18.ときには、おんなだらけのさかば。
「ギルドの方は、昨日の件が一段落したんで、今後のために鋭気を養う意味も兼ねての慰労会、だとさ。
メイドさんたちは、おおかた、剣聖様の気まぐれなんじゃないのか?」
「気まぐれとは人聞きが悪いな、マスター」
「剣聖様も、いちいちこっちに来るなよ。
というか、産後いくばかもしない乳飲み児抱えた主婦が毎晩飲んでいるなよ」
「失敬な。
これでも、昨夜今晩とわたしは一滴も飲んではおらんぞ?」
「一滴も飲まないでそこまでいけるのも、考えてみると凄いよな」
「今晩は、あれだ。
明日から我が家の家政とギルド委託の武術師範、二つの仕事を交代でやってくれるメイドたちへ、だな。
謝意をあらわすと同時に慰労の意味もかねて……」
「つまりそういう口実で飲みにでた、と」
「そうそう……ではなくて、だな。
その、うちのメイドたちに息抜きの機会を与えよう……というのは、本当だぞ?」
「はいはい。
その割には、メイドさんたち……ちょっと、ピリピリしていないかい?」
「そんなはずは……うむ。
いわれてみれば、少々、殺気がこもっているな」
「殺気かよ!
大丈夫なのか?
こういってはなんだけど、それでなくてもあんたのところのメイドさんたち、そことはなく威圧感があるんだから……」
「威圧感……だと?
はは。
そんなことはなかろう。
うちのメイドたちは萌え萌えきゅんだとご近所でも評判で……」
「なんだよ、その、きゅん、ってのは。
おれの気のせいでなければ、どうも事務員さんたちとの間に、謎の緊張感が漂っている気がするんだが……」
「なに? それはいかんな。
仮にも明日からともに仕事をする仲間だ。
ここはひとつ、わたしが一肌脱いで場を和ませてくるとしよう」
「……おい。
場を和ませるのにあれほど不向きな人材も、ちょっと、いないんじゃないのかい?」
「シナクさん、シナクさん。
このようなときはですね、頭を低くして嵐が通過するのを待つに限ります」
「レニーの目からみても、やばそうか?
今の状況」
「……台風の目が、これだから……。
彼女たちも、なんというか……」
「なにぶつくさいっているんだ?」
「レニー。シナクには、いうだけ無駄」
「ですね」
「ルリーカまで、謎発言を……」
「だから、そういうのじゃなくて……」
「迷宮詰め組は、まだしも接触の機会が……」
「そうはいっても、実際には……」
「……だって、まともにはなせたの、今日がはじめてっすよ?」
「ふはははは。
飲め飲め。
憂さがあるのなら、早めにはらすがよい!」
「「「「「御意!」」」」」
「それ、ギルドの職員たちも、今宵はわたしが払いを持つ。
無礼講でいこう!」
「……剣聖様ぁ……」
「ど、どうした? ギリスよ。
いきなり、わたしの手を掴んで……」
「剣聖様は、よく結婚できましたね」
「なんだとぉ!」
「間違いました。
どうしたら、剣聖様のようにいい家庭が持てるのでしょうか?」
「あー。
それには、まず相手が必要に……」
「年上で理屈っぽくて可愛いげのない女にもチャンスは……」
「わははははは。
今日は、珍しく盛況でよかったなあ、マスター!」
「珍しく、は余計だ。
おれとしては、もう少し静かな雰囲気で、しんみりと飲める場所にしたいところではあるが……ま、お客のえり好みはしないさ。
バッカス、お客を使いだてしてすまないが、あちらのお嬢さん方に、こいつ持っていってくれ」
「わははははは。
いいとも」
「えらく手の込んだ、おしゃれな酒肴を作りますね」
「客層にあわせているんだよ。
おまえらに手の込んだ料理食わせても、ちっとも関心してくれんだろ?」
「とくにおれなんか、食えればなんでもいいって方だからな。
マスター、手が空いてからでいいから、こっちもなんか腹にたまるものを頼む」
「ほいよ。
いまだしたのと同じ、例の大量発生の肉を薄切りにして野菜のムースを挟んで蒸し上げ、とろみ餡をかけたもんだ」
「あっ。うまそう。
マスター、それ、こっちにも欲しいっす」
「ほいよ。
多めに作って蒸してあるから、取り分けて餡をかけるだけ。これなんかは、下拵えさえしておけば、出す段にはそんなに手間がかからない……。
ま、典型的な、居酒屋料理だな」
「でも、これ、おいしいっす。
肉の脂がムースにしみこんで、野菜のうまみが肉に移って……」
「これだよ。
こうやってほめてくれる客が少ないから、おれもいまいち、やりがいを感じないんだよ……」
「いや……いちいち口にだしていわないだけで、いつもうまいとは思っているよ?
