14.すこしとくしゅな、ろうしこうしょう。
「と、いったところかしら?
これで、今、この迷宮とあなたを取り巻く情勢は、これでだいたい説明できたと思うけど……。
あなたは、一応、ギルドのお金でその身を購っているわけだから、書類上はギルドの財産ということになります。その財産をどのように使うとも、法的にはどこからも文句は来ないはずなんですけれども、あなたの仮マスターであるギリスさんの意向により、いくばかの、仕事の種類を選択権も与えられているというわけ。
もっとも、ギリスさんの意向ひとつでいつでもあなたを灰にできるわけだから、あなたがヒトに危害を加えたりする選択は、最初から排除されています。
あなたにできる選択は、ギルドに協力的な態度をとって良好な関係を築くのか、それとも、非協力な態度をとって強制的に酷使されるのか、大きくわけて二つ」
「だんぜん、前者でお願いします。
塔の魔女と関係のある人たちに、逆らう勇気はないっす」
「では、次の選択。
あなたにできそうな仕事というと、今説明した冒険者と人夫のどちらかになると思うけど……」
「それ、思ったんですけど、例えば人夫さんであることを選んだとしても……いざってときは、冒険者と一緒に、強制的に危険なところに放り込まれるんじゃないっすか?」
「で、しょうねえ。
なんだかんだいって、個人単位でみれば、吸血鬼の能力は、強力だから……有事の際には、無理にでも引っ張り出されると思うわ。
逆に、今のように、人夫としての人手が圧倒的に不足しているときには、そっちに回されるだろうし……」
「それじゃあ、結局、どっちを選んでも同じという気もするんすが……」
「それでも、最初から選択肢を与えるのとそうでないのとでは、全然違うでしょう?
例え表面的なポーズだけであっても、まったくないよりはましよ」
「いや……そんなところで、ぶっちゃけられましても……」
「あー。
なかなか興味深い問答だと思うけど……当面、最初からどっちもやる、って選択は、ないんかな?
その吸血鬼、さっき聞いたところによると、催眠も休憩も必要ないっていうし、人夫はともかく、冒険者の方は、これでなかなか向き不向きというものがあるからなあ。
実際にやらせてみないとわからない、という側面は、たぶんにあるわけだし……」
「そうですね。
では、二十四時間ぶっ通しで働いてもらうということで……」
「あんたら鬼ですか!」
「二十四時間労働はともかく、冒険者として向いているかどうかは、実際にやってみないとわからない……というシナクさんの意見には、ぼくも賛成ですね。
まあ、中には、適性なんか関係なく、力押しだけで押し通そうとする冒険者も、いないことはないですが……そういう方は、これ以上増えないのにこしたことはありません」
「つまり、これ以上、お馬鹿な冒険者を増やすな、と。
それも一理あるわね。
あの人狼たいなのがデフォルトになっても、ギルドとしても対処に困る部分があるし……」
「な、なんか知らないけど、ひどく馬鹿にされている気がするっす」
「あとさ。
おれなんかが差し出がましい口をきくのもなんなんだけど……こいつを買った金額ってのがどれほどのものかは知らないけど、こいつが働いた金で、それを、相殺できないもんかな?
場合によっては、多少の利子をつけても構わないし……。
服従術式が効いている以上、例えギルドの管理下を離れても、こいつが悪さできるとは思えないんだけど。なんだったら、塔の魔女にかけあって、もっと厳重にその手の術式をかけ直してもらってもいいし……。
もともと、冒険者ってのは、前歴不問が売りなわけだろ? アンデット出身の冒険者がいても、別にいいんじゃね?
こいつにしてみても、漠然と働くよりは、目標があった方が、張り合いが出てくると思うけど……」
「なるほど。
自分自身の買い戻し……一種の年期奉公、みたいなものですか……」
「……はなしに聞いていたとおり、妙なところで甘い男ね。
残念なことに、その案には、反対すべき根拠がないわね。
仕方がない。
その線で、ギリスさんと交渉してみましょう」
「え? え?
つまり……どういうことだってばよっ!」
「頑張って働けば、将来、自由の身になれる目が出てくる……かも知れない、ってことです」
「マジっすか!」
「まだ、本決まりじゃないわよ。
これから提案してみるんだから……。
とはいえ、気にくわないことに、反対すべき根拠が見いだせない案なのよね……。
この案が採用されたときは、せいぜい、そこのちんちくりんに感謝することね」
「マジ感謝するっす!」
「その前に、ギルドの心証をよくするためにも、きりきり働く。
まず手はじめに、そこの転移陣を出たところに積みあげてある地雷、どんどんこの広間まで運んできて。
爆発物だから、くれぐれも乱暴に扱わないように」
「はいっす!
地雷……ああ。これのことっすね!
では、いってきます!」
「余計なこと、しちまったな?」
「……別に。
悪いとは、誰もいってないわよ。
仮にあんたの案が採用されたとしても、ギルドもあの子もわたしも、誰も損しないし……。
ただ、甘いな、って思っただけで」
「複雑なところですね。
さて、シナクさん。
ここもずいぶんせわしなくなってきたようですし、お仕事をしているみなさんの邪魔になる前に、われわれはおいとましておきましょうか?」
「そだな。
仕事の邪魔しちゃあ、悪いもんな」
「……あっ……」
「それでは、マルガさん。
またの機会に」
「ギルドの事務方にも、いろんなのがいるんだな」
「ですね。
彼女も、なかなか可愛らしい方で……」
「なんだ、浮気か?
コニスにいいつけるぞ」
「いや、ぼくは、断じてコニスちゃん一筋ですよ。
可愛いというのはあくまで一般論で……」
「やっほー!
シナクくん、レニーくん、さっきぶりー!」
「おお、コニスか。
どうだ、あっちの方はは?
ギリスさん、ちゃんと落ち着かせて来たかぁ?」
「大丈夫大丈夫!
もともと理性的な人だから、少し時間をおけばすっかり元通りだよ!
むしろ、シナクくんたちに取り乱したところを見せちゃった、って、恥ずかしがっていたよ!」
「全然、気にしないのにな」
「……シナクさん。
それもちょっと、どうかと……」
「なんだ? レニー?」
「いえ、別に……」
「それよりもさあ、さっきいっていた、魔法効果を付与した武器の試作品、もって来たんだけどぉ……今からみんなで、試験をしてみないかい?」
「早いな。
もうできたのか」
「術式である力ある言葉を、武器の本体に鏨で刻みこむだけだからね!
作業自体は単純だし刻む術式も決まっているから、一個二個ならそんなに時間はかからないよ! ただ、迷宮でしか効果がないから、試験をするのにもここまで出向かないといけないわけだね!」
「それもそうか。
なら、今なら時間もあることだし、ちょっくらやってみっか」
「そうこなくっちゃ、だね!」
「ええっと……あの、遠くにあるモンスターの死骸に、斬りつけてみればいいのか?」
「ここで、ルリーカちゃんから貰った注意書きを読んでみるね!
これは、武器の攻撃範囲を広げる術式です。どこまで広がるかは、消費可能な魔力の多寡に左右されます。
斬れ味は、術式が付加された武器によって左右されます。武器の切れ味自体が向上する効果はありません。
攻撃する対象を強く念じながら、武器を使用してください。魔力がある限り、離れた場所でも攻撃できるようになります」