11.もときぞくのたーん。
「おい、レニーはどう思う?」
「意外といけますね、このお肉と調味料」
「そっちじゃなくて……」
「ああ。
キャヌさんの養豚所構想について、ですね?
それは、無理でしょう」
「一刀両断かよ。
せめて、根拠プリーズ」
「根拠といっても、いろいろありすぎて困るくらいなんですが……。
すでに指摘された土地、施設、人員をこれから確保しなければならない、という準備不足。
肝心の豚さんの飼料となるモンスターの内臓肉の供給量が、日によって変動がありすぎて全然安定していない。
それに、食肉としての豚イメージの悪さ。こちらで食肉といえば、一般的には、年老いた馬や牛、ときおり野鳥などを狩って食べる程度で、そもそも食べることを目的とした畜産自体、あまり活発ではありません。家畜は飼料を大量に必要としますからね。わざわざ食べられるほどに育てるとなると、手間的にもお金的にも、かなり不経済なことになるんです。例外的に、一部王侯貴族向けに、食肉用の家畜が飼われてはいますが、これはごく少数の例外とみなすべきでしょう。
現在、豚がよく食べられているのは、大陸でももっと南の、温暖な気候のところでして……でもこれも、いささか尾籠なおはなしになりますが、飼料として人糞を使っていたり、脂が多すぎたりで……結論をいえば、食肉としてはあまりよいイメージがありません」
「うう……それは……。
でも、そういうのは飼育法や調理法を工夫すれば……。
豚さんに罪はないっす」
「もちろん、改善は可能なんでしょうけど……ほかに食べられるものがいくらでもあるのに、わざわざイメージが悪い食品に好んで手を出す人は、少数派かと思います。特に最初のうちは、ほとんど売れないでしょう。つまり、スタートアップはほとんど期待できない、ということです。
以上の課題をすべて克服できるという自信があるのなら、なんのことはない、ギルドに頼らず、キャヌさんご自身が事業を立ち上げてしまえばいいんですよ」
「自分が……っすか?」
「いいですか、キャヌさん。
今はいいでしょうが、この迷宮は、いずれ消えます。
われわれ冒険者の誰かが迷宮としての機能を破壊するのか、過去に例があるように、それとも迷宮が暴走して周辺地域ごと大規模攻撃魔法で吹き飛ばされる結末になるのかは、だまわかりませんが……永遠に存在し続けるものでないことは、確かです。
その迷宮が存在することを前提した起業は、ぶちまけたはなし、先がありません。ですから、ぼくとしては、キャヌさんの構想はやめておいた方がよい、と忠告をしておきます。
それを無視してキャヌさんがどーしても、養豚所を経営したいというのであれば、キャヌさん自身が声をかけてお金を集めて、用地を買収して、人を集めて……自分の手ではじめてしまえばいいんですよ。
ぼくの記憶によれば、ギルドの職員や冒険者に、副業を禁止する規定は存在しません。事実、ぼくの妻は、一貫して商人兼冒険者です」
「確かに……禁止されては、いないっすね」
「さらにいうと、キャヌさんはこの試食とかで大勢の冒険者たちと顔見知りになっています。彼らの多くは、このシナクくんほどではないにせよ、そこいらの貧乏貴族よりは賞金を稼いでいたりします。
事業計画をきちんとはなして賛同を得てからなら、彼らから資金を調達することも可能でしょう。なに、彼らにとっては、所詮、飲むうつ買うで消えるはずの泡銭。はなしの持っていきようによっては、いかようにもなります。
残る土地や設備については、それこそキャヌさん自身の行動力次第、人については、今、ここに集まっている人をみてください。だいたいは、キャヌさんが手配するお仕事をあてにして集まってきている人です。それに加えて、ギリスさんによれば冒険者を志望する人たちがこれからもこの迷宮に集まってくるそうですから、そうした人たちをスカウトすればどうとでもなるでしょう。危険があって収入の安定しない冒険者ではなくて、多少実入りが少なくても安定した職につきたがる人は、常に一定数いると思います。
ですから、なんだかだいって、一番ネックになっているのは……キャヌさんご自身の、覚悟になってくるわけですね。
多額の借金を背負ってまで、とくに最初のうちから安定した収益が見込めるわけではないとわかっている、リスクが大きすぎて得るところが少ない事業を……わざわざはじめる必要があるのか、と。
キャヌさんが、本当に、やりたいのは……もっと別のことなんじゃないですか?
老婆心ながら、そのあたりをもう一度、より深く考察してみることを、おすすめいたします」
「……こうして聞いてみると、レニーってやっぱ凄いのな。さすがは元貴族。
キャヌさんもなんか、途中から黙って考え込んじゃったし……」
「彼女には少し、危なっかしい印象を持ちましてね。
理想主義的な心情と手持ちの知識、その齟齬について、いまだに彼女自身の中で折り合いや整理がついていないのかも知れません」
「理想主義的? 齟齬?」
「食用できる植物や動物に関する知識。
雇用拡大や救荒作物に関する関心。
あんなしゃべり方をしていますが、彼女はそれなりの教養を持っていて、なおかつ、貧民層に対する福祉的な関心を持っているものと推測できます。
彼女の経歴とか思惑はよくわかりませんが……そうした、机上の空論的な理想主義は、えしてどこかで歪みがちです。だから、ちょっと……もっと地に足をつけて、現実を直視しなさいと忠告したくなって、柄にもなくあんなことをいってしまいました」
「……さっきのはなしで、そんなことまでわかるのかよ……」
「まあ……あとは、彼女の問題ですけどね」
「ちょっと、そこのちっこい人!
あんた、ぼっち王とかいう冒険者でしょ!」
「そのとおりだけど……大声でちっこい人とかいうなよ。
……事実だけに、傷つくんだよ」
「ふん。泣く子も黙る賞金王が今さら傷つくとかナイーブな振りしているのが笑えるわ。
だいだいねえ、どうしてくれるのよ。あんたがこんなにいっぱいいっぺんにモンスターを倒すから軒並み通り道がふさがって、こっちはにっちもさっちもいかないことになっているの! わかってる? そこんとこ!」
「いや……このモンスター倒したの、おれ一人じゃないし……第一、おれたちがどうにかしなかったら、こいつらだって町中で暴れてもっとひどいことになっていたわけだし……」
「そんなことはいわれなくてもわかってんるの! これは八つ当たりってやつなんだから、黙ってうんうんうなずいていればこっちの気が済むのにっ!」
「なんかおれ、今、すっげぇ理不尽なキレかたをされたような気がするよっ!」
「理不尽にキレたくもなるわよ!
こっちが日夜綿密に計算して配置した計画、資材とか人員の配置とかが、昨日の一件ですべてパァ!
すべて最初っからやり直しよ! わかる? このわたしのやり場のない憤り!」
「つまり……貴女は、迷宮内での、人員とか資材の手配をしている方……な、わけですね」
「そう。
迷宮内での流通を任されている、マルガリータと。手っ取り早くマルガでもいいわ。
あなた……冒険者にしては身なりがいいし、察しもいいようね。ってか、冒険者なの? あまり見えないけど」
「ええ、一応。
そうですか。あなたが人夫さんたちを差配している……」
「どちらかというと、重要度でいうと、人夫が運ぶ荷物の管理のが主で、人夫自身が従なんだけど……そういうのひっくるめて管理しているってわけね」