15.たのしいまほうじっけん。
「攻撃対象を強く念じながら……ね!」
ずさっ!
「おおー……。
確かに、刃が届かない場所も、斬れたなあ」
「刃が届かない、どころではありませんね。
刃先から、十歩以上は離れていますよ。
今、シナクさんが試したのは直剣ですが、他の武器もありますか?」
「あるよ!
とりあえず、槍なんかがお勧めだけどね!」
「槍ですか。
それでは、今度はぼくが試してみますか……。
……突いて!」
ずん!
「凪いで!」
ずしゃ!
「……いいですね。
十分、使えそうじゃないですか。
これを使えば、離れた場所から、言い換えれば、より安全な場所から、確実に相手にダメージを与えられます。攻撃力そのものは変わらないにしても、冒険者の損耗率は大幅に減少しますよ」
「それだけ、安全になるってことだね!」
「でも、射程が使える魔力に左右されるってことは……あんまり大勢で、いっぺんに使ったら、効果が薄くなるってことだよな?」
「そう……なんでしょうね。
少なくとも最初のうちは、ひとつのパーティに一人か二人、といった具合に使用制限をした方がいいのかも知れませんね。
実際のところは、いろいろ試してみないとわかりませんが……」
「それじゃあ、そのいろいろをシナクくんとレニーくんで試しておいてね!
わたしはこれから、モンスターの死体回収のお仕事をしてくるよ! これ以上遅れると、支障が出てみんなが困るようだし!
術式を刻み込んだ武器、ここに置いておくね!」
がちゃん。がちゃん。
「さて……また、シナクさんと二人きり、ですか」
「まあ、そういう日もあるさ。
ちょっといろいろ試して、実際の有効射程とかも計ってみよう」
「単体で使ったときは、せいぜい二十歩くらいの距離までが有効……ですかね?」
「だな。
それ以上いくと、ある程度の打撃にはなっても、斬るというところまではいかない。
有効打とは、いえないな」
「二つ同時に使おうとすると、やはり、その射程範囲も半減しましたね」
「二つ同時に、周囲の魔力を吸っちまって、威力が半減するみたいだな。
まあ、予測通りでは、ある」
「それでも、十歩先に攻撃できるのは魅力だとは思いますが……」
「乱戦になったときのことを考えると、実際の使用限界は、せいぜいここまでだろう」
「ですね。
この先、迷宮内の魔力濃度がもっと濃くなったら、はなしは別なんでしょうが……」
「そんな先のはなしを今から心配してもはじまらねーよ」
「ですよね」
「ええっと……今、思いついたんだが……これ、念じた攻撃対象を念じることで、発動するんだよな?
だったら……例えば、障害物の向こう側にあるモノにも、攻撃できるのかな?」
「それは……思いつきませんでした。
今から、試してみましょう」
ずん。
ずしゃ。
「……刺せましたね」
「……斬れた」
「今さら、ではあるんだが……。
つくづく、魔法ってのは……」
「……出鱈目な、代物なんですね。
物理法則を、軽く超越しているというか……。
もしこれが迷宮内限定でなかったら、どこの軍隊でも喉から手がでるほど欲しがりますよ、きっと……」
「今までの実験結果をまとめよう。
術式の効果は、武器の種類には関係なく発揮される。
剣でも槍でも棍棒でも、効果は一緒。
ここには用意されていなかったが、おそらく手袋にこの術式縫いつければ、遠くにあるものをぶん殴ることも可能かと思われる」
「それについても、そのうち試してみましょう。
ルリーカさんにことづかった通り、武器の性能を向上させたりはしない。
なまくらは、なまくらなまま」
「でも、こんだけ射程が広がるのなら、隙やモーションが大きい両手剣のたぐいは、かえって恩恵が大きいよな」
「重さと慣性でぶん殴るタイプの、バスターソードとかですか?
あれは、持ち歩くだけで使用者の体力もかなり削るもんですが……使用前後の状況を考慮しなければ、確かに、有効ではありますね」
「ああいうのは、本来、騎兵用の兵装だしな。
ただ、実際の使用シーンを想像してみると……この術式ひとつで、パーティでの戦闘方法は、ずいぶんと変わってくると思う」
「ですね。
単純に、ひとつのパーティにひとつかふたつづつ、この術式つきの武器を持たせただけでも……総合的な攻撃力と安全性は、かなり底上げしそうな気がしますが……」
「そのあたりは、もう少し多人数でいろいろ試してみないことには、なんともいえないよな」
「研究の余地がありすぎるというか……」
「おれなんかは、基本ソロだから、一人で工夫すればどうにでもなるんだけど……。
特に、パーティでの戦術は、これがあるのとなのとでは、がらりとかわってくる」
「これが……武器に、鏨でわずか数行の術式を刻むでだけで実現できるかと思うと……」
「ああ。
なんだか安易すぎて、今まで命がけで迷宮に潜ってきた身としては、少々、複雑な心境になるな……」
「長年、本気で武術を研鑽してきた人なんか、かえってがっくりきたりしないんでしょうか?」
「そうか?
確かに、便利になったことはたしかだが……個々人の技量差を無効化にするほどの効果は、いくらなんでも、ないだろ。
人より巧妙に武器を使う人なら、この術式の効果も、きっと、もっとよく引き出すさ」
「……それも、そうですね。
まあ、ギルドとかコニスちゃんとが、この術式を、これからどういう形で普及させようとしているのか……」
「ああ。
見物、だな」
「あっ、実験の方、終わりましたか?」
「ま、一応は……。
って、ここ、昨日、臨時で設置された管制室、まだ撤収していないのか……」
「まだ、というより……結局、このまま整理して常設にしてしまおう、ということになりまして……。
迷宮前にあるギルドの営業所は、冒険者や人夫さんたちの管理業務。
こちらの管制室は、迷宮攻略についての情報管理全般、といった具合に、分離して運用するみたいです」
「実は、今日一日、いろいろなギルドの事務仕事を見て回っていたんだけど……君たちも、いろいろ苦労しているんだなぁ」
「な、なんですか、いきなり。
おだてても、なにもでませんよ!」
「いや、本当。
今まで事務員の苦労を軽視していたわ、おれ……」
「シナクさんがこういうときは、かなり本気ですから。
彼、見え透いたお世辞とかをいえる性格でもありませんし……それに、実際に、ギルドのいろいろな方と接してみると、そんな印象も持ってしまいますよ」
「ええっと……具体的には……いったい、どなたと……」
「最初に、ギリスさん。
その次に、キャヌさん。
最後に、マルガさん」
「そ、その三人に……。
たった一日で、その三人の愚痴を、立て続けに次々と聞いてまわったというんですか……。
それはそれは……たいそう、ご苦労様でございます」
「……なんか、視線が、非常になま暖かいものに、なってはしないか?」
「そ、そんなことは、ありませんよ」
「裏方には裏方の苦労があるものだなあ、と、実感できた一日でした」
「なにげにきれいにまとめたな、レニー」
「これでも、そういうのは得意ですので」
「でも、事務方の人もこれからが正念場らしいな、とは、マジで実感できたよ。
いつもの業務に加えて、例のランク制の導入とかで、忙しくなるそうだし……」
「……なんですよ、ね。
今のうちに導入しておけばあとの処理が楽になるという理屈はわかるんですけど……実際に必要となる作業を考えると、正直、憂鬱になります」