10.とあるかわりものじむいんのじぎょうけいかく。
「けっこう、いけるもんっすよ。
やっぱ家畜化されていないからか、筋が多くて食べにくいけど、脂も結構のっていて、普通においしいっす」
「それは、いいんだが……。
いいのか? 迷宮前でこんな堂々と煮炊きして……」
「そういわれましても……割と前から、やってますけど……。
あっ。
おばさーん。
むしった羽はそこの袋に詰めておいてくださいねー。そっちも売り物になるそうっすからー」
「はいよー」
「で、なんのはなしでしたっけ?
ああ。そうだ。
ここで公然と煮炊きしていいのか? っておはなしでしたね。
迷宮内で穫れた肉をどうしたらおいしくいただけるの調べるのも、立派な仕事っす。それとこれは、少し前からここで堂々とやっています。
ぼっち王さんは、お仕事を終えたらいつもすっーっとまっすぐ帰ってしまいますが、他の冒険者の方々は、ちょくちょくこちらに寄って試食にご協力いただいてますよ」
「……知らなかった」
「肉質や味の確認、それと保存食への転用する際の注意事項の確認やレシピの開発などを、日夜研究しているっす。
こちらの調味料、試してみませんか?」
「なんだ、この赤いのは……」
「焼いた肉にほんの少しだけつけると、味が引き立つっす。
あっ。辛いから、そんなにつけない方が……」
「……ん。
確かに辛いけど……肉の脂に、あうなあ。
初めて食べるけど、なんだ、これ」
「豆を発酵させて作るっす。
ものの本に、こういうものが昔あった、って書かれていたんで、試しに作ってみたっす。
胡椒とかはまだまだ高価だけど、これなら元が豆っすから、時間があればいくらでも作れるっす。豆は、やせた土地とか多少、枯れた土地でも栽培できるので、量産できたらいい産業になるっす」
「すごいな、おまえ」
「この迷宮で穫れた肉は近場でも格安で提供していますが、大半は保存食に加工して輸出にまわしているっす。干物、塩漬け、薫製、瓶詰め……最初はゲテモノ扱いされていたけど、徐々に評価されて、迷宮印の珍味として認知されてきたところっす。最近では、遠くの都会の高級酒場で珍重されたりしているって噂っす。
ものによっては、保存食に加工されたものを、近隣の領主様が非常時用に大量に買いつけたりすることもあるっす。うちの製品が、飢饉や災害の際人の命を救うと思うと、胸熱っす。
あまりにも肉が穫れすぎたときは、値崩れを起こすよりずっとマシなんで、安価で、あるいはただででも、どんどん地元に放出しているっす。
ここのお仕事は、やりがいがあるっす」
「おまえは、しゃべり方はちょっとあれだけど、いいやつだな」
「……おーい、そこの人ぉー。ねーちゃん、ギルドの職員さんかい?
ギルドでお買い上げくださった酒を持ってきたんだが、どこに置けば……」
「……あー。はいはい。
これは、ここいらに適当に置いてくれていいっす」
「ここでいいのかい?
この樽、かなり重いけど……」
「今日の仕事、到着しましたー。
迷宮の置き場から、小瓶の箱を持ってくる作業、箱ひとつにつき銅貨一枚。
持ってきた小瓶に樽のお酒を詰める作業、箱ひとつにつき銅貨一枚。
先着順で瓶がなくなり次第、終了です!
小瓶にお酒を詰める作業は、お酒を扱うため、成人のみでお願いするっす!」
「……けど、いいのかい? ねーちゃん。
この酒、醸すときに何かの拍子に変な匂いがしみついちまって、とてもじゃないが飲めた代物じゃなくなっちまった。
完全に、失敗作だ」
「誰も飲まないから、これでいいっす。むしろ安く買えて好都合。
重要なのは、味よりもむしろ酒精が強いかどうかっす」
「ああ。そいつは、うけおえる。
もともと、味は二の次で安く酔えればいい、って貧民向けに作られている安酒だ。もっとも、そいつもここまで変な匂いがついたんじゃあ、飲めたもんじゃないだが……」
「了解っす。
では、受け取りはこちらで……」
「はいよ。
またなんかあったら、声をかけてくんな」
「……それって、ひょっとして、ギルドが発注していたとかいう、例のあれか?」
「そうっす。
医療キットの一部、消毒用の酒精になるっすね。なんでも、傷口を強い酒精で洗うと、病気になりにくく、化膿もしにくくなるとか……」
「それよりも……なんで関係なさそうな人たちが、こんなに集まってたのかって、疑問だったんだが……これ目当てだったんだな」
「そうっす。
獲物の解体は、以前は肉屋さんに頼んでいたんだけど、今ではもう、とうてい作業が追いつかないので、ギルドが雇った専任の人たちやってもらっているっす。
血を抜いて、内臓を取り出して、運びやすく加工しやすい大きさに切り分ける。モノにより形は違えど、意外と共通する部分が多く、応用が利くっす。
今回の羽むしりのように、たまに専門の経験がいらない、力仕事でもない作業が発生するとき、その場その場で、即金、一工程ごとに人を雇ってみたら、うまい具合に需要と供給がかみ合ったみたいっす。
この町では現金収入を得る機会が限られているから、拘束時間が短くてすぐにお金になる作業には、積極的に参加してくれる人が意外に多いっす」
「もしかして、あれか?
ギリスさんがいってた、求人広告を依頼クエストみたいに張り出して……ってアイデアは……」
「はい。
それ、自分が提案したものっす。
職人さんたちのはなしを聞いても、経験がなくても勤まる単純作業とか、お弟子さんを使うまでもない細かい仕事とかは突発的に発生してきて、そういう、短期拘束で作業が終わり次第終了、ってお仕事は、けっこうあるみたいなんす。
発生する賃金とか考えたら、所詮、単純作業っすから、けっして高額ではないんすが……それなら、クエスト受理のシステムで需給のすりあわせとか、いけるんじゃないかなっー、て……」
「なんだ。
ギルドの事務方にも、それなりに面白そうなやつはいるじゃないか……」
「自分、事務方の中では、むしろ浮いている方っす」
「そうなん?」
「みなさん、商家の方だから、ちょっと話題があわないっていうか……。
あっ。
いじめとかハブとかはないっすよ」
「ギリスさんも、そんなことをいっていたような……みんな、帳簿には強いけど、他の部分がどうのこうの、って……」
「そうそう、そういうのっす。
自分、以前、ギルドで穫れる肉の臓物を使って、養豚をしようって提案してみたけど……誰も理解してくれなかったっす」
「養豚?」
「豚さんです。ぶうぶう。
知ってるっすか? 豚って雑食だから、与えると肉類も結構食べるんっすよ。
迷宮で穫れた死体の内臓は、他の部位とは違って、衛生的な理由で、食用にはしていません。自分的は、新鮮なものをよく洗ってからなら十分いけると思うっすが、大事をとって、ギルド内の取り決めとして、そういうことになっていて……基本、肥料用途に回されます。
でも、これってもったいないと思うんすよね。内臓肉って、食中毒にさえ気をつければ、一番おいしくて栄養がある部位です」
「それで、豚に食わせる、と……」
「そうっす。
その豚さんを食用に回せば、間接的にでもおいしくいただけるかなーって……。
でも、そういうのはギルドでやる仕事ではないっていう理由で、却下されたっす」
「まあ……そこまで本格的に他業種に進出しちまうと……さわりがあるってぇか……場所や建物も確保しなけりゃならないし、それ専任の人もたくさん雇わなければならないだろうし……。
正直、反対する意見にも、一理あると思うがな」