4.よりよいみせものになるこころえ。
迷宮前。
「なんか……予想以上に、人が集まっているんですけど……」
「ギルドに知らせにいく際、うちのメイドが何人かの町民と立ち話をしたのが、あっという間に広まったらしいな」
「まあ、予想はできたことですよね」
「部外者からすれば、冒険者たちの戦い方を目撃する機会はほとんどない。
昨日の騒ぎについては、すでに周知の事実となっている。周辺住民の不安を払拭するためにも、冒険者の腕前を披露しておくことには、十分な意味がある」
「ルリーカ、なんか嬉しそうじゃないか?
そうはいっても、実際に苦労するのはおれなんだけんどな……」
「なんだかんだいって、剣聖様のお声掛かりっていうのは、おおきいよね!
この場でいいところを見せれば、剣聖様のお墨つきを得たのと同じようなものだし!」
「民草の不安を取り除き、冒険者への信頼を増す。
ぼっち王にしてみても、それなりに得るところはある見せ物であろう」
「……あー。もう……。
なんか、いいように使われているよな、おれ……。
それじゃあ、面倒だから、ちゃっちゃとはじめてちゃっちゃと終わらせましょうよ。もう……」
数分後。
「……おい……」
「メイドさんたち……ほとんど瞬殺だった……」
「そのメイドさんたちだって、ありゃ、決して弱くはないぞ」
「そりゃ、あの鋭い挙動をみれば……なあ……」
「それで、なんで……」
「あー。
昨日ので、それぞれのやり口はある程度、把握できているしなあ……。
それだけ効率よく動けるのは、別段不思議ではないってぇか……。
とりあえず、一通り相手はしたから、これで文句ないっすね、剣聖様」
「まだだ。
悪いが、もう少しつき合ってもらうぞ、ぼっち王。
今度は、うちの三人とおぬし一人で立ち会ってもらおう」
「……おいおい……」
「うちのメイドたちが、まだ不服そうな顔をしているのでな。
どうせなら盛大に、鼻っ柱をへし折ってやれ。
どのうち、おぬしにしてみても、まだまだ余力を残しておるのだろう」
「いや……。
ここまで来たんだ。やれとおっしゃるのなら、その通りにいたしますがね……。
あー。
あとで恨まれそうだな……こりゃ……」
「今日以降、うちの家中の者には、遺恨は残さぬようにわたしから厳命しておく。その点は、安堵してもよいぞ」
「はいはい。
それじゃあ、まあ……いつでもどうぞ」
数分後。
「……これで、一通りやり終えたな。
これでも不満なら、今度は四人か五人、同時にかかってみるか?」
「いえ……そのような……」
「もう十分、得心いたしました」
「動きの質が、違いすぎます」
「うむ。
そなたらが納得ができたのであれば、それでよい。
それで、ぼっち王よ。
うちのメイドたちとやりあってみての心証を、率直に申し述べてみよ」
「あー。
なんっつーか……みなさん、お上品でいらっしゃいますねえ……。
道場や練武場でなら規範的な、優等生の身のこなしなんだろうな、と思いましたです。
上流階級の方々に、よく見られる動きっすね」
「つまり、実戦的ではない、と」
「そこまでは、いいませんけど……。
基本はよくできていると思いますし、それはそれで重要ですよ。はい。
ですが少々、執念とか執着が、不足しております。
例えば、多人数で攻めるときに、みなさま例外なく、わずかながら、ではありますが、動きに遅滞が見受けられました。これはおそらく、集団でたった一人を相手取ることへの心理的な抵抗と、それに、同士討ちになることを心配する心持ちが反映したものだと推測するわけですが……このような遠慮などは、下々の、もっとカツカツなところで戦う者には無縁の心理になると思います」
「つまり、うちの者には……例外なく、心中の飢えが足りぬ、と」
「飢え、ですか。そうっすね。そういう言い方も、できなくはないっすね。
おれならもっと、こう……あー。自分勝手さが、足りない……と、いうところですが……。
おそらく、皆様方は……生死ギリギリの戦いというものを、そんなには経験したことがないのでございましょう。
そうした経験がおありであるのなら、もう少し、こう……そう、動き全般がもっとがっついた、利己的なものになりますね」
「なるほど。
おぬしにいわせれば、うちの者たちは、総じて……上品、になるわけだ」
「ええ。
技の冴え自体は、おれから見ても、皆様方、かなりのものに仕上がっていると実感できます。
ただし、なんってぇか、こう……なりふりをかまない必死さってものは、かなり欠いておりますね」
「わたしの目からみても、おぬしの講評は的確なものであると判断する」
「講評、って……問われたから答えただけど、さらさらそんなつもりはなかったんだが……」
「しかしまあ、うちの者たちの技まで否定されなくてよかった。
おぬしはすでに知っておるはずだが、うちのメイドたちは、このたび、ギルドに依頼されて、希望する冒険者に対して武芸一般を指南することになっておっての。
こうしておおやけの場でぼっち王に認められたとあれば、うちの者たちの技量について懐疑の声をあげるものも少なかろう」
「……やっぱりおれ、いいように利用されているよな、うん。
ま……いいけどな。それで丸く収まるんなら、文句はいうまい……」
「ちょっとまったぁ!」
「また……面倒くさそうなのが、出てきたなあ……」
「おれは……おれは、納得せんぞ!」
「あれは……冒険者か?」
「はい。
人狼のゼリッシュという者です。剣聖様」
「なんで、お前みたいなちんちくりんの女装趣味が、冒険者の代表みたいな顔をしてこの場にいやがるんだ!」
「大声で女装趣味いうなよ、人聞きの悪い。
それになあ、おれだって好きでこんなことをやっているんじゃねーぞ。いっとくけど。
こういう立ち位置が羨ましいってんなら、いつだって代わってやるぞ。おら」
「人狼、か……。
面白そうでは、あるな」
「面白いかどうおかはともかく、かの者は、いささか短慮であるかと……」
「で、あろうな。後先を考えず、この場で名乗り出てきたのだから……。
よい。
ぼっち王。
これも余興だ。
そこの粗忽者も、ついでに相手をしてやれ! 人狼であれば、多少、傷を負わせても問題はなかろう」
「そうっすか?
ま、負傷させる必要もありませんがね。剣聖様もああいっていることだし、気が済むまでつき合ってやるか……。
おら、人狼。お得意の変身ってやつを、してみろよ。
多少、吼えたてても、おれは縮こまったりしないけんどな……」
「おれに対して……木剣のまま、だと……。
舐めやがって!」
……ぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉんんん……。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……。
ぺた。
「はい。
今、おっさんの喉笛、斬り裂いた」
「おま……変化の途中って……」
「んじゃあ、仕切り直しな」
ぺた。
「はい。
右手の腱、貰った」
ぺた。
「はい。
今度は背中ががら空き。腎臓、逝った」
ごろん。
ぺた。
「はい。
動きが大振りだから、簡単に懐に入れるんだよな。太股内側の動脈、切断」
とん。
「今度は、正面から心臓一つき」
ぺた。
「首の動脈、斬った。
なんでそう無防備になれるかな?」
ぺた。
「パワーもスピードもおれより数段上なのに……なんでそこまで隙を大きくできるのかな?」
ぺた、ぺた。
「うなじ。脊椎を切断。
むざむざ背後に回られるままにしている、って、どうよ?
おっさん、いくらなんでも、警戒心がなさすぎだろう」