窮屈さを嫌っていたユレドレイク公が、家督を譲る旨の書類を一通りそろえた上で、単身、見事なまでに痕跡を残さずに出奔いたしました。
その手口の鮮やかさは、もはや伝説になっております」
「あたしもぉ、個人的に面識があったわけですがぁ……不器用で、無口で、無骨な方でしたが……まつりごとには向かないという、ご自覚がおありでしたのでしょうねん。
当のユレドレイク公にしてみても、帝室よりも漂泊のうちに生涯を過ごすことを望まれたのも……公のご気性としては、頷けるところが、多々、あります」
「ただ、そのうような顛末ですから……その無欲さ、突如くらました行方の推測なども含めて、民草の間で、ユレドレイク公の名はいまだに語りぐさになっております」
「その養い子が現存すると知れたら……これはもう……」
「「もみくちゃにされます」」
「民草の人気……。
ある意味、政争に巻き込まれる以上に始末が悪い気がします」
「ああ!
頼みの綱、レニーまでもが頭を抱えはじめた!」
「さて、ここで……帝国官吏として、ひとつ提案があるのですが……」
「こ、今度はなんだよ!」
「この件については……この場だけに、留めておきたく」
「お? お?」
「帝国は、ここ数十年、きわめて安定した状態にあります。
こういってはなんですが……今さら、二十年も前のお家騒動をほじくり返したって、誰も得をするものがおりません。
ただ、公の遺族でもあります帝室には、しかるべく報告をするべきだとは思いますが……おおやけには、公の消息などは、このまま、わからないままにしておいた方がよっぽどいい」
「賛成! 賛成! それ、大賛成!
おれ、もう、これ以上ややこしいことに首つっこみたくない!」
「この場にいあわせました皆様方にも……ぼくはあくまで帝国の臣民ですから、皆様方に命令とか強制をする権限を持ち合わせてはいませんが……このシナクくんの静かな生活のためにも、どうか、この件は、内密にお願いいたします」
「わっ。
官吏様が頭を下げている!
お、おれからも、どうかよろしく!
なにとぞ、この場限りの内緒ってやつで……よろしく!」
「え、ええ。
天下太平のためなら、頭のひとつやふたつ、平気で下げますよ。ええ!
それで平地に乱を起こす要因がいっこでも減るんなら、実にやすいもんです」
「おれも! 平和大好き!
いや、帝国官吏様。
まだまだ知り合ったばかりだが、あんたとはいい酒が飲めそうだ!」
「「はははははははははははは」」
「……なに、この茶番」
「利害の一致、というやつですね。
でもまあ、大事に至らないでよかった……」
ぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
「いやー、吃驚した」
「これ、本当?
みんなで共謀してわたしを騙そうとしてないよね?」
「感動したっす!」
「……マスター。
お水、もう一杯……」
「はいよ」
「そういや、どことなく気品のある顔をしているなーって、前々から……」
「今のはなしきいてなかったの?
直接、血のつながりはないってことでしょ?」
「そうか。
シナクどののあれは、帝室じこみであったか……」
「死線を潜ってきた経験が違う、とも、いわれたな」
「われらも、肝を据えるべき頃合いかもしれん」
「なんか、メイドさんたちが物騒なおはなししてるけど……」
「し!
かかわり合いにならない方がいいわよ!」
「でも……なんか、財産を相続するとかいうはなしでもないみたいし……シナクさん、関係ないといえばないよね」
「でも、話題性があるみたいね、帝国の方では」
「やっぱ、内緒にしてた方がいいのか」
「これでまた、ぼっち王の伝説がまたひとつ……」
「しっ!
だから、あくまで内緒だって!」
「内緒話って、たいてい、そうやって、いつの間にやら伝播していくよね」