16.まじっくあいてむをうろう。
「募集とかはしていないんですか?」
「してはいますけど……適切なスキルを持った方は、なかなか……。
最低限の読み書き程度が可能な方はそれなりにいても、帳簿とか過去の書類に目を通して整理したりとかは、また別の適性がありまして……。
今、ギルドの事務方は、意外に広い見識をお持ちで広範な商品開発を展開しているキャヌさんとか、複雑な迷宮内の物量網をほとんど一人で構築しているマルガさんみたいな特殊な人材と、古参と、最近、コニスさんから紹介された商家出身で数字に強い方たちとで構成されているわけですが……この中に入っても見劣りしないだけの人っていうと、実際にはなかなか……。
かといって、知識やスキルがない方に一から手取り足取りお仕事を教えている余裕も、今はありませんし……」
「レニーの知り合いとかで、あてとかないの?」
「ぼくの昔の知り合いとなると、どちらかというと、そういう仕事を部下にやらせている階級になってしまうわけで……。
コニスちゃんが引っ張ってこれる人は、もう来ているはずですし……」
「そこいくと冒険者なんかは、やる気があるやつを迷宮に放り込めば、勝手にロストするかそれとも育つかのどちらかだからな」
「今すぐこういうという妙案は思いつきませんが、これについても対策を考えておきましょう」
「がんばれよ、レニー」
「なに他人事のようにいっているんですか。
シナクさんも一緒に考えるんですよ。
なにせ、ギリスさんに期待されているんですから」
「え? おれもなのか?」
「ははは。
期待しないで、お待ちしています」
しゅん。
「推参」
「おお、ルリーカか。
例の準備というのは、もう済んだのか?」
「おおむね。
第一弾として、これを試作してみた」
「紙か」
「紙ですね。
呪文みたいなのが、びっしりと印字されていますが……」
「この隅に、火をつける」
「火を? 何か、火元は……」
「このランプから……その紙、貸して貰えますか?」
「はい」
「カバーをのけて、っと……。
ここに火をつければいいんですね?」
「そう」
「燃えましたけど……え?
ええ?」
「炎の、鳥か?」
「昨日、似たようものをみましたけど……」
「あれの、機能限定版。
あれとは違って、これには自分で判断する能力とか、敵を攻撃する機能は付加されていない。
ただ、使用者の少し前の上空を跳び続けて、明るく照らすだけ」
「地味だな」
「地味ではありますけど……ランタンを持つはずの手が空くことになりますし、使用者とこの鳥との距離があく分、モンスターとの不意の遭遇戦が減りますね」
「これは、一度発動すれば、周囲に魔力がある限り、いいかえれば、迷宮から外にでるまで、継続して存在し続ける。一度立ち上げれば、それ以降はその存在自体を意識からはずせる。
こういう、どんな馬鹿でも使えるお手軽な単機能術式を、徐々に増やしていく」
「なるほど。
魔法になじみがない大多数の人にとっては、これくらいお手軽な方が、かえって使いやすいかもしれませんね」
「お手軽で地味だけど……たしかに、かえってその方がいいのかもな。とくに初心者は、他に気を回さないといけないことが多いから注意力が散漫になりがちだし……こういう放置型のが、実用的か……。
で、ルリーカ。
これ、いくらで売るの?」
「札一枚につき、銅貨一枚」
「……マジックアイテムとしてみると、破格もいいところですね」
「でも、使い捨てだろ?
簡単な朝飯くらいの値段か……原価を考えると、そんなもんか、という気もするけどな……」
「紙に呪文を印刷しただけだから、そうではあるんですけど……。
それでも、ほとんど原価ギリギリで、手間を考えたら儲けがほとんどなくなりませんか?」
「大量に発注したから、単価はかなり低い。ものがかさばらないから、在庫の置き場所の心配もいらない。
基本、薄利多売。これで儲けようとは思っていない」
「たしかに、その値段だと、仮に順調に売れたとしても、純益は、でるにしてもせいぜいお小遣いレベルですね」
「これは単純な分、仕組みを理解できさえすれば、誰にでも模倣が可能。
売価をギリギリ低くすることで、コピー商品の出現を抑制する。
コニスが、そういっていた」
「なるほどな。
最初から原価ギリギリなら、わざわざコピーまでして競合するうまみがない、か……」
「最初のうちはともかく、儲けを捨ててでも、ユーザーの信頼を買う」
「それも、コニスちゃんが?」
「そう。
武器への魔術効果付加とか、もっと利益率が高くてうまみが多い魔法関連の商売は、これから、もっと出てくる。
今は目先の利益より、これから出回りはじめる、ギルド経由で供給される魔法関連商品全般への、信頼性を印象づける時期」
「儲けは他で、か……」
「さっき試した、武器の遠隔攻撃術式なんて、経費は術式を彫り込む職人さんへの手間賃くらいなものですしね」
「しかし、効果は絶大」
「ええ。
あの術式のために大枚を払う人は、かなり多いかと」
「それどころか、あれを使いたがらない冒険者の方が少数派になるだろうしな。
確かに、かなりいい値段をつけても、どこからも文句は出なさそうだ」
「このお札、実際にはどういう風に販売する予定なんですか?」
「万単位でギルドに一括買い取りしてもらって、ギルドの売店経由で売ってもらう予定。
足りなくなったら、追加発注してもらえばすぐにでも持ってきて補充する。
ギリスとはなしあって、そういう合意が形成された。
とりあえず十万ほど刷って、屋敷の倉庫に転がしてある」
「試作っていいながらも、もうそんなに作っているのかよ」
「シンプルであるがゆえに、改良点が思いつかない」
「そう……ですね。
ものが、紙に術式を印刷しているだけですから……版下さえできてしまえば、実際に作るのはそれこそあっという間でしょうし……」
「木版画。
もとの術式を渡したら、その場で版を彫って、刷りだした。
ひとつの版で三十二面づけ、刷り上がったあとで、ばらばらに切り離す。
万単位でも、できるのはあっという間。
発注から全部完成するまで、半日もかからなかった」
「構造が単純だし、製本とかしないのなら、そんなものなのかも知れませんね」
「それで、ルリーカの仕事は、今日はもう終わりか?」
「ギリスから、迷宮内の転移魔法陣の設置も、頼まれている。できるだけ急いでといわれているし、時間的にもまだ早いので、さっそく取りかかろうと思っている。
ここの事務員に、設置場所をたずねるよう、いわれている」
「あっ……。
それなら、マルガさんに聞いた方が確実ですね」
「マルガさんなら、少し前まで例の門、地雷敷いている広場でみましたけど……」
「ちょっといって、探してきます」
しゅん。
「さて、と。
ルリーカ、今日は護衛とか壁役、いないのか?」
「今のところ、不在」
「じゃあ、手が空いていることだし、おれたちでやるか」
「ですね。
例の術式の、実地試験もかねて」
「はやめに、実地で試しておいた方がいいもんな。
しかしまあ、この組み合わせで、というのも珍しいけど……」
「そもそも、シナクさんは、基本、ソロですもんね。
昨日のような珍事でもなければ、肩を並べて戦うことも、まずありませんし……。
まあ、たまにはいいんじゃないでしょうか?」
しゅん。
「さっそく転移陣、増やしてくれるって?
こちらとしては、かなりありがたいわ。
で、実際には、あといくつぐらい増やしても大丈夫そうなの? その数によって、設置する位置が微妙に変わってくるんだけど……」