12.おこりんぼのわけ。
「物流、舐めるんじゃないわよ。いくさなら兵站の巧拙で八割がたの勝敗が決まっちゃうのよ」
「別に、舐めているつもりはないけどな」
「なら、いいけど……。
ったく。このモンスターもいい加減ふざけているわよね。なにもいっぺんにこんなに大挙してくることないじゃない。とんでもない場所塞ぎよ。
たった今、要所要所に山積みにしておけばあとで回収するって、ギルド本部から伝言が届いたけど……本当に、どうにかするあてがあるのかしら?」
「ああ。それは、コニスちゃんが鞄に収納することではなしがついていますから……実際に回収作業にはいってしまえば、半日からせいぜい一日で片づいてしまうでしょう」
「コニス?
ああ。あの、けたたましい子かぁ。
いいわよね、マジックアイテム持ちは。しかもあんだけ汎用性が高くて使い勝手がいいものは、滅多にないわけだし……。
わたしたちは凡人は、せいぜい頭を振り絞って、自分の手足を使って、こつこつ問題を解決していくしかない。
あっ。
さっきは勢いであんなことをいったけど、人夫どもの間で、あんたの評判はかなりいい方よ、ぼっち王。
あなたたち冒険者とは担当が違うから、こいういうことでもないと顔をあわす機会もないわけだけど、わたしのところにも人夫ごしに冒険者の評判は届いてくる。
実力ってぇか、攻略効率は群を抜いているし、それ以上に人夫たちと言葉をかけあってお互いにやりやすい方法を採用しようとする協調性がある。
こういう冒険者って、実は少ないのよね。たいていの冒険者って、あれ、自分たちだけで迷宮を攻略している、みたいに思い上がっている節があるし……」
「今のを要約すると、一度シナクくんとはなしてみたかったけど、今までその機会に恵まれなかった、と……」
「そそそそそういうことでは、全然、ないから!」
「ま、ギルド職員っていっても、担当が違うと冒険者と直に接する機会もほとんどなからな。
渉外員っていったっけ?
迷宮産の物品を売って回るって人たちとも、おれ、顔を合わせたことないし……」
「そういう方々やこのマルガさんたちがいないと、ぼくらの報酬も発生しないわけですしね」
「モノを金にかえるのは、なんによらず、大変だし重要だよな」
「……わかっていれば、いいのよ。
冒険者っていうのは、たいがいがそういう裏方の苦労をないがしろにしているやつが多いから、ちょっと一言いっておきたくて……」
「ところでその荷物は、なんですか?
バリケードの資材にしては、見慣れませんが……」
「ああ、これ?
今朝がた届いたんだけど、例の門の広場にずらーっと敷き詰めるトラップだって。これが第一陣で、まだまだ届くそうだけど……」
「……へー。
これが例の、地雷ってやつかぁ……」
「あっ。
爆発物って聞いているから、乱暴に扱わないでよね。
わたし、まだ、死にたくないから」
「確かに、聞いたはなしだと、発破……炸薬の固まりみたいなものですもんね」
「その発破も、鉱山が閉じる前まではばかすか使われていたんだけど、今ではすっかり物あまりになっているからね。
町の職人の中には、ここぞとばかりに消費量を増やそうと鼻息を荒くしているのが多いわ」
「と、いいますと……マルガさんは、地元組ですか」
「一応は、ね。
鉱山技師ってわかる?
地質調査をして、埋蔵物の成分を分析したりするたりするアレの、娘。
おかげさまでおやじは目下プータローで、人夫の中にまざって慣れない肉体労働しているわ。
って、そういうあんたは……コニスをちゃんづけで呼ぶことといい、妙に身なりがよかったりすることといい……ひょっとして例の、国王の弟だか息子だかを殴り飛ばしたっていう、あのラッキー・レニー?」
「その、レニーです。
王子を殴ったのは事実ですが、おそらくみなさんが想像しているような、上等な顛末ではないですよ?」
「はん。
いずれにせよ、あんた、ばっかじゃないの?
一生食うのに困らない財産を相続してて、しかも、それを蹴飛ばして、こんなところで冒険者風情に身をやつしているなんてっ!」
「内心でそう思っている人は多いでしょうけど、ぼく本人を目の前にして面とむかってそういわれたのは、これがはじめてですね」
「いいたくもなるでしょう。大多数の人は、ただ食うために苦労しなければならない世知辛い世の中で……どういう事情があるにせよ、もって生まれた特権をむざむざ放棄するなんて……愚行以外のなにものでもないじゃないっ!」
「その点につきましては、まったくもってそのとおり。返す言葉もございません」
「で、そっちのちっこいのは?」
「ん? おれのこと?」
「あんた以外に誰がいるのよっ!」
「ああ、おれは、まあ、稼げそうな場所を転々としているうちに、ここに流れ着いた口だなあ。
ま、食いつめもんだぁ」
「……今朝の見世物、わたしもみてたんだけど……。
あんだけ強ければ、どっかの貴族にでも、かなりいい条件で仕官できるんじゃないの?」
「……おお!
いわれてみれば!
その手があったかっ!」
「今の今まで、思いつきもしなかったのか、あんたはっ!」
「ははは。
いや、シナクさんらしいですねえ」
「いや……でも、おそらく、そりゃ駄目だぁ。
おれ、山だしの田舎者だし、上流の作法とかは当然のこと、ちょいと改まった場での振る舞い方ひとつ知らねーし……第一、窮屈なのは大の苦手だしな」
「いや……あんた自身が納得しているのなら、わたしがとやかくいうこっちゃないけど……。
今まで、ここに来るまで……いったい、どういう生き方をしていたら、こういうのが出来るのかしら……」
「それは、ぼくにも興味がありますねえ。
シナクさん、こうみえて、ご自分のこととなると口が重いですし」
「そういわれてもな。
改めてはなすほどの内容が、ないってだけで……。
ここ数年は、冒険者としてあちこち渡り歩いて、いろいろな経験を積ませてもらって……さらにその前となると、じじいに拾われて、猟犬やってただけだしな」
「……猟犬、って……」
「ま、文字通りだ。
物心つくかつかないかのうちに、とある旅のじじいに拾われてな。それが、よかったんだか悪かったんだか……。そのじじいはよっぽどの変人でな、老いた馬と犬数頭だけを従えてあっちこっちさまよい歩き、年に数えるほどしか人里に寄りつかないような偏屈者だったわけだ。当然、食い物はそこいらから調達することになる。じじいが狩った獲物をおれと犬とで取ってくるんだが、おれが犬くらいに走れるようになると、今度は使い古し短剣をめぐんでくれてな。あとは、自分の食い扶持は自分で捕ってこい、とよ。それがまあ、見事に刃が潰れたなまくらで、本当に切れ味が悪くてな。おかげで、獲物の急所を探り当てる勘と、短時間に何度も同じ箇所に斬りつける素早さだけは、ずいぶんと鍛えられたもんだ。
そのじいさんもある日冷たくなったんで、道ばたに埋めて、以来、冒険者をやっているわけだが……あんな偏屈でも、一応、読み書きとか最低限のことは教えて貰っているわけだしな。
今にして思えば、偏屈者なりに、そんなに悪いじじいじゃなかったのかも知れない」
ぽん。
「……あんたも、苦労してきたのね……」
「……え?
おれって、苦労してきたの?
ってか、マルガさん?
マルガさん、なんでおれの肩に手をおいて、泣いてんの?」
「いろいろと、シナクさんらしいですね」