7.どうか、ひとちがいということにしておいてくれ。
「ううっ。さみぃ」
「凍死しかけた夜を思い出すぜ」
「しかし、まともなブーツがあったのは僥倖だな。
しかし、これ、なんで出来ているんだろ? 革よりもずっと軽いし、そのわりには、水や雪もしっかりはじくし。
……これで、色が蛍光ピンクでなければ文句はないんだが……」
「いや、魔法関係のことに関しては、考えるだけ無駄か。
どうせ、説明されてもよく理解できんし」
「しかしまあ、この町もひさしぶりだが……どうか、知り合いに会いませんように。
こんな格好しているところを誰かに見つかったら……」
「シナク! シナクじゃないか!」
「ぎくっ!
……だ、誰のことでございましょうか?
わ、わたくしは通りすがりハウスメイドでございますがおほほほほ」
「あっ。女だ。
どうもどうも。人ちがいだったようですね。失礼しました。
いや、顔つきといい背格好といい、お嬢さんがシナク・チンクという知り合いの冒険者に瓜二つなものでしてね。
いやあ、それにしても、見ればみるほどそっくりですなあ。
わははははは。
シナクの野郎、前々からチビで女顔だとは思っていたが、女だったら即座に押し倒している可愛らしい顔をしているのだが、そんなやつがメイド服とエプロンドレスをつけると、ちょうど、お嬢さんとそっくりなわけです。
わはははははは」
「わ、わたくし、ご主人様にいいつけられた用事がありますので、ここで失礼させていただきますねおほほほほほ」
「はぁはぁ。
見えなくなったか……」
「……あの脳筋野郎。
本人の前でないからってチビだの女顔だのといいたい放題いいやがって。
……あとで泣かしてやろう……」
がしっ。
「クンかクンか」
「うわっ!」
「シナクの匂いがする」
「って、なにいきなり後ろから抱きついてい……る、るる。
いるんですかっ! あなたはっ!」
「シナク、ひさしぶり。
なんでシナクはスカートをはいているの? 新しい趣味にめざめたの?」
「シ、シナクって誰のことでございましょう。
わたくしはご主人様のいいつけでおつかいをしている通りすがりのハウスメイドでございます」
「うー。
わからないけど、わかった。
今のシナクは、シナクじゃない」
「そうそう。
人ちがいでございます。
そ、それでは、わたくし、先を急ぎますのでこれにて失礼!」
「はぁはぁはぁ」
「なんだって、今日に限って立て続けに知り合いと遭遇するんだか」
「しかしまあ、魔法使いってのは、なんでああもわけがわからんやつばっかりなのか。
あいつといい、塔の人といい……」
「はぁ……。
まあ、いいや。
用事を済ませてさっさと帰ろう……」
「あー……。
本当だっ! シナクにそっくりなメイドさんがいたぁー!」
「これこれ、コニスちゃん。
人様を指さしては駄目だよ」
「……またかよ、おい……」
「やあやあ。お嬢さん。
われわれは夫婦で冒険者をしているコニスとレニーというものでね。
さっき、たまたまいきあった、やはり同じ冒険者仲間から、ここ数日姿を消している知り合いにそっくりなメイドさんが市場の方に向かっていったというタレコミがありましてね」
「ちょうど、買い物する用事もあったし、市場で会えればいいねーってはなしていたところなんです」
「その冒険者の方って、こーんなにデカいバトルアックスを担いだよく笑うマッチョ体型の方ですか? それなら、先ほど確かに声をかけられましたが。
ええ。
顔が怖いのでそうそうに逃げ出してきたところです」
「そうそう。おそらく、その筋肉ダルマの斧使いで間違いないでしょう。
ところで、シナクにそっくりなメイドさん。この辺でみかけた覚えがありませんが、どちらのお屋敷にお勤めでしょう?」
「こらー!
レニーくん、初対面の人にいきなりつっこんだ質問するなよー」
「あっ。いや。
この辺に不案内なようなら、道案内のひとつもしようかと……」
「嫁さんが横にいるのに堂々とナンパしておるのかー!」
「あ、あの。
わたくし、先を急ぎますので、これで失礼させていただきますねおほほほほほ」
「はぁはぁはぁはぁ」
「レニーの野郎、あれ、絶対、勘づいているよな……。
いや。まったく疑ってないコニスやあの程度のことでごまかされるバッカスとかが例外的にアホすぎるのか。
……ってか、普通、見分けられるだろう。見慣れた仲間の顔くらい……」
「ちょいと、そこのお嬢さん」
「(ったく、今度はなんだよ)は、はい?
わたくしのことですか?」
「お時間があるようでしたら、お茶でもごいっしょに……」
「単なるナンパかよーっ」
ドガッ! バキッ! ガスッ!
「はっ。
思わず半殺しにしてしまった」
「だ、誰にも目撃されていないよな」
「すまんな。ナンパ野郎。あんたは運とタイミングが悪かった。ついでに、人を見る目もなかった」
「おれはさっさと用事を済ませて帰るから、お前はここでゆっくりと寝ていてくれ。命には別状はない……と、思う。
それに、ここならすぐに誰かが通りかかって、介抱してくれるだろう」