117.あすにそなえる。
迷宮内、某食堂。
「ふぅー。
……食った食った」
「くぅー。
これが全部タダ飯、しかも毎日食えるとはぁー!」
「以外にいけたなあ、おい」
「おれ肉なんて何年ぶりかで食ったぞ」
「……お前らなあ……。
いっぺんにそんなに食って、身動きできなくなっているんじゃないか?」
「……あー、そうかも……」
「でも、ここのところ空きっ腹が続いていたからなあ。
食い出すと、どうにも手が止まらなくなって……」
「ええっと……この中で、一人だけ文字が読める者がいたな?」
「ほい、ナナイ」
「あ。おれっす」
「では、これを渡しておく。
よく読んで、明日に備えるように」
「明日?」
「明日は朝から、身体能力の測定がある。
その結果によって修練の内容も違ってくるからな。遅刻しないように、今夜は早めに休んでおけ」
「あの……」
「なんだ?」
「寝床は?
寝台は用意できないみたいなことを、受付のおねーさんにいわれたんすが……」
「……適当な宿舎の床でよければ、案内はするが……」
「上等上等。
床と屋根があるだけ、野宿よりもなんぼかマシってもんです」
迷宮内、治安維持隊本部。
「それに、闘技場まわりの……」
「あ、そっちは基本的に、レニーの管轄ってことになったから」
「そうなの?」
「そうなの。
興業とか要素が入ってくると普通の冒険者の手にはあまるし、そこいくとあいつなら、昔の伝手とかがあって多少は睨みが効くだろうし……」
「……今のギルドを正面から敵に回そうとする愚か者も、そうそういそうにないけど……。
でも、わかった。
なんだか取り決めがあるようだから、そっちを信頼することにする。
あとは……」
「まだあるのか?」
「まだ、って……基本的に、ギルドで問題視されている案件はだいたい一度はこっちに回ってくると思っておいて間違いはないから。
そのすべてを完全に解決しろとはいわないけど、はなしだけでも聞くように」
「はいはい」
「研修所を放免になったり、あるいは、多国籍軍から流れてきたりして、それなりに実力はあるけどなかなか固定したパーティを組む事ができない人たちが、大勢います」
「どうしたって、経験がないやつよりは経験があるやつを優先的に採用するだろうからな」
「それは別にいいと思うのだけど……だからといって、いつまでもそれを放置しておいても……」
「経験のあるやつはどんどん現場に出ていって、そうでないやつはどんどん取り残されていくってか……」
「そういう経験の浅い人たちも待機組や迷宮破壊実験に参加させて、ある程度は吸収できるんだけど……」
「それでは、まだまだ足りないと?」
「そ。
戦力としては十分でも……探索業務は、戦力だけでは十分ではないから……」
「……前にも、その手のあぶれ組に、ナビズ族経由で適切なマッチングを案内させたことがあるんだけどな……」
「その程度では、完全に解消しきれなかったみたい」
「どういう人たちがあぶれているのか具体的に検証、分析して個別に対策を立てるより他、ないね。
場合によっては、それ専任の、あー……」
「斡旋係?」
「そう。
そういう役職の人を、養成した方が早いかも。
負傷したとかで既存のパーティに穴が空くことも多いだろうし……」
「最近また増えはじめているみたいね。
ロストがあまり増えてないのと、水竜作戦みたいな派手な動きばかりが目立っていて、そういうところに注目する人は少ないようだけど……」
「マジか?
また負傷者、増えているのかぁ……」
「モンスター、基本的に強くなっていく一方だし、それに、魔法無効化能力みたいな、これまではあまりみられなかった特性を持ったやつも増えてきたし……。
すこしでも気を抜くと、すぐに、ばーん、って……」
「それは、前からだったけどね。
どちらかというと、迷宮に入ってまで気を抜いている奴が、間が抜けているというか……」
「そんなことをここでいっても、しかたがないでしょう」
「そだな。
何の解決にもならんし……負傷者数の推移とか、どこかで記録に取ってる?
あんまり酷いようだと、手遅れになる前に現役冒険者の再研修をしておいた方がいいと思うんだけど……」
「まだ、一日二桁に収まっているから、そんなに深刻な事態にはなっていないと思うけど……」
「うん。
でも、負傷した事例を分析して報告書にまとめて、対策を周知させることはしておこう。
これ以上傷口を広げないように工夫するのも、長期的に見れば人的なリソースの節約になると思うし」
「そうね。それは、わたしも必要だと思う。
早速、手配させる」
「ロストや負傷者数を可能な限り抑える、ってのは大前提だ。
消耗を抑えた上で、さらに……」
「使える人材は積極的に活用するような、体制づくり?」
「そう。それ」
郊外、建築中の王国軍城塞内、幕僚本部。
「……当地のギルドから、応援の要請?」
「ええ。
一応、正式なルートから来たものですから、無視するわけにもいかなくて」
「われら……魔法兵に、ですか?」
「というより、心当たりの魔法使いに向けて、無差別に召集をかけているようですね。
王国大学の魔法学科にも、同様の文をあてているようですし……」
「それで、参謀総長。
その、具体的な内容というのは?」
「読んでみますか?」
「これは……」
「一種の檄文、なのでしょうな。
新型術式の試験をする人材を広く求める。
高給優遇。
魔法に関する知識がある者なら、学者でも魔法使いでも、誰でも歓迎」
「……こんなものを、無差別にばらまいているのですか……」
「おや?
お気に召しませんか?」
「基本的に、われら魔法使いは、それぞれの家門が守る門外不出の知識に頼る部分が多く……」
「でも、あの迷宮の中では、そうした秘密主義はあまり推奨されていないようですね。
多国籍軍から流れ込んだ多種多様な魔法使いたちがあの中で公然と切磋琢磨をしはじめたとなると……」
「……王国魔法兵からも何名か人を出して、中の様子を探ることにします」
「それがいいでしょう。
ことによると、それによってわが軍の魔法の威力が向上することも十分にありえますし、なにより……」
「他国の魔法使いの実力が底上げされる中、わが王国だけが取り残される恐れがある」
「そういうことです。
頼みますよ、テリスさん」