でなければ、毎日のように通ってないわけだし……」
「マスター、マスター!
これ作り方、教えてもらえませんか?」
「いいけどよ……。
微妙に手間がかかるかるし、間違っても保存食向けの料理ではないぞ」
「別にいいす。
おいしいものに出会ったときは、後学のため、できだけ、メモをとるようにしているっす」
「メモというより、それは……。
ずいぶん詳細できれいな、ノートですね……」
「日記代わりっす。
うちのおやじが、いわゆる素人博物学者ってやつでして……小さい頃からいろいろなスケッチをやらされているもんで、なんでもこれに書き込むのが癖みたいになっているっす」
「それでクレパスまで、持ち歩いているんですか……」
「さ、マスター、お願いしますっす」
「あ、ああ……。
まず、野菜をブイヨンでよく煮込んでから裏ごしし……ブイヨンをつくる余裕がなければ、お湯でもかまわないが……」
「ブイヨンの作り方は?」
「肉と同じ出所の、骨だな。
骨を割って長時間煮込むと、骨髄からエキスがでて、これで野菜を煮込むとほどよい甘みがでて、肉の味とよくなじむようになる」
「なるほど。
家庭料理だと、確かにそこまでの手間はかけられないっすね」
「ブイヨンの味がよくしみこむから、野菜自体の質はあまり問題にならない。一般に捨てるような部位でも、これで煮込んでから裏ごしすれば、十分に味がしみて、一見上等な食材に変化する。
使う野菜はなんでもいいんだが、季節の緑黄色野菜なんかを使うと彩りが映えるな。
で、薄切りにした肉と、この野菜のムースを薄く盛ったものとを交互に積んで、蒸し器にかけ、そのまましばらく放置。
その間に、残ったブイヨンに、でんぷん粉を水で溶いたものをかき回しながらいれて、これでとろみ餡が完成。
作ってから食べるまで時間が空くときは、この餡も小さな容器にいれて同じ蒸し器に入れておくと、冷めない」
「……なんか、こうしてあらためて聞いてみると、思ったよりも手間がかかっているのな……」
「商売なんだから、当然だろう。
原価率をぎりぎりまでさげつつ、その分、手間をかけて味や質を落とさない。そこまでもしなけりゃ、飲食業なんざ長続きしねえ。
客層からいっても、ここいらは、酒の味がわかる客ばかりでもないしな」
「マスター、とてもいい勉強になりましたっす」
「いいってことよ。
たまにでも嬢ちゃんみたいな客が来ると、こっちも張り合いがでるってもんだ」
「シナクさま!」
ぐい!
「……おっ?」
「先ほどから気になっていたのですが……シナクさまは、そちらの膝の上に乗った魔法使いとは、どのようなご関係ですか?」
「どんな、って……。
冒険者仲間?」
「ここ、ルリーカの指定席」
「シナクさまは、その冒険者仲間と、夜毎、同衾なさっているのですか?」
「「「「「……えー!」」」」」」