46.たたかいすんで、すでにまよなか。
「おばさんの子たちってえと……あの子ら、そんなに大食らいなのか?」
「やだねえ、シナクくんはぁ。
人間の方ではなくて、子飼いの方だよ。何しろうちは大所帯なもんで、いつでも腹を空かしている子たちばっかりだから、ごはんはいくらあっても足りやしないのさ」
「子飼いの……って……うわぁ!
モンスターが!
虎型の、でっかい牙の虎型が、二匹!」
「ああっ。
これは、うちのタロウザとジロウザだね。ここいらでは珍しい、サーベルタイガーってやつさね。
タロウザ、ジロウザ、今夜はごちそうだよ。好きなだけくらいな」
「シナクさんはご存じありませんでしたか。
ダウドロ一家は代々ビーストテイマーを生業としている家系で……」
「まあ、こいう迷宮は、餌場兼新しい子の調達先としてそれなりに重宝させて貰っているわけさ。
でも、今回の件は少々責任を感じちゃってねぇ……。
わたしらが見つけたこの階段から、見たこともないのが大量発生したってはなしでしょ? ささやかながら、わたしらも家族総出で尽力させて貰った、ってわけさ……」
「それで……おばさんたちは、長期潜行型で、広範囲の探索を得意としていた、と……」
「そういうことさね。
一口に冒険者といっても、その実状は多種多様。それぞれに得手不得手はあるってもんさ。
ザッシュ、早く巣箱を持っておいで!」
「巣箱?」
「うちとこは、獣だけではなくて、虫なんかも扱っていてね。聞くところによると、この階段の向こう側は、別の世界につながっているってはなしじゃないか。
しばらく閉鎖するにしたって、少しでも向こう側にダメージを与えておいた方がいいと思ってね」
「向こう側の世界に、ダメージって……そんなこと、できるもんなのか?」
「わたしらには、もちろんできはしないさ。
でもね、わたしんところの子たちは、下手すれば世界一つを平気で食い尽くすくらいにはどん欲で、おまけに繁殖力が強くてね。
普段は凍結して強制的に冬眠させているんだけど、こういう時だけには重宝するんだよね。
ザッシュ、巣箱を置いたら、虫除けの香水をしっかりまいて、絶対にこちら側にこないようにしてから、凍結を解除。
……で、いいんだよね?」
「……いいのか?」
「これも広義の生存競争です。
それこそ、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの瀬戸際なんですから、いいんじゃないでしょうか?」
「向こうの世界の生態系への影響とか、懸念されることは多いのだが……多少の不確定要素でどうにかなるほど脆弱でもなかろう」
「それじゃあ、ザッシュ。
解凍おし」
「ん」
「箱から……黒い絨毯が、わらわらと……」
「兵隊アリだね。
大昔に焦土戦用に品種改良されたものがうちに伝わっていたようだけど、わたしにしてみても、実際に解凍するのはこれがはじめてさ」
「すっげぇ。
こりゃあ……確かに、世界ひとつくらい食い尽くせるかも知れねえ……。
少なくともおれなんかじゃあ、絶対に勝てねーや……」
「わはははは。
おれもだ」
「見事な生物兵器ですねえ。これがむこうの世界で暴れている間は、向こうのモンスターも、こっちの世界にまで進入してくる余裕はなくなるでしょう」
「一時的に猛威を振るったとしても、いずれはどこかで平衡点に達して、向こうの世界の生態系に組み込まれる。ただ、時間が稼げることは、確かだろうな」
「門の結界構築、終了。
周辺の魔力が尽きるまでの間、この門は理論上、何者も通過できない」
「わずかに……次元の位相をずらしたわけか……これなら、魔力切れになるまでは大丈夫だろう」
「塔の魔女のお墨つきも貰ったことだし、おれたちも帰るとするか……。
今日はさすがに疲れたわ、おれも……」
「これから、迷宮入り口への転移陣を構築する。
どのみち、ここへは頻繁にくることになる」
「それがいいですね。
ルリーカさんがつくった結界が解ける前に、対策を講じる必要もありますし……」
「わたしら一家は、もうしばらくここに留まることにするよ」
「あー。ごはんねー。
おばさんとこの家族は、あと何匹くらいいるの?」
「名前がついているのは、ミリタとカリタの二羽。これはミミズクだね。
あとは、名前はないけどうちのチビたちのお友達が大勢。これはイタチとかだね。なりは大きくないけど、どれも肉食で凶暴だよ」
「……おばさんとこの一家が、おそらくギルド最大の戦力だよ」
「ははははは。
シナクくんも、まだまだ若いのに、相当なもんだよ!」
「……おい……。
ちょっと待てよ? さっきから、シナク、シナクと……。
例のぼっち王、昼組の賞金王が、この場に来ているのってのか!」
「……あぁぁん?
今さらなに寝言ほざいているんだ? このおっさん……。
それがそのシナクですがなにか?」
「……へ?
あ、あの……メイド、さん……。
え? ええ?
ちょっと待てよ、おい!
ぼっち王って……女装趣味の変態だったのかぁあああああっ!」
「変態いうなぁああっ!
それと、女装ネタもその弁明をするのも、もう飽き飽きしたわぁああああっ!」
「……というような次第で、ギリスさん。
ダウドロ一家をのぞく全員、たった今、帰還しました」
「お疲れさまです。
いろいろと思うところ、いいたいことはありますが……みなさんもお疲れでしょうから、今夜はこれで解散しましょう」
「ところで、被害状況はどうなっていますか?」
「みなさんのおかげで、奇跡的に軽微なものにとどめることができた、といえます。
まず、死者は皆無。負傷者は多少でたものの、そのほとんどが軽傷です。なにより、これほど短時間で事態を納められたことは、特筆に値するかと思います。
反面……ギルドとしての反省点、今後の課題などは山積みとなりましたが……」
「そちらについては、一石一鳥に改まるものでもないでしょう。
少しづつ、時間をかけて解決していくべき問題かと」
「そう……ですね。
とりあえず、今回は、ギルド側が想定していた以上にみなさんが優秀だったおかげで、大事に至らずにすみました。
改めて、お礼を申し上げます」
「今回動員されたみなさんに、なんらかの見返りを考えてくださることを期待します」
「それについては、もちろん、考慮しています。
今後の志気にも関わってきますので」
「ギルドのみなさんは、これからが大変でしょうが……われわれは、ひとまず失礼します」
「……ふう。
レニーさん、やっぱ怖いわぁ……こちらのやり口を、常時採点されているみたいで……。
その点、シナクさんなんかは裏がなくて単純だから、相手をしていても疲れないんだけど……」
「ギリスさんギリスさん。
今夜はもう遅いし、先にあがっていいですよ?」
「迷宮に残っている人たちも、もう残り少なくているし……」
「あとは単純な事務処理だけですから、わたしたちだけでも問題ありません」
「今回の件の事後処理と、それ以外のもろもろの案件……。
ギルド事務方の筆頭として、明日からがむしろ本番なんですから、休めるときにしっかり休んでおいてください」
「今回の事後処理だけでも、明日からしばらくは残業確定ですし……」
「そう……ですね。
それでは、お言葉に甘えさせていただきます。
はぁ……。
明日からも、いろいろ……。
頭痛ぇ……」