2.こじんとぎるどの、しょうらいせっけい。
「いやいやいや。
なんで、そういうはなしになるかな……」
「ぼっち王は人が好さそうだから、簡単に悪い女に引っかかりそうではあるな……とかいう老婆心もないことはないのだが……それよりも、あれだ。
おぬし、流れ者だった、とかいっていたろう? おぬしほどの手練れをこのまま放流しておくよりは、地縁血縁いずれかで杭に繋ぎ、可能なかぎり手近においておいた方が、将来的には得策ではないのか……という打算もあってな。
おぬし……あの迷宮がどうにかなったら、そのままふらりとこの土地から去ってしまうつもりだろう?」
「……あー……。
正直、そんな先のことまでは考えたこと、ないんですが……いわれてみれば、そうっすね。
そうなったらおそらく、おれのことだから、また別のところに河岸を代えるんじゃないかな……」
「それは大変だよ、レニーくん! シナクくんの人材が流失して被害甚大だよ!」
「コニスちゃん、落ち着いて。
まだまだ、そんなに深刻に悩む段階ではありませんから……。
とはいえ……いわれてみれば、確かに……シナクくんほどの戦闘能力を、むざむざこのまま在野においたままにしておくのも……もったいないはなしでは、ありますねえ……。
その着眼点は、さすがに剣聖様、といったところでしょうか……」
「で、だ。
おぬしもここいらで腹をくくって、いずこかの有力者とコネを持った方が、今後安心できるのではないかな? 例えば我が家に奉公しているメイドたちなど、どの娘もそろって器量がいいし、身元もしっかりしている。今ならよりどりみどりのウハウハだぞ? それぞれの実家も、いい縁があるようだったらなにとぞ嫁ぎ先を世話をしてくれと、それはもう、矢の催促があるほどで……」
「結局そこかよ!
剣聖様、あんた、体裁がいいように見せかけておいて、自分の気苦労を解消したいだけなんじゃないのか?」
「……そんなことは、ないぞ?」
「なぜそこで、露骨に視線を逸らす?」
「それはともかく……そうなると、競争率が高くなりますねえ」
「そうだね!
ギルドの事務員さんの中にも、シナクくん狙いの子はかなりいるもんね!」
「おお、そうか。
そういえば彼女らは、ぼっち王を日常的に、身近に見ているわけだしな。むしろ、そうならない方が不自然か……。
ふむ。これは、盲点だった」
「……あー。
ともかく! おれはまだまだ、当分、相手が誰であろうと身を固める気はないから!
はい、このはなしはこれで終わり!」
「それと、さっきの魔法使いが足りないっていう話題と関連するんですが……ギルドも、これからが正念場になりますね。急速に規模が大きくなったはいいけど、その地盤は、脆弱なままであるわけで……」
「そんなにヤバそうなのか?」
「ヤバそうというか……はっきりいって、迷宮から出てくる各種物品は、それだけお金になります」
「そこから、おれたちの報酬もでているわけだしな」
「で、大きなお金が動くようになると、今度はその利権目当てで集まってくるような勢力も出てくるわけです」
「どこぞの商人とかか?」
「そういうのでしたら、まだしも対処のしようがあるんですけど……。
ぼくも、王都にいってはじめて気づいたんですが……王国上層部が、最近になって急速に、迷宮に関心を示しているようです」
「でも、確か国って、ギルドにもかなりの金、出していなかったか?」
「それは……昨日のようなモンスターの大量発生が、迷宮外に波及しないようにするための処置で……安全保障の問題として、ギルドに出資してるわけですね。
最近の関心は、どちらかというともっと生臭いもので……どうも、当初、むこうが予想していた以上に迷宮がお金になる、と判断されてしまったようでして……」
「ようするに、あれか?
ギルドの領分に口を出して、分け前をかすめようとしているわけか?」
「言葉は悪いですが……大ざっぱにいえば、そうこうことです。
帝国官吏が派遣されたことで、変に注目を集めてしまった面もあるんですが……。
迷宮内からでた新たな異族が帝国に公認され、交易がはじまれば……これは、迷宮内に新たな国境が増えるようなものですから。
今でさえ、迷宮が存在するおかげで発生する税収は無視できない規模になっていますし、それに加えて別の収入源ができるとなると、国としても従来の体制のままにしておくのは難しいらしくて……」
「具体的に、国は、なにをしようとしているんだよ?」
「いろいろ検討しているようですが、まずは専任の監査役が派遣されてくるようですね。帝国官吏が来ている手前、いつまでも町役場だけを窓口をしておくわけにはいかないようで……。
これはむしろ、処置としては遅かったくらいです。
そのほかに、王国軍が派遣されてくるようです」
「……王国軍?
こんな田舎町で、いったいだれといくさをしようっていうんだ?」
「だから、本格的に迷宮との戦争をはじめようとしている、ってことですよ。例の、安全保障の問題です。いつまでも、素性も明らかでない冒険者たちにまかせてはおけない、ってね。
武官たちの面子とか、財政面での理由も絡んでいるようですが……。
ひっくるめて、これからは王国から役人とか軍隊とかがやってきて、いろいろとちょっかいをかけてきそうです」
「……面倒だよなあ、いろいろと……」
「ええ、いろいろと。
ギリスさんたちの苦労が偲ばれます」
「でもよ。
王国の軍隊がくるっていうんなら、それなりにメリットもあるんじゃないか?
現状、ギルドに登録されている冒険者だけでは、戦力として不足気味なことは確かなわけで……」
「そう……なんですけどね。
ただ……彼ら、国王軍が、この現地でどのような行動をしてくれるのか……あるいは、してくれないのか……こればっかりは、誰が派遣されてくるのか確定していない現在、なんともいえませんので……」
「なに、国王軍って……そんなにヤバいの?」
「ああ。シナクさんは、いくさとか軍隊を知りませんでしたっけ?
一口に国王軍といってもピンキリで、こういうもんだって単純にいいきることはできないんですが……。
なにしろ、ここ数十年、まともないくさを経験していない軍隊ですからね。
腐っているところは、とことん腐っています。
そうですね。例えば……苦労知らずの貴族のボンボンが、俸禄目当てに人事権を持った文官に贈賄をして高級将校の階級を買ったりする例は、ざらにあります。
もちろん、ほとんどはまともな人たちですが……お金の匂いにつられてこの手の将校が派遣されてきたりしたら……まあ、こちらとしては、いい迷惑になりますね」
「そういう暴走を押さえ込む方法とか制度とか……ねーの?」
「もちろん、あるはずですが……本当に腐っているのは、なにかと抜け道を用意したり作ったりするのが常でして……。
なにより、法的な手段に訴えるにしても、その訴えがまともに検討されるまで、かなりの時間を必要とします」
「その間、こっちはむしられ放題の、足をひっぱられ放題、ってわけか……。
じゃあ、さ。
仮に、そういう腐ったのが派遣されたとして、さ。
非合法な手段に訴えたとしたら、どうなるの?」
「……え?」
「だから、闇討ち。
諸悪の根元が、誰とも知れない者に重傷を負わせられたりしたら、どうなる?」
「たいていは……別の将校が、派遣されてきますね」
「じゃあ……まともな将校が来るまで、それを繰り返したらいいんじゃね?